コイツのことは世界で一番きらいだけど結婚しようと思う
都内の難関校のひとつ、エアラリス学園。
魔法と武術の才を持つ学生ばかりが集められたこの学園で、二人の喧噪は巻き起こる。
「あァ!? この魔法理論が間違ってるわけねぇだろ!」
「はぁ!? どうみたって欠陥品じゃない!」
二人の剣幕は想像を絶するもので、今にも取っ組み合いが起きそうなほど教室全体に緊迫が漂っている。
それがただの喧嘩なら周りの生徒もはた迷惑だと視線を逸らすだけだが、その二人は特別。
自らの理論を書き連ねた文書を手に怒っている男の方の名前は『ルーク』。
首席でエアラリス学園への入学を果たし圧倒的才能を見せつけた美男子で、人並み外れた"演算能力"と"魔法調整能力"の持ち主。その才能は目を見張るものがあり、教師たちからは人類の半歩先を行く革命児とも謳われて時折彼が主導する授業も見られるほど。
だが残念なことに、彼に近寄る女性は少なかった。
そう、性格に難あり。
対してルークの文書を机に叩きつけて怒っている少女の方の名前は『ステラ』。
次席でエアラリス学園への入学を果たし圧倒的才能を見せつけた美少女で、人並み外れた"運算能力"と"魔力"を持っている。また素早い理解力を有しており、独自の魔法理論の早期構築など学園の歴史を塗り替えるほどの天才的な素質も秘めている。加えてスタイルも良く周りの同性からは嫉妬の声が後を絶たたない。
だが残念なことに、彼女に近づく男性は少なかった。
そう、性格に難あり。
「ちょっと、やめなってステラちゃん……」
「おいおい落ち着けよルーク……」
二人を止めようと周りの生徒達の何名かは抑えに入るが、二人はその手を振り払って言い合いを続ける。
「魔法は射出速度が命なんだ、威力が大きくても敵に避けられたら意味ねぇだろうが!」
「それこそ頭の悪い考え方よ、威力が無ければ命中しても大した損傷を与えられない。そもそも魔法は手品、相手に手の内を見せれば見せるほど見切られる危険性があがるのよ!」
机をバシバシと叩き、二人はメンチを切って向かい合う。
博識と英才が集うこの学園内でまさかの喧嘩。会話の内容はともかく、聡明な者達が集う箱庭で起こるにはあまりにもレベルの低い出来事だった。
しかも運の悪いことに昼休みで近くに教師はおらず、周りの生徒も物珍しい光景が見れたと教師に報告もしない。
その間にも二人の言い争いは更に激化していく。
「お前は言い方が極端なんだよ、敵に損傷を与えられないレベルの魔法の威力だなんて誰が言った? 敵に損傷を与えられる威力で最高速度の射出、放射を目指す。これが最適解なのは凡人でも分かることだ!」
「そんな都合の良い演算をあなたの言う凡人たちが出来るとでも? これは平均的な魔力と演算能力を持った人類種が如何に効率的な魔法を扱えるかの命題なのよ、それを理解してるわけ?」
「だから俺が構築した魔法理論を使えばいいって言ってるだろうが。こうして証拠も理論書も提示してるというのに欠陥品呼ばわりとは、まるで理解力が足りてないとしかいえない。才女の名が聞いてあきれる」
「は? 私は自分を才女なんて言った覚えはないんですけど? そもそもあなたの理論は人の感性を考えていないのではなくて? 魔法に限らず人類種が使える最大エネルギー量は精神状態によって異なるし常に不安定なのよ、人が常時全力を出せると思ったら大間違いなんですけど? あなたの考えはそうやって理想論を並べてるだけでそれを実践もしてなければ統計も取ってない。こんな欠陥理論じゃこの学園の行く末が不安だわ」
ステラの物言いにルークは堪忍袋の緒が切れ、持っていた文書を投げ捨てる。
そしてステラの胸ぐらを思いっきりつかんだ。
するとステラも負けじとルークの胸ぐらを掴んで対抗する。
