転校生を「可愛いなぁ」と言ったら、幼馴染がいきなり『幼馴染最強説』を唱え始めた
「美少女の幼馴染がいる」というと、大抵の男子から羨ましがられる。
「良いなぁ。幼馴染とか、嫁候補筆頭じゃん」とか、「何の苦労もしないで美少女とお近づきになれるとか、前世でどんな徳を積んだんだよ」とか。
はっきり言おう。そういった羨望は、幼馴染がいないから言えるものなのだ。
俺・藍野孝介には、三井聖という幼馴染がいる。
子供の頃は中性的な顔立ちをしていたが、成長するにつれ女性らしさが備わっていき、今では学年でも屈指の美少女と呼ばれている。
確かに聖は可愛い。それは認めよう。でも……俺たちは幼馴染なんだぞ?
小さい頃から兄妹同然で過ごしている相手に、どうして恋慕など抱けようか?
だから幼馴染に抱き締められてもドキドキしたりしないし、幼馴染のパンツを見ても勿論興奮したりしない。
「幼馴染良いなぁ」と言っているそこの男子共、お前たちに問いたい。「お前らは、妹をそういった目で見るのか?」、と。
恋愛関係にはまず発展しないくせに、面倒事は多く引き寄せる。
聖へのラブレターを「渡しといてくれ」と押し付けられたり、聖と仲良くなる為に俺に近付いてきたり。時には「お前がいるから聖ちゃんに彼氏が出来ないんだ! お前は悪い虫なんだ!」とあらぬ風評被害を受けるし。
それでも聖と幼馴染でい続けるのは、ひとえに彼女といるのが楽しいからで。……まぁ総じて見れば、聖と一緒にいるメリットの方が多いのかもしれない。
俺と聖は余程の事情がない限り一緒に登校するのが通例となっており(お陰で毎朝男子からは嫉妬の視線を向けられるのだが)、今日も当然二人並んで学校へ向かっていた。
「はーあ」
いつもうるさいくらい元気な聖なのだが、今朝はどうも様子が違った。珍しく、大きな溜息をついたのだ。
「どうした? あくびなら兎も角、お前が朝から溜息を吐くなんて、滅多にない事だろ?」
「はい? 普段あくびなんてしていないし。女の子ですから」
「……いや、昨日の朝のこと忘れたのかよ? 大あくびと伸びをしながら、家から出てきたじゃねーか」
「……記憶にありませーん」
この女、都合の悪いことは記憶から抹消してやがる。どこの悪徳政治家だ。
「まぁ、なかったことにしたいなら別に良いけど。……で、何をそんなに悩んでいるんだ?」
「流石は幼馴染。やっぱりわかっちゃうんだね。……実はね、今日のお昼休み、告白の返事をしなくちゃいけないんだ」
告白の返事か。確かにそれは、気が滅入るな。……普通の人間ならば。
「でも聖って、何度も告白されているだろ? 断るくらいで悩んだりしないだろ?」
「よく断るってわかったね」
「……オーケーするなら、溜息なんて吐かないだろ」
聖が俺以外の男子と仲良くする姿が想像出来なかったとは、恥ずかしくて口が裂けても言えなかった。
「それもそうか。……断ること自体は多少心が痛むだけで済むんだけど、今回の場合、相手が相手なんだよね」
「断ったら実力行使してきそうな不良とか?」
「ううん。寧ろ好青年。その上成績優秀で運動神経抜群なイケメン。だからこそ、断ったら角が立っちゃうっていうか……」
あー。確かにイケメンや美少女って、告白するにしてもされるにしても周囲にある程度の影響を及ぼすよな。
今回の場合更に事情が複雑で、聖の友達がそのイケメンのことを好いているらしい。
その友達は良い子だから、「聖ちゃんになら、負けても仕方ないよ! 幸せになってね!」と交際前提で聖を応援している。聖にそんなつもりは、毛頭ないというのに。
「友達には、素直な気持ちを伝えるしかないんじゃないのか?」
「「私には愛する幼馴染がいるんで、他の男子は眼中にないんです」って?」
「あー、はいはい。俺をダシにして穏便にことが済むのなら、いくらでも使って下さい」
家族に最も近しい存在でありながら、血の繋がりも戸籍上の繋がりもない。
そういう意味では、幼馴染というのは非常に使い勝手の良い関係だ。
学校に着いた。
俺と聖は違うクラスなので、いつも昇降口で別れることになる。
「それじゃあ、また放課後ね」
「おう。何かあったら、相談するんだぞ」
「うん、ありがと」
そんなやり取りをして、俺たちは互いの教室へ向かっていった。
◇
その日は何の変哲もない平日の筈だった。しかし朝のホームルームでの担任の一言で、「何の変哲もない平日」は一変する。
