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作文

 中学生の頃に通っていた塾では、時々作文を書く時間があった。


 作文と言っても、原稿用紙に書くようなきちんとしたものではない。

 授業時間が十分くらい余った時に、マス目のある小さな用紙が配られて、ちょろっと文章を連ねるだけの気軽なものだ。


 自由に書いて良い時もあれば、お題が三つくらい出てその中から選ぶ時もある。

 短時間なので、書き出しだけで終わってしまったり、途中までしか書けずに尻切れとんぼになったりもする。


 作文は授業の終わりに回収されて、先生が一枚のプリントに両面コピーし、次に授業時間が余った時に生徒達へ配布される。


 コピーされたものは名前のところが消されているから、誰がどの作文を書いたのかは分からない。


 各自ひと通り読んだ後に、面白いと思った作文を選んで投票する。


 上位の三作品は作者名が発表されるのだが、「この作文、あの子が書いたの?」ということがよくあった。


 面白おかしいコメディー調の文体で書かれた作文が、普段は寡黙でクールな野球部男子の作品であったり、おしゃべりで華やかな女子の書いた作文が、繊細な心情を切々と綴っていたり。

 他にも、意外な人物から個性豊かな作品の数々が生み出されていた。



 みんなの作文を読みながら私が感じたことは、二つ。


 一つは、人には様々な一面があるということ。


 もう一つは、読んだり書いたり、そして他者の内面や考えを知ることは、とても楽しいということ。


 どちらも、他の人達は当たり前に感じていることなのかもしれないけれど、私はその時になるまで気付かなかった。



 難しいことはよく分からないし、作者の意図とか作品に込められたメッセージとか、たぶん私は全然理解できていないと思うのだけれど、好き勝手に読んで、好き勝手なことを感じている。


 文章を書く時のルールみたいなことも、自分が読んでいる時はあまり気にならない。

 段落が無くても、誤字脱字や表現の重複があっても、無理なストーリー展開で読者が置き去りになっていたとしても、心に届く物語というのはあると思うからだ。


 あと、自分がやるかどうかは別として、ポイントを得るためやランキングに載るため、そして書籍を売るために努力している作者についても、敬意を抱いている。


 第一回芥川賞の候補になった太宰治が、受賞させて下さいと審査員に懇願した話は有名だが、私はそれを「みっともない」とは思わない。

 むしろ「本気なんだな、必死なんだな、報われるといいな」と好意的に受け止める。

 もちろん、不快に思う人だっているだろうし、それを否定するつもりはないけれど。


 ただ、誰かから「不快だ」とか「みっともない」と言われて、しょんぼりしてしまう人がいるならば、「そうは思わない人も、少なからずいると思いますよ」ということを、ここに表明しておきたい。

 ……たぶん、当事者の方がこの文章を目にすることはないのだろうけれども。


 ちなみに、「「えーっ」」のように、カギカッコを重ねて複数の人が同時に声を発している表現があると知った時は、「おおっ! 確かにそんな感じがする!」と私は驚嘆した。

 原稿用紙の使い方としては正しくないのだろうけれど、面白い発想だし、こういう表現をする人がいてもいいんじゃないかな、と密かに思っている。

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