「んだと? この、この、この……!」
「なによ? あんたなんてねぇ、あんたなんて……!」
だが二人はその先の言葉に詰まる。
論理的な返しが思いつかない。咄嗟のロジックが組み立てられない。
目の前のこいつといると調子が狂う。
それでも何かないか、何かないかと二人は相手の弱点を探る。
しかし、無い。無いのだ。──そうして出てきた言葉がこれだった。
「この、ばかぁ!」
「この、あほぉ!」
同じタイミングで二人は叫ぶ。
あまりにも頭の悪い罵倒が教室中に放たれた。
「「えぇ……」」
止めに入ってた生徒達から呆れた声が返ってくる。
それからようやくというべきか、廊下を歩いていた教師が何事かと仲裁に入ったおかげで二人は事を荒立てずに済んだのだった。
だがこれがいつもの光景となることを、二人はまだ知らない。
◇◇◇
それから2年の月日が経ち、当然ともいえる飛び級を果たした二人は実戦へと駆り出される事となった。
ルークは魔法の威力を、ステラは魔法射出速度を買われ、対ヴェタイン国短期戦争の分断役として小規模の陽動作戦に組み込まれる事に。
小規模の陽動作戦とはいえ初の戦争。周りの新兵や学園卒業兵は肩を震わせ緊張を隠せない様子。
当然だろう、命がかかっている。下手すれば今日死んでしまうかもしれない。
だがこの二人は違った。
「なんでお前敵国にいないんだ? 俺が倒すのはお前だったはずなんだが」
「はぁ? 私は元々イデアル国出身なんですけど? あなたもしかして記憶がなくなったんじゃない? バカだから、バカだから!」
「あーっごっめん! 俺お前に興味なさすぎてすっかり忘れてたわ、てっきりヴェタイン国出身だとばかり! でも俺確か都内の全学園トップの成績だったから、もしかして同じ出身ってことは俺より下の成績でいらっしゃる方ですか? あははーこれは失礼!」
「なんですってぇ!?」
「あァ!?」
「ちょっと二人ともふざけてる場合じゃないよ! 目の前に敵軍が来てるって!!」
「「うるさい今大事なところなんだよっ!!」」
ルークとステラは互いにそう叫ぶと、攻め入ってくる敵軍へ向けて無詠唱で魔法を放つ。
魔法は凄まじい速度で敵軍の雑兵に向かっていき、沈黙。すると次の瞬間には逆光を返すほどの眩しさを放ち、耳を塞ぐほどの轟音が巻き起こる。
「……はぇ?」
横で見ていた仲間たちも思わず呆気に取られてその光景を見つめる。
敵軍の雑兵は黒焦げで灰になっており、地面には隕石でも落ちたのかと思うほどの巨大なクレーターが出来上がっていた。
だが二人はそんなことどうでもいいと言わんばかりに言い合いを続ける。
「あーごめん俺の魔法の威力が高すぎてお前の魔法まで飲み込んじまったわ」
「何とぼけたこと言ってんの? 目、ついてる? 私の魔法が先に着弾したんだけど? つまり今倒れてる敵軍は全部私の手柄、あなたの魔法は無駄だったの、分かる?」
「は? だったら今度は手加減なしで葬ってやるよ、魔法の射出速度なんざ演算を少し書き換えれば倍になるんだよ」
「あらあら! まさか天下のルーク様ともあろうお方がこんなことで本気になっちゃったわけ? 私はそんな必死にマウント取ろうとする子供とは付き合ってられないから勝負しないわ」
「そうだよなぁ? 本気出したら俺に勝てないもんなぁ?」
「はぁぁぁ!? やってやろうじゃない!! 私の本気見せてあ、げ、る、わ、よ、ッ! まぁ? 最も? 本気を出した私はどこぞのボンクラ魔法使いとは比べ物にならないと思いますけど? なんなら惨めな勝負をする前に降参してもよくてよ? ほらいますぐ跪いて私の靴舐めなさいよ、そしたら許してやってもいいわよ?」
「あァ!? 俺がお前如きに劣るわけねぇだろうがやってやろうじゃねぇか!!」