「お前ら、転校生を紹介するぞー」
学期の始めならいざ知らず、こんな時期に転校生なんて珍しいこともあるものだ。そういうイベントは、ラブコメの中だけで起こるものだとばかり思っていた。
先生に促されて教室に入ってきたのは、金髪碧眼の美少女だ。あまりの可憐さに、男子たちは感嘆の声を上げるのを忘れて、息を飲んでしまっている。
俺はというと、確かに転校生の可愛さに「おぉ」と軽く声を漏らしたものの、驚くほどではなかった。
なにせ10年以上も聖と一緒にいるのだ。美少女には、耐性がある。
「佐川アリーシャです。イギリスから来ました。よろしくお願いします」
転校生……佐川さんは、流暢な日本語で皆に挨拶をした。
「それじゃあ佐川は……藍野の隣にでも座ってくれ」
俺の隣は空席だから、そこに佐川さんを座らせるという担任の判断は間違っていない。だからさ、クラスの男子たち、その殺意に満ちた視線やめてくれない?
「聖ちゃんに続いてアリーシャちゃんまで、てめぇ殺されてぇのか?」みたいな心の声がダダ漏れなんですけど。
クラスメイトたちの視線を特に気にすることもなく、佐川さんは俺の隣席に腰を下ろした。
「よろしくな、佐川さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします、藍野くん。あと私のことは、アリーシャで良いですよ?」
「そうか。アリーシャは日本語上手なんだな」
「母が日本人なので、小さい頃から教わっていたんです。それにアニメとか漫画とか、ジャパニーズカルチャーに興味がありましたので」
転校して初めて話した生徒ということもあり、アリーシャは事あるごとに俺を頼ってくれた。
授業中、俺と机をくっつけて「見ーせーて」とせがんでくるアリーシャ。昼休み、食堂の蕎麦で舌鼓を打つアリーシャ。
そんな彼女の百面相を見ていたら、なんだか可愛いと思えてしまった。
放課後。アリーシャから「一緒に帰りましょう」と誘われたが、聖という先約がいた為、丁重にお断りした。
アリーシャは一瞬「えー」と不満を見せたが、約束は守らなければならない。きちんと説明したら、納得してくれた。
「それでは孝介さん、また明日!」
俺が見えなくなるまで、アリーシャは手を振り続ける。
なんというか、随分懐かれたものだ。無論、悪い気などしなかった。
◇
聖と昇降口で合流して、俺たちは帰路に立つ。
昼休みの告白の返事とやらが、思った以上に胃にきたのだろう。聖の口からは、「疲れたぁ」という言葉ばかりが漏れていた。
「その様子だと、友達には上手く説明出来たみたいだな」
「なんとかね。……「誰とも付き合う気がない」って言っても信じなかったくせに、孝介の名前を出したら一発で納得してくれたよ」
あー。もしかしなくても、これ俺と聖が好き合ってると勘違いされてるパターンじゃないか? まぁ聖の為になるのなら、隠れ蓑でも何でも請け負ってやるが。
「孝介の方はどうだった? 今日は何か面白いことあった?」
「面白いかどうかはわからないけど、転校生がきた」
「転校生! こんな時期に来るなんて、どこのラブコメの世界だよ」
うん、俺も同じこと思った。流石は幼馴染。
「転校生といえば、美少女というのが定石ですが……孝介さんや、その辺どうだったんですかい?」
下衆を演じているのか、聖の口調がおかしくなっている。ツッコんでやる義理もないので、俺は口調に関してはスルーすることにした。
「可愛かったぞ。いや、マジで」
「――え?」
ニンマリしていたのが一転、聖から表情が抜け落ちた。
「あのレベルの美少女は、なかなかいるもんじゃない。冗談抜きでラブコメの世界に迷い込んだのかと思っちまった」
それから俺は、今日発見したアリーシャの可愛いところを、列挙していった。
見た目どころか性格や言動も可愛いなんて、本当、とんでもない子が転校してきたものだ。
「聖もうかうかしていると、校内No. 1美少女の座を奪われちまうぞ」
親切心で言ったつもりなのに、返ってきたのは「へー」という冷たい声だった。
「……聖? どうかしたのか?」
「べっつにー。どうせ私は、可愛くないからね。アリーシャさんと比べたら!」
……幼馴染だからわかる。聖は明らかに不機嫌だった。
しかし幼馴染という立場をもってしても、どうして怒っているのかは見当もつかない。俺、何か悪いこと言ったかな?
