第四話 鎧武者
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大道に引きずられ、嫌々ながらに事務所の中へ入ると、阿礼の他に見知らぬ女性がいた。
「こんにちは。久しぶりね」
女性はそう言いながらこちらへ微笑む。まばらに生えた白髪。人を落ち着かせるような柔和な表情。その笑みはとらえどころが無く。独特の雰囲気を放っていた。
大道は挨拶もせずに奥へと入っていく。何故かは分からないが、その女性と目を合わそうとしない。先程までの人を蔑ろにするような態度は無く、借りてきた猫のように大人しかった。
阿礼は手で二人こまねく。
「やっと来たわね。ちょうど本題に入る所よ」
湊は阿礼に招かれその隣に、客人と向かい合うように応接ソファーに座った。大道は事務机に座り、あさっての方向を向いている。
阿礼は話をきり出した。
「じゃあ揃った所だし、事のいきさつを教えてちょうだい。笹倉日和」
依頼主。笹倉日和はテーブルを見つめ、静かに語り始めた。
「ご存知かはわかりませんが、現在私は倭電子と言う、電子機器メーカーの社長を勤めさせてもらっています」
その言葉に思わず声を上げそうになった。倭電子といえば国内のみならず、海外にも生産工場をもつ大規模メーカーだ。
現に湊の持っているスマホも倭電子製のものであった。
そんな人ががどうしてここへ?。
「5ヶ月ほど前に社内である計画がもち上がりました、挟森市という地方の山間部に、わが社の技術をもちいた実験的な発電設備を建設する計画です」
土地の権利は元々会社がもっており、人も住み着いていないため、なんの弊害もなく順調に計画は進んでいたと言う。
「その土地には16年ほど放置された廃墟がありました。そこは前社長の父が所有していた土地で、以前に私と両親が住んでいた屋敷なのですが…」
そこで日和は言葉をつぐんだ。
阿礼はその何かを堪えるような様子を見て穏やかな声で言葉をかけた。
「そこに何か人成らざる者が現れた、でしょ?」
「…はい」
日和は小さくそう答えた。
「先月の半ば頃です。その屋敷を取り壊すために解体業者を手配しました」
そこで怪奇現象が発生したと言う。業者によると、作業中に発電機や車両が壊されたり、突然屋根が崩落するなど説明のつかない事故が連続して多発した。
「初めは誰かの嫌がらせかと思いました、私が代表になる前、以前の大和電子はかなり強引な経営をしており、人から恨みを買うことも少なくはありませんでしたから」
「しかしそれは事故でも嫌がらせでもなかったのね」
阿礼はうつ向く客人を見つめそう付け加えた。
「そうです…数名の作業員が何者かに襲われました。幸い重傷者は出ませんでしたが、襲われた作業員全員が口をそろえてこう言いました、体長二メートルほどで、甲冑と薙刀を携えた…鎧武者に襲われたと」
そのため現在は工事が中断されており、今に至るまで誰も立ち入っていないと日和は言った。
「あなたが両親とその家に暮らしていた時は、その屋敷で何か変わった出来事はあった?」
「これと言って何も」
日和はそう言ったあと、その言葉を訂正した。
「いえ一つだけ心当たりがあります」
そのとき大道が会話を遮る。
「別に言わなくていいだろ、それは無関係なことだ」
湊は大道の方を見た。目を反らしながらそう言葉をかけた長髪の色男は、どこか気遣わしげな様子だ。
大道の言葉に対し日和は答えた。
「いいえ。もう過去から目を反らすのはやめたの」
「だから確証も無い事を言う必要は無いと言っているだけだ」
「協力するって言ったのは大ちゃんじゃない」
「協力しないと言っている訳じゃない、ただ思いつめるな」
湊はふとそこである疑問が浮かんだ。
(大ちゃんて誰のことだ?)