そうして二人はなんだかんだ言い合いながらも迫りくる敵軍を壊滅させ、陽動という作戦名も忘れて魔力が空っぽになるまで戦い続けることとなる。
結局敵軍が陽動に気づき兵を撤退するまでの約6時間、陽動とは思えないほどの激しい攻防が繰り広げられた。
やがて二人は部隊の最前線で息を切らし、膝を着く。
「はぁっ、はぁっ……ど、どうだ……」
「はぁっ、はぁっ……ど、どうよ……」
二人が倒れ込んだ先の辺り一帯は、地形が塗り替わるほどのクレーターの跡。
自身の成果を問われた上官も困り顔で「どうと言われても……」と呆然状態。
二人の戦いは勢いに任せた突貫に見えたが、指示にはしっかりと従い統率行動をとっていたため叱責する点が見当たらない。しかも攻勢ばかりに囚われず挟撃を察知すれば事前に後退する正攻法を守っていたために、二人は冷静なのか感情的なのか決めかねると指揮官も頭を抱える。
ただひとつ分かった事実があるとすれば、その日の陽動作戦は見事に成功を収めたことだった。
「……お前たち、やりすぎだ」
「ステラちゃん魔力量どうなってるの……」
ルークやステラと同じエアラリス学園を飛び級で卒業した同期たちも、その二人のあまりの圧巻劇にただただ感嘆するしかなかった。
その光景を隣で見ていた部隊の先輩の一人が思わず言葉を漏らす。
「な、なぁ。もしかして二人は付き合ってたり──」
「「んなわけねぇだろよく見ろ盲目かテメェ!!」」
「なんでそんな長文をハモれるんだよ……」
どうみても息ピッタリの罵声を浴びせられた先輩は「えぇ……」と困惑した表情を浮かべる。そして同期たちからも同情の目を向けられて「いっつもこんな奴らなんです」と擁護される結果に。
それからもルークとステラの二人は学園と提携して実戦経験を積んでいき、無事エアラリス学園の卒業を果たすこととなったのだった。
◇◇◇
それから更に数ヶ月。晴れて自由の身となったルークとステラは16歳。
毎日のように一緒に罵り合っていた二人は学園を卒業後、当然とばかりに決別して互いの道を進んでいた。
だがその日は唐突にやってきた。
「「はぁぁああ!? 結婚!?」」
同時期、二人は別々の場所で両親に婚約の話を持ち出されていた。
◇
「ステラ、お前もいい年だ。今までは学業に専念して欲しいと思ってこういった話題は控えていたが、既に許嫁も決まっているのでな」
「ちょ、ちょっとまってくださいませお父様。私はまだそういったことには……」
突然の父の告白に動揺が隠せないステラ。学業から実戦訓練と順調に道を辿ってきた彼女に結婚というワードはあまりに突拍子もないものだった。
当然ステラは二つ返事で頷くわけにもいかず、時間が欲しいと願い出る。
「それがそういうわけにもいかないのだよ」
父は少しだけ困憊した様子で溜め息を漏らした。
「お前の積み上げてきた勉学、そして他方に名を広げるほどの実績は私達の誇りだ。この家に残す名誉ともなろう。……だが、広まり過ぎたのだよ」
「広まり過ぎた、とは?」
「お前の名前が貴族界隈で有名になり過ぎた。故にお前を狙って婚姻を結ぼうとする貴族が後を絶たない、ここ連日は来客の対応に追われて散々だったよ」
「そんなことに……」
常々自由気ままを望んでいた彼女に他方の動きなど掴めるはずもなく、実家で面倒なことになっていたのをこの時になって初めて知ったのだった。
「私としては我が子の人生に割り込むつもりはない。今お前が持っている実績は他の誰でもないステラ自身が創り上げたものだ、人生の選択はなるべく好きにさせてやりたい。だがこうも他の貴族達が地位を掲げて押し寄せてくると対応にも限界がある。そのうち王国方面の厄介な連中にさえ目を付けられかねない。だからこれは父としてのアドバイスだ。──ステラよ、今すぐ婚約を結んだ方がいい。そうすれば貴族達もみな諦めるだろう」