こういう時は、怒りが爆発する前に謝罪するに限る。
取り敢えず謝っとけ。聖と付き合いたいのなら、これ必須事項。
「聖、その……悪かったな」
「……何が?」
……あれ、おかしいぞ?
いつもならこれで「もー、しょうがないなぁ」って感じになるのに、今回に関しては聖の怒りが収まった感じがしない。
それどころか、彼女の機嫌を逆撫でしているような……。
「何で私が怒っているか、わかっていないんじゃん」
「……すみません」
今度こそ心からの俺の謝罪に、聖は長い溜息で応えた。
「孝介ってさ、犬が苦手なんだよね?」
「そうだが……今更確認しなくても、お前なら昔から知っていることだよな?」
「そうだね。昔から知ってることだね。……因みに犬が嫌いになったのは、子供の頃近所のブルドックに泣かされたから」
10年以上も前の話を、よくもまぁ覚えているものだ。当事者でなければ、犬種まで覚えていることなんてまずないだろうに。
「あと、孝介はお味噌汁の具では豆腐が好きだよね。逆になめこは苦手。あのヌルッとした感じが無理って言っていた。子供の頃の夢は動物学者。今でも動物に関係する職業に就こうと、一先ず理系教科を熱心に勉強している。それと……」
「ちょっと待って。ストップストップ。……どうしていきなり俺のことなんて語り出したんだよ?」
「そんなの、決まってるじゃん。私はこんなに沢山孝介のこと知っているんですよっていう、アピールだよ」
誰に対するアピールなのかはわからないが、聖の発言内容は全て正しかった。
「まぁ、幼馴染だから、そんだけ知っていてもおかしくないか」
「そう、幼馴染なの。幼馴染だから、沢山の孝介を知っているの。家族じゃないのに、家族くらい近い存在。だから、幼馴染は最強なの!」
どうしよう、わけがわからない。
なんかいきなり聖の奴、『幼馴染最強説』とやらを唱え始めたんだけど。
ていうか、最強って何? 幼馴染だと、一国を落とせちゃうレベルの魔法が使えたりするの?
「良い? 幼馴染が最強ってことは、私の魅力は天上天下唯我独尊じゃなきゃいけないの。少なくとも、孝介の中では」
「……はぁ」
「で、私が怒ってる理由、まだわからない?」
わかるわけがない。
いきなり昔のことを語り出して、幼馴染最強説を唱え始めて、聖は一体何を考えているのか?
しかしその答えを教えてくれるほど、この時の聖は優しくなかった。
「どうして私が怒っているのか、一晩じっくり考えること! 明日答え合わせね!」
どうやら俺はかつてない難問を、宿題に出されてしまったようだ。
◇
一晩寝ずに考えたが、結局聖がどうして怒っているのかはわからずじまいだった。
日が変わったら聖の機嫌も戻るかと期待していたんだけど、当然そんなことはなく。俺が正解を導き出せなかったこともあり、登校中俺と聖は一切会話をしなかった。
無言の登校なんて、初めてかもしれない。だからこそ、この状況に危機感を覚える。
昇降口に着いても「また、放課後ね」の挨拶はなく、俺たちははじめから二人で登校していなかったように流れ解散した。
聖が絡んでこなかったので、日中はアリーシャへの学校案内に時間を費やすことが出来た。
流石に昨日の昼休みだけじゃ、校内全域を案内出来ないからな。昨日は各教室をメインに回ったから、今日は体育館や図書館などの複合施設を案内するとしよう。
アリーシャは、人と距離を詰めるのが非常に上手い。
海外育ちということもあり、スキンシップが激しいところもあるが……美少女にくっつかれて嫌になる男子高校生など、いるはずもない。俺も例外ではなく。
アリーシャはアニメが好きだと言っていたので、俺は今期自分が観ているアニメについて話を振ってみた。
アリーシャも同じアニメを観ていたようで、思いのほか会話が弾んだ。弾みすぎた。
「ねぇねぇ、孝介さん! あのシーンのヒロインの心情について、孝介さんはどう思いましたか? 私が思うに、ヒロインは絶対主人公が好きだと思うんですけど!」
とあるツンデレキャラの話をしている最中、興が乗ったアリーシャは俺の腕にしがみついてきた。
ちょっと、ちょっと! アリーシャさん!?
