六話 戦闘と不穏な気配
「ハアァァァァ!!」
グレガロンの群れに飛び込んだ俺は、牙を剥けて襲いかかってきた一匹に対し、剣を振り下ろす。
その一撃で斬られたグレガロンは悲鳴を上げながら絶命し、俺は次に襲い掛かってきた二匹の魔物に狙いを定める。
「"風流剣――威太刀"!!」
俺は風の魔法を操り、剣に纏わせると先ほどよりも鋭くて速い横一閃を放ち、襲い掛かってきた二匹のグレガロンを同時に斬り裂く。
二匹の魔物は悲鳴を上げることすらできないまま絶命した。
「ヘぇー! なかなかやるじゃねぇか、新人! さすが元王宮騎士副団長だっただけはあるってか!」
クロ先輩の声に気付き振り返ると、彼女の足元にはすでに五匹のグレガロンがナイフでズタズタに切り裂かれて転がっていた。
どうやら彼女はすでに五匹もの魔物を倒したようだ。
「……やりますね、クロ先輩。少し……驚きました」
「ハンッ! 実力もねえイキがってるだけのお子様女とでも思ってたのか? オレはこれでも死が纏わり憑くような地獄の日々を今まで生き抜いてきたんだ――ぜッ!!」
ヒュン!――ズサッ!
クロ先輩がそう言うと同時に、俺の背後から襲い掛かろうとした一匹のグレガロンに向けて一本のナイフを投擲し、脳天に命中させた。
ナイフの投擲攻撃を受けたグレガロンはそのまま地面に倒れ込んで動かなくなった。
「気を抜くんじゃねぇぞ、新人! まだ魔物は残ってんだ、さっさと片付けるぞ!」
「――! はい! クロ先輩!」
クロ先輩は残りの魔物にも次々とナイフを投擲して仕留めていき、俺も襲い掛かってくる魔物を全て切り伏せた。
数分後、全てのグレガロンを倒し終えた俺たちは武器を収め、周囲を警戒しつつ呼吸を整える。
「……ふぅ~、これで全部だな」
「はい、そうですね。……しかし、お強いですねクロ先輩。袖口の中からあり得ない量のナイフを取り出していましたが、それは先輩の魔法ですか?」
「ん? ああ、これか。これはオレの固有魔法だよ。ほれ」
クロ先輩はそう言って袖口から手品のように大量のナイフを取り出す。その他にも鎖や爆薬、手甲剣なんかも出てきた。おそらく、彼女の固有魔法は次元倉庫魔法ということなのだろう。
「クロ先輩は暗器使いだったんですね。たしかにクロ先輩の固有魔法と相性は良さそうだ」
「まぁな。この魔法があったせいで、過去に色々あったんだが……。まあ、なんとか今まで生き延びることができてるよ」
クロ先輩はどこか懐かしむように遠くを見つめていた。
あまり過去については詮索しない方が良いだろう。彼女にとって思い出したくないことかもしれない。
「で、お前の方は風の魔法が使えるのか。しかも、剣に風を纏わせて斬るって芸当……ありゃあ、なんだ?」
「あれは私の剣術流派である《風流剣》です。風の流れを読み、風を攻撃に応用する剣術でして、あの技は《風流剣》の中でも初歩的な技の一つですよ」
「マジか! あの威力の剣技が初歩レベルかよ! とんでもないヤツもいたもんだぜ……」
クロ先輩が驚いた様子で俺のことを見る。
そんなに凄いことなのか? 師匠からはまだまだ未熟者だとよく叱られるのだが……。
「……っと、こんなことしてる場合じゃなかったな。そろそろ、虹妖蝶の捜索を再開しねぇと。行くぞ、新人」
「そうですね、行きましょう」
俺とクロ先輩は再び虹妖蝶の捜索を開始した。
* * *
【ノア・レイラペア】
一方その頃、ノアとレイラのペアは魔物に襲われることなくスムーズに捜索が進み、すでに森の奥深くにいた。
ノアたちが捜索している西側の森の奥は静寂に包まれており、時折小鳥たちの鳴く声が聞こえるぐらいだった。
「うーん……わかってはいたんだけど、やっぱりそう簡単には見つからないよねぇー」
「そうですね~。結構奥まで来ましたが、今のところ蝶らしき姿すら一度も見ていませんし……」
「参ったねぇ……ここまで来ていないってことは、こっち側はハズレだったかな」
残念といった様子で、ノアは肩を落とす。ノアもそこまで期待していたわけではないが、こうも成果がないとなるとやはり少し落ち込む。
それにノアには虹妖蝶の捜索とは別にある目的があり、そちらの成果も得られていないことも落胆の一つとなっていた。
(……あの情報を信じるのであれば、こっち側の森にはアレが見つかってもおかしくないはず。しかし、一体どこに……?)
