四話 初めての依頼
オストリア王国東城門前――
多くの冒険者や商人たちが城門をくぐりぬけている様子を横目に、俺とクロ先輩の二人は城門前で佇んでいた。
チラッとクロ先輩の様子を見てみると、相当イライラしているのか、つま先を激しく鳴らしていた。
「……なぁ、新人……! たしか、アイツらは十四時に東城門前に集合って言ってたよなぁ……! 今何時だ……」
「……十四時四十分です」
「クソがッ!! アイツら自分で時間決めといて遅刻か!? ふざぁけんな!」
堪忍袋の緒が切れたのか、クロ先輩は大声で叫ぶ。
今ここには俺とクロ先輩がいる。つまり、今遅刻しているのはノア社長とレイラさんだ。
なぜ、俺たちが東城門前にいるかというと、それは二時間ほど前に遡る――――
* * *
「"虹妖蝶の捕獲"……ですか?」
俺はノア社長から依頼内容を聞いて思わず聞き返してしまった。
「そう、今日の依頼は"虹妖蝶の捕獲"だ。これはとある貴夫人からの依頼でね。昨日お願いされたのさ」
ノア社長は一枚の紙を俺に渡してくる。どうやら、依頼書のようだ。
記載内容を確認してみると、確かに"虹妖蝶の捕獲"と書いてある。
そして、その成功報酬の金額を見た瞬間、俺は目を見開いてしまった。
"虹妖蝶の捕獲成功報酬:七千万ギラ"
「なっ、七千万ギラ!? 蝶の捕獲だけでですか!?」
「あぁ、そうだとも。まったく、お貴族様は羽振りがいいよねぇー。ははは」
あまりの大金に驚いてしまった俺を見て、ノア社長はケラケラと笑っていた。
七千万ギラ……。冒険者ギルドなどで得られる報酬でも一度にそんな大金を得られる依頼などない。ちなみに、俺が以前勤めていた王宮騎士団の年収でも世間では高給に当たるのだが、それでも十年分以上はある。
「その夫人は大の蝶好きでね。世界中のあらゆる貴重な蝶を収集したり、その翅を加工してアクセサリーにしたりと……とにかく貴族界では有名なお方さ」
「はぁ……そんな方がいらっしゃるのですね」
驚きのあまり俺はそう返事するしかなかった。
しかし、ノア社長――。そんな凄い方と面識があるとは……この人は一体何者なんだ?
「で、話を戻すけど。今回の依頼で問題になるのは、この虹妖蝶そのものさ」
「と、いいますと?」
「うん、この虹妖蝶なんだけど、名前の通り翅が虹色に輝いているのが特徴で、何より世界でまだ数体しか存在が確認されてない幻の蝶なんだよ。しかも、捕獲するのが非常に難しく、裏市場にも出回っていない。だから、もし捕まえることができれば、それこそ偉業を成し遂げたと同然と言えるだろうね」
「なるほど……」
虹妖蝶か……。いったいどんな姿をしているんだろうか。
「――実はこの虹妖蝶。私が掴んだ情報ではオストリア王国から東のすぐ近くにあるベール森林でつい最近目撃情報があったらしい」
「えっ、本当ですか!?」
まさか、王国の近くで見つかったなんて驚きだ。もしかすると、今回この依頼を受けたのはその情報を掴んでいたからだろうか。
「そこでこれからベール森林へ向かい、虹妖蝶の捕獲を行う。パーティは私、レイラ、クロ、そしてアラン君……つまり、全員だ」
「は~い、わかりました。社長♪」
「はぁ!? オレも行くのかよ!」
レイラさんのほんわかとした返事の後にソファーで寝転んでいたクロ先輩が嫌そうな声をあげる。
「当たり前だろクロ。特に君は探知に優れたスキルを持っているんだ。この依頼では君の力が非常に頼りになる。期待しているよ」
「チッ、仕方ねぇな……」
渋々といった様子でクロ先輩は承諾した。
「よし、じゃあ話がまとまったし、各自十四時に王都東城門前に集合だ。ベール森林は魔物が多く住む地帯だから武器とか忘れずに万全の準備をしてくるように。あ、レイラはこの後少し付き合ってくれ」
「あら? わかったわ♪」
「はぁ……わかったよ」
「承知しました」
ノア社長の言葉に、レイラさん、クロ先輩に続き返事をする。
俺は持ってきた荷物から剣やポーションなど必要な道具を抜き取り、軽装に着替える。
こうして、俺たちはベール森林へと向かう準備を始めた。
* * *
――というわけで現在に戻る。
東城門前に建てられた小さな時計塔の時刻は十四時四十分を示していた。
待ち合わせの時間からもう四十分も過ぎている。ノア社長とレイラさんに何かあったのだろうか?
「いやぁ、お待たせ、待ったー? 遅刻しちゃってごめんね」
「ごめんなさい、クロちゃん、アラン君。遅れてしまって……」
しばらくすると、俺たちの前にノア社長とレイラさんが現れた。二人は息を切らしながら謝っている。
「あァ……! テメェらふざけんじゃねぇぞ!! こっちはもう待ち合わせ時間の三十分前から来てたんだよ!!」
クロ先輩そんなに早く来ていたのか……。俺もそれなりに余裕をもって到着したけど、たしかにクロ先輩が先に到着していた。
「ごめんごめんって、クロ。ちょっと人助けをしていてさぁー。仕事が終わったら君の好きなケーキを奢ってあげるから許してよ」
「社長を責めないであげて、クロちゃん! 私がどうしても助けてあげたいって言ったから……!」
「うっ……チッ……わーったよ。今回は特別だからな! ただし、絶対ケーキは奢ってもらうからな!」
レイラさんの涙を浮かべた表情に心を動かされたのか、クロ先輩は舌打ちしながらも了承してくれた。
「たく……で? その格好は何だよ? 虫捕り少年か何かか?」
「これかい? そりゃあ、これから蝶を捕まえるんだ。それなりの格好が必要だろ?」
俺はノア社長とレイラさんの格好を改めて確認する。
二人とも服装自体は変わっていないが、右手に虫捕り網を持ち、大きな虫捕りカゴを肩に掛けていた。しかも、麦わら帽子まで被っている。
これはどう見ても……完全に虫捕りスタイルだった。
「よし! じゃあ、みんな揃ったことだし、早速出発しよう。目指すはベール森林だ!」
ノア社長は元気よく号令を出し、俺たちは東城門を抜け、ベール森林へ向かった。
ちなみにこの世界の通貨はギラであり。1ギラ=1円と考えてもらって大丈夫です。