湊はこの場に誰がいるかを確認した、湊のほかに阿礼、大道それと依頼主である笹倉日和がいるだけだ。
不思議に思い阿礼の方を見ると、大道を見てニヤニヤと小馬鹿にした笑みを浮かべている。
大道はと言えば、どこか居心地が悪そうに目線を反らしている。
「そうだったわね。たしか大ちゃんとよばれていたわね」
阿礼はにやけ顔を隠そうともせず大道に言った。
(そうか大道のことか、名前と人物の差異が大きすぎて分からなかった)
大道は阿礼に対し悪態をついたが、先日のような威勢の良さはなかった。
湊は恐る恐る手を上げた。
「あのー今さらなんですけど二人はどういう関係なんですか」
話の要領をつかめない湊に対し阿礼は補足する。
「そういえば湊は知らなかったなわね。日和とこのボンクラは同じ高校なのよ」
日和がそれを補足する。
「年は私が一つ上よ。昔の大ちゃんは可愛かったわ」
日和の言葉に阿礼が感慨にふけりながらうなずく
「まったくもってそうね。いつからこんなボンクラになったのかしら」
大道は苛立たしげに言葉を挟む。
「余計なことは言うな、関係無い!」
「大ちゃん、そんな言い方無いでしょ、女の子には優しくしなさい」
「その通りだ。こんな手弱女に怒鳴るとは大人げないぞ、大ちゃん」
大道は眉間をつまみながらうつ向くと震えながら呟いた。
「だからその呼び方はやめてくれ」
阿礼はおちょくるだけおちょくると満足し、話を本題へともどした。
「差し支えなければ、その心当たりについて話してはくれない?」
「わかりました」
日和は自身の過去とその事件について説明した。
「16年前。当時十歳の私は、父の笹倉是貞と使用人の削瑠羽鳥と共に、その屋敷で暮らしていました」
「母親は?」
「その4年前に、不慮の事故で亡くなりました」
日和は一瞬眉を曇らせたあと言葉を続けた。
「大和電子は父から受け継いだ会社です。何度か経営危機に陥ったこともありました」
その度に日和の父親は、会社を維持するため多くの社員を解雇したらしい。
「おそらく多くの人達から恨まれていたことでしょう、むしろ恨まれて同然だと思います。部下を切り捨てておきながら、自分達はのうのうと豊かな暮らしてをしているのですから」
そして大きなしっぺ返しを食らった。解雇された大和電子の元社員が笹倉廷に押し入り、両親を殺害したのだ。
「事件当時私は小学校におり、そこで両親の死を知らされました」
警察によると、人が殺されたと笹倉邸の番号から通報が入り、現場に駆けつけると父親の遺体が発見されたという。
捜査により笹倉是貞は、押し入った強盗の一人に殺害されたことが判明した。
そしてその一人が倭電子の元社員であったと言う。
「今の所ただの強盗殺人のように聞こえるわね」
阿礼は平坦な声でそう言った。
その通りだ、これがどう鎧武者と繋がるのだろう。
日和はテーブルに置かれた紅茶を口に含んだ、湯気は消えとうにぬるくなっている。
「亡くなったのは両親だけではありません、事件現場にはその犯人達の遺体もありました」
湊は首をかしげる。日和は強盗が父親を殺害したと言った、ではその犯人は一体誰に殺されたんだ。
「確かに両親を殺したのはあの三人組です、鑑識の報告からもそれは証明されています」
しかし犯人達が殺された原因は未だに不明だという。
「犯人達の死因は?」
「失血死だと聞いています、なんでも刃渡り50センチほどの、反りのある刃物で切られたとのことです」
刃渡り50センチで反りのある刃物、日本刀、あるいは薙刀を連想させる。
そして襲われた作業員は言っていた、鎧武者は薙刀を持っていたと。
阿礼は少し思案すると口を開いた。