ノアはキョロキョロと周囲を注意深く観察する。虹妖蝶の捜索という表向きの目的は達成できていないが、もう一つの目的を果たすためにはもう少しこの場所を捜索する必要があった。その様子を不審に思ったレイラはノアに声をかける。
「……社長? 一体何を探していて――きゃあ!」
「――!! どうしたレイラ!? 何かあったか!?」
「しゃ、社長……! あ、あれを見てください!」
レイラが何かを発見したのか突然悲鳴を上げ、ある方向を指差す。その方向に目を向けると――そこには"おびただしい量の赤い何かに覆われた物体"が地面に倒れていた。その物体を見て、ノアは目を大きく見開く。
「――! 見つけた!」
「え!? 社長!?」
ノアはレイラが見つけたものに素早く駆け寄ると、膝を付いてすぐさまその物体を観察する。
レイラはその様子を不思議に思いながら、恐る恐るノアのもとに駆け寄った。
そして、レイラは倒れている"おびただしい量の赤い何かに覆われた物体"の正体に気付く。
「――! この覆いかぶさっている赤いのはすべて紅血蝶? それにこの物体は……人の死体!?」
「あぁ、冒険者ギルドの報告で上がっていた行方不明の冒険者だ。この死体の服装と情報にあった特徴が一致する」
ノアは冒険者の死体を冷静に観察する。背中全体には大きな爪で切り裂かれたような傷があり、上半身は大きな牙で嚙み砕かれたのか至る所に歯型が刻まれていた。死体に残っていた血は群がっている紅血蝶が吸血してしまったのだろうか、身体が痩せこけていた。死体の状態からして、おそらく死亡して三日は経過しているだろう。
「……酷いな。傷の状態からして、かなり大きい魔物に襲われたようだ」
「でも、社長! 傷跡の大きさから考えて、かなりの大型魔物ですよ!? この森林でそんな大きな魔物が生息しているなんて話聞いたことがありません!」
レイラが困惑した表情でノアに疑問を投げかける。
「たしかにここは冒険初心者や騎士見習いなどが狩猟訓練として利用するほど、現れる魔物の強さはそれほどでもない。しかし、現にこうして大型魔物の痕跡が残っている。つまり、考えれることは一つ――」
「ま、まさかとは思いますが"特別危険個体"がこの森にいるのですか!?」
「ああ、その可能性が高いだろうね」
レイラの戸惑う声に、ノアは冷静に答える。
"特別危険個体"――通称"特危個体"は冒険者ギルド協会が超危険個体生物として認定している魔物の総称である。彼らは通常の危険度等級では測れないほどの強さを持ち、遭遇すれば高確率で命を落としてしまうと言われている。
「そ、そんな……! もし、そうだったとしたら早くクロちゃんたちと合流しないと!」
「そうだね。急いで合流した方がいいかもしれない。何せこっち側の森には魔物の気配がなかったからね。クロたちがいる東側の森に潜んでいるかもしれない」
「では、急ぎましょう社長! ……って何してるのですか?」
クロたちと合流するため、急いで移動しようとするレイラだったが、ノアは死体を漁り何かを探していた。
「……あった、この人の冒険者カードと遺品。これで冒険者ギルドに報告できるな。それと……はい、レイラ。この蝶を虫捕りカゴに入れておいてくれ」
「え? これって紅血蝶じゃあ……」
「ああ、この蝶は後で役に立つから捕まえておくんだ。いいから、入れておいてくれるかい」
「あ、はい……」
レイラは困惑した表情を浮かべたまま、ノアから一匹の紅血蝶を受け取り、虫捕りカゴの中に入れる。
なぜ、紅血蝶を……? しかも、役に立つって一体……?
「よし、じゃあ東側の森へ向かおう。クロたちのところへ急ぐよ」
「は、はい……わかりました」
レイラは疑問を抱きながらも、とりあえずノアの指示に従い、二人は行動を開始した。