自らの娘を案じての許嫁だったことを理解したステラは、慌てた表情から一転して落ち着きを取り戻す。
そしてしばらく考え込んだあと、仕方がないと首を縦に振った。
「……分かりました。お父様がそういうのであればその許嫁の件、受けましょう。でも期待はしないでくださいませ、私選り好みは激しい方ですので」
「助かるよ。でもまぁ本当は許嫁などではなく昔からの知り合い、例えばルーク君などと結ばれてくれると私としては安心なんだが──」
「はぁ!? なんであんな男と結婚なんてしなくちゃならないのよ! あり得ないわっ! 世界で一番きらいなのよ!!」
「そ、そうかね? まぁお前がそういうのなら私はこれ以上何も言わんが……」
態度が一変して強気に出たステラに父はすぐさま身を引く。ステラはルークのことになるとどうしても強く出てしまう癖があった。
そして部屋を出て行ったあともステラはぶつぶつと独り言を呟いていた。
「そうよ、あんな男となんてありえない。あんな不愛想で喧嘩っ早くて口が悪くて性格がひねくれていて魔法がすごくて私より頭がよく、て……」
はっ!? と思わず正気に戻ったかのような反応をした後、ステラは自身の今までの発言を撤回するかのように顔を赤らめる。
「なっ、な、な、なんで褒めてるのよ私!? そ、そんなわけないじゃないっ! あ、あー、頭が疲れてるのかしらー!」
誰もいない廊下で一人悶えるステラ。だがその表情はどこか恥ずかしさと嬉しさが混ざっているようなものだった。
◇
一方その頃、ルークの方でも同様の事柄が起きていた。
自由奔放だった彼の婚約相手として選ばれたのは、同地位の貴族令嬢『ティーア』。都内有名の貴族学園を卒業した彼女は幾人もの配下を引き連れて優秀な婚約相手を選別していた。
顔が良く、自身と同程度以上の地位を持っていて、勉学も出来る男。そんな高望みを掲げていたティーアが目を付けたのがルークだった。
ルークはこの婚約に最初こそ否定的だったが、自身の父がどうしても早めの跡継ぎを見つけて欲しいと願い出たことで渋々承諾することとなった。
だがその後の二人の関係性は良好なものではなく、ティーアの横暴な態度に嫌々付き合わされるルークの構図が早くも出来上がっていた。
婚約はあくまで父の手助けの為にするもので、普段は魔法の勉強などに時間をあてたいルーク。自身の地位を確実に昇進させるためにルークを駒として統治運営をさせようとするティーア。
二人の理念は真逆だった。
ティーアは生まれながらに貴族の地位を得て下々の上に立つことに慣れ過ぎたせいかその態度は傲慢そのもので、同じ地位にいるはずのルークを指さして自分の鬱憤晴らしの道具としてこき使っていた。
一方のルークは珍しいことに怒鳴ったり反発したりすることもなく、その狂言に付き合っていた。
ただ、次第に口数が減っていっていたのをティーアは知らない。
荒唐無稽なティーアの言動が日に日に増していく中、ルークが大きく口を開いたのはこの日が最後だった。
「……は? 今、なんて?」
「だから結婚の話は無かったことにすると言ったんだ。もう十分満足しただろう? 本日この瞬間をもって、俺とお前との婚約は破棄させてもらう」
ルークがはっきりと口に出したその言葉に、ティーアはぷるぷると震えながら顔を真っ赤にさせる。
そして手に持っていた物を投げ捨てて叫んだ。
「ふっふざけるんじゃないわよッ!! 一体何様のつもりですの!? こっこの私と婚約を結べるという栄誉を無下にするつもり!?」
「俺とお前は肩を並べる地位のはずだが。それに俺は自由に生きたいんだ。なるべくお前の力になれればと書斎で統治の本も読み漁った、魔法の研究にあてる時間も削ってお前の大好きな貧民虐めの始末書も書いてやった。だがお前は一度たりとも俺の理由を汲んでくれたことはなかったな」