ここが体育館だったこともあり、昼休みバスケやバドミントンで遊んでいた生徒たちの視線(男子生徒からは殺意)が、一斉にこちらを向いた。
「おい、アリーシャ! 当たってるぞ!」
「当たってる? ……あぁ」
俺の発言の意図を理解したアリーシャは……離れるどころか、自らの胸部を更に押し付けてきた。
「当ててるんですよ」
「ラブコメの話をしてるからって、実践しなくてよろしい!」
アリーシャの誘惑じみた行為に、俺がたじろいでいると、体育館の入り口から、一人の女子生徒が飛び出してきた。ーー聖だ。
聖は空いている方の俺の腕を掴むと、グイッと自分の体に引きつける。
「これは、私のだから!」
そして突然の俺の所有者宣言。……ていうかお前、いつから見ていたの?
「ポッと出の転校生が、人のものを誘惑するな! あんたなんかより、私の方が沢山の孝介を知っているし、それに、その……私の方が、孝介のことずーっと大好きなんだから!」
体育館が故に、異常なまでに反響する聖の声。
勇気を出してのその発言は、俺を一晩かけても解けなかった難問の答えに導いてくれた。
もしかして、聖は嫉妬していたのか? 俺がアリーシャのことを「可愛い」って言ったから、幼馴染最強説とやらを唱えて自分の優位性を保とうとしたのか?
つまりそれは、聖が少なからず俺に好意を抱いてくれているということで。自覚すると、なんだかこっちが恥ずかしくなってきた。
予期せぬ乱入者に、アリーシャは小首を傾げる。
「孝介さん、この人は? 孝介さんの彼女?」
「いいや、単なる幼馴染だ。……まだ、な」
最後に付け加えたフレーズで、俺たちの関係性を把握したのだろう。アリーシャは「ははーん」と含みのある反応を見せた。
「成る程。昨日孝介さんは私に「校内で五指に入るくらい可愛い」と言って誉めてくれましたが、一番可愛いのは彼女でしたか」
『……っ』
アリーシャの指摘に、俺と聖は揃って真っ赤になる。
さながらラブコメのような展開にご満悦なアリーシャは、ニヤニヤしながら聖に告げる。
「安心して下さい。孝介さんは良き隣人。恋愛感情はありませんから」
「お幸せにー!」と言い残して、アリーシャは去っていく。
残された俺と聖は、互いに見たこともない顔をしながら見つめ合っていた。
幼馴染は家族みたいなものだと思っていたけど、家族相手にこんな顔はしないよな。こんな気持ちにはならないよな。
散々提唱していた『幼馴染家族説』は、皮肉にも俺自身の恋心によって否定されることになった。
幼馴染は家族じゃない。聖が言うに、幼馴染は――
「……そういや、幼馴染は最強なんだっけか」
「そうだよ。だからたとえラブコメの世界のヒロインが現れても、異世界からチートクラスの美少女が転移してきても、幼馴染の私には勝てないんだから。孝介は私だけのものなんだから」
「そうか。だったら逆も然りじゃないのか? 幼馴染最強説、俺にも適用されるだろ?」
「! ……うん」
暗に「お前は俺のものだ」発言をされて、聖は一層赤くなる。
その顔は、まぁ、最強という単語に相応しいくらい、めちゃくちゃ可愛かった。