「デタラメなこと言ってんじゃないわよッ!」
完全に頭に血がのぼっているティーアはルークの胸ぐらに掴みかかり、首元を圧迫する。
胸ぐらを掴まれるのは慣れていたルークだったが、その行為にはかつてないほどの嫌悪感を感じた。
「ロクに女性とも交際したことがないようなヘタレなアンタをこの私が選んでやったのよ? 地に頭をこすりつけて感謝するべきでしょうが! それをなに? 婚約破棄ですって? そんな勝手なこと認められるわけないでしょ? 婚約破棄は正当な理由が無ければ無意味なのよ」
「正当な理由? ああ、山ほどあるとも。お前の普段の言動は他の令嬢派閥にこれでもかと目を付けられている、今まで虐げてきた貧民たちの口添えがあればすぐにでもその正当な理由とやらは作り上げることが出来るように思えるが」
「うるさいっ!!」
ルークの言葉を聞いたティーアは、ルークを突き飛ばして叫ぶ。
息を乱しながら殺しにかかるような目を向けるティーアに、ルークは握りしめた自身の拳を見つめる。
「俺はどうやら本気で怒ると呆れるタイプだったらしい。ありがとうティーア、お前のおかげで自分のことが少しわかった気がするよ。──じゃあな」
そう言い残し、ルークはその場を立ち去ろうとする。
だが怒りに身を震わせたティーアは何かを閃くと、不気味な笑みを浮かべて呟いた。
「……そういえば私が来る前にアンタと仲良くしていた女がいたわよねぇ? 確か──ステラ、とかいう小娘だったかしら」
「──!」
その名前が出た途端、ルークは足を止めて振り返りティーアを睨む。
その反応を見て確信を得たのか、ティーアはさらに不敵な表情を見せた。
「──その小娘、次のターゲットにしても良さそうよねぇ?」
その一言で、ルークの中でプツン、と糸が切れる音が聞こえた。
ルークは無言でティーアに向かって歩き出す。
そしてその目の前で止まると、ティーアの顎に手を当てて無理やりこちらを向かせた。
「殺すぞ」
「……え?」
「殺すぞ」
何を言われたのか理解する間もなく迫ったその行為に、ティーアの顔から余裕の色が消える。
そして数秒後、ティーアはようやく自分が何を言われたのかを理解した。
「こ、ころすって──」
「今言った言葉を訂正しろ、さもないと今この場で首を飛ばすぞ」
「ひっ……」
先程までとはまるで違うルークの雰囲気に圧倒され、ティーアは瞳に涙を浮かばせる。
そしてガタガタ震えながら、自らの危機に怯えていた。
ルークはその様子を確認すると、手を離して再び背を向ける。
そして去り際に「婚約は破棄する、いいな?」と一言付け加え、その場を去っていった。
後に彼女の性格上復讐してくるだろうと警戒していたルークだったが、不思議なことにティーアからそれ以上の追及は無かった。
しかし婚約が白紙になったことで父との約束を果たせなくなり、ルークは再び困り果てるのだった。
◇◇◇
翌日、誰とも婚約の目途がないルークは頭を抱えながらどうしたものかとその辺を散歩していた。
そこで偶然にもバッタリと鉢合わせしたのが、ステラだった。
彼女も許嫁との関係は上手くいかなかったらしく、先日結婚の話は無かったことになったらしい。
「はっ、聞いたぜステラ。お前せっかくの許嫁を早々に見切りつけて見捨てたそうじゃねぇか」
「ルークこそ、婚約相手に殺すぞとか言ったらしいわね」
互いに皮肉を言い合う二人だが、どこか楽しげな雰囲気を見せる。
普段は顔を合わせたらすぐ喧嘩を始める二人だったが、この時ばかりはお互いに婚約者と決別したということで自然と意気投合した話し合いになっていた。
「親父が有名どころ出身の貴族さんなんていうもんだからどのくらい上品なお嬢様なのかと思ったら、品性の欠片もないクズだった。だから婚約はやめるって話を持ち掛けたんだが、向こうから脅しをかけてきてな。思わず言っちまった」
「へぇ、ルークに脅しなんて通用するとは思えないんだけど。なんて言われたの?」
「それは……いや、忘れた」
「えーっ」
いつもは本音を隠すこともなくストレートに言うルークだが、珍しく内容を濁したことにステラは少しだけ違和感を覚えた。
ルークがここまで言い淀むということは、よっぽど酷いことを言われてしまったのだろうかと。
そんなことを考えていると、ルークの方から話を振ってきた。
「お前こそどうなんだよ、相手は親公認だったんだろ?」
「まぁそうなんだけどね、私の方もあなたと似たようなものだったわ。許嫁というから多少は私に見合った男だと思ったんだけど、てんでダメ。出会って早々自称最強の王国騎士なんて名乗るものだから手合わせをしたらコテンパンにしちゃって、しかもそのことをいつまでもグチグチ言ってくるから痺れを切らして一喝。それでおしまいね」
それを聞いたルークは苦笑いを浮かべる。
相手はあのエアラリス学園を飛び級で卒業した天才。面と向かって戦いを挑むなど死にに行くようなものだ。
そんな哀れな許嫁との苦悩の日々はまるで目に浮かぶように分かると、ルークは同情の目を向ける。
それからも二人は互いの婚約失敗談で会話を続け、困ったものだと笑いあった。
いつも喧嘩ばかりしている二人が笑うなんて、物珍しいこともあるものだ。
「……」
「……」
森からの風が緩やかに吹く高原の端で、二人はただ漠然とその景色を眺める。
いつしか会話のネタも途切れて沈黙が続くようになり、これ以上ここにいる理由も無くなった。
しかし二人はその場を動こうとはしなかった。
「このまま婚約相手見つからないと大変らしいじゃない」
ステラのその言葉に、ルークは返す言葉を思いつかず眉間にシワを寄せる。
「……それはお前もだろ」
「そうね。あーあ、どこかにいい男いないかな~」
「は? なんだそれ、もしかして俺のこと誘ってんの?」
「ちっ違うわよ! 違う、わよ……」
「なんだよ、珍しくノリ悪いな」
「……」
ルークの言葉に、ステラは顔を赤くして俯く。
そしてしばらく黙り込んだ後、思いっきり顔をあげて叫んだ。
「あぁーーーーーっ!!」
「な、なんだよ? 急に大声上げて」
突然の大音量に驚いたルークだったが、ステラが何かに開き直った姿勢を見て更に驚く。
ステラはルークの方を見て、自分に言い聞かせるように声を張った。
「もう分かった! 分かったわよ!! ねぇルーク!!」
「はっ!? なんだ!?」
あまりの気迫にルークは思わず身構える。
そしてステラは大きく息を吸い込むと、今度はか細い声で呟いた。
「私のこと、どう思ってるのよ……?」
「……!?」
まさかステラからこんな質問が来ると思っていなかったルークは、思わず動揺してしまう。
どこか今までと違うノリ、明らかに冗談で言っているものじゃない。
ルークはまた僅かに俯きつつあるステラの顔をそっと覗くと、その顔は今までに見たことないほど真っ赤に染まっていた。
ハッと気づいたステラは膝に顔を埋めて隠すが、耳元はこれ以上ないほど火照っている。
「どう思ってるって……聞いてるのよ……」
消え入りそうな程小さな声でそう言った。
ルークはそんな彼女の様子を見つめながら考える、自分は彼女をどう思っているのかと。
初めて会った時は、いけ好かない女だった。
自分よりも才能のある人間がいるなんて信じられなかったし、自信満々に掲げた理論や説をいつも外側から食い破って来たのはステラだ。
そんな彼女と過ごしてきた数年間、何も感じなかったわけじゃない。
悪い部分を見つけようと必死になっていた、弱点はないかと探っていた。そうして出てくるのは良い部分ばかり。
知れば知るほど印象が良くなっていく彼女に、いつしか自分は釣り合っていないのではないかと思うようになっていった──。
そんな彼女の口から出たこの言葉の意味に、冗談で返すほどルークは優柔不断な人間ではない。
もしもそれが彼女の──ステラの策なのだとしたら、自分はまんまと嵌められたわけで──。
「──あーっ、クソ! それはズルいだろうが!」
おもむろにそう叫び、ルークは何かを決意した。
そしてステラの方を向き、なんとかその単語を振り絞る。
「……す、す…………」
「す? ねぇ、す? なに? あーいーうーえーおー、かー? かーー?」
ルークのおどおどとした態度に自信を取り戻したステラは、ルークの目前に顔を寄せて挑発する。
至近距離まで近づいたステラに対しついに限界になったのか、ルークはその顔を押し退ける。
「あー! うるっせぇ!! お前のことなんて世界で一番きらいだわ!!」
ルークの口から飛び出したのはそんな言葉。いつも言っている、お馴染みの言葉。
今なら全て冗談で片付けられる。ここが最後の引き時。
だがステラは、既に覚悟を決めた表情だった。
「うん、それいっぱい聞いた」
「……っ!」
「いっぱい、たくさん聞いたよ。私のことが世界で一番きらいだって。私もたくさん言ったしね」
「……」
「それで、なに? 続きは? それとも……それで終わり?」
ステラがそう言うと、今度はルークが俯いて黙り込んでしまう。
きっとこの場を切り抜けるために、適当なことを言って誤魔化そうとしているんだろうとステラは悟る。
だが、ルークから出てきた次の一言は予想していた言葉とは真逆だった。
「──愛してるよ」
「……!」
ルークの言葉にステラは目を見開く。
それはステラにとって初めての言葉であり、そして生涯この男から聞くことはないと思っていたものだった。
だからだろうか? ステラは今までに聞いたこともない心音を放っていた。
そしてそれを悟らせないために、なんとか必死に取り繕う。
「へ、へぇ? やっぱり私のこと好きなんだ~? しかも"愛してる"なんて……ぷぷっ」
「あァ? そういうステラはどうなんだよ」
「……それは」
ルークはステラに詰め寄り、顔を近づけた。
そして真っ直ぐな瞳で見つめてくるルークを見て、ステラは思わず目を逸らす。
ルークの顔が近くにありすぎて、まともに見ることが出来なかった。先程まで自分がしていたことだったのに、同じことをされているだけなのに、なぜだか余計に緊張する。
それでもステラは伸ばした手をルークの首に回し、更に顔を近づけた。
これ以上近づいたら、自分の心臓がこんなにも脈打ってるのが目の前のコイツにバレてしまうと分かっていながら。
「──愛してるに決まってるじゃない」
そう言って、キスをした。
甘く、とろけるような初恋の味となるように。
そうしてそのまま体が重なれば、お互いの心臓の音が跳ね上がっていることに気づく。
自分だけじゃなかったという安心感と、自分に対してこんなにも緊張してくれたという嬉しさ。それがどこまでも心地よく、どこまでも幸せな時間に思える。
二人が唇を離したのは、数えるのもやめた頃だった。
「お前のことは世界で一番きらいだけど、結婚してやるよ」
「ええ、私もあなたのことは世界で一番きらいよ。でも結婚してあげる」
二人はそう言い合って、もう一度口づけを交わす。
まるで誓い合うかのように、何度も何度も。
世界で一番きらいな相手との最高の誓いを言い合って、このあと二人は婚約を結ぶこととなる。
そして、後に歴史に名を残すことになる天才魔法士バカ夫婦物語の始まりであることをこの時の二人は知らない。