「つまりその三人を殺めた者が、今回の事件に関わっている可能性があるわけね」
阿礼は右手で顎を触りながらこう言った。
「事件当時。使用人の削瑠羽鳥はどうしてたの?」
「わかりません」
「行方不明と言うこと?」
「そうです、学校の送迎は毎朝羽鳥が行っているのですが」
事件当時もその使用人が日和を学校まで送って行っていた。しかしそれ以降一切の行方が分からないという。
「遺体は見つかっていないので恐らく生きているとは思います」
日和は物憂げな表情をすると、首に掛けられた石の欠片を持て遊んだ。宝石のようだ。その中心部分は淡い黄緑色をしており、外に広がるにつれ樹海のように深い緑色が広がっていた。
「その石は何ですか?」
湊は気がつけば日和にそう訪ねていた、会話に参加する気など微塵もなかったがつい好奇心に負けてしまった。
日和は湊に微笑みかけるとそれに答えた。
「これは透輝石と言う宝石よ。亡くなった母の形見なの」
「綺麗な宝石ですね」
普段大人対し使う社交辞令的な言葉ではなく、純粋にそう感じた。
「でしょでもこれはその欠片、昔ほど綺麗な姿はしていないわ」
「欠片と言うことは、割たんですか?」
「ええそうよ。昔はペンダント型のアミュレットになっていたの。事件現場にこの欠片が一つだけ残されていたの」
「欠片だとしてもそれが素敵なことには変わりません」
湊は本来の姿を失った宝石を見ながらそう述べた。
「そうねありがとう」
日和がそう言ったあとだった。美的感性を粉末状にし、反社会勢力に売り捌くような男が口を挟んでくる。
「そんなことはどうでもいい。手続きだけしたらさっさと帰れ」
そのぞんざいな態度を阿礼は指摘する。
「大道。少しは彼女を敬ったらどうなの?」
「これでも敬っているつもりだ。お前こそ引っ込んでろ。メスガキが」
その発言に事務所内が一瞬静まり帰った。湊が固唾をのむなか、阿礼が無言のまま給湯室へと入っていく。
数秒ほどして戻ってくると、その手にはフライパンを握っていた。
阿礼は目視不能な素早さで大道へ接近すると、スネへめがけてそれを叩きつける。
大道が悲鳴をあげながら、足を抱えてのたうちまわった。
「このクソガキが。同じ箇所ばかり狙いやがって」
「これでも加減はしているわ、骨が折れない程度には」
湊はその光景見て既視感を覚えた。
(なんだろう……そうだ、トムとジェリーだ)
出会ってまだ2日ほどしか経たないが、これが二人の間でのお約束なのだろうと湊は確信した。
それから成功報酬や諸々の契約を完了し、現場に行く日程の話しへと移った。
「うーーん」
阿礼は目を瞑りながらうなる。
「他の依頼もあるし、人手も足りないから、最短でも6日後の日曜日になるわね」
「そうですか…」
日和は少し不服そうな表情をする。彼女としては直ぐにでも片をつけたいのだろう。
「別の業者に委託も出来るけど、どうする?」
「いえ…大ちゃんに頼みたいので、6日後でもかまいません」
阿礼は立ち上がると、高圧的に大道を指差す。
「それも全てあいつのせい!。もたもたしてるから依頼が山積みになるのよ」
大道は憤然と抗議する。
「俺は下調べやら小細工に時間がかかるんだよ。ごたごた言うならコートの制限を無くせ。一瞬で終わらしてやる」
「それは駄目よ。とにかく後は任せるわよ」
阿礼は子供とは思えぬ尊大な態度でそう命じる。
「言われなくてもそのつもりだ」
大道はそう言うと、苛立ちを紛らわすように禁煙パイポを咥えた。そして日和をちらりと見た。
「笹倉。お前ついてくる気だろ?」
「どうしてわかるの?」
「昔からそうだからな。だがくるな。俺と湊だけで十分だ」
(え?…俺も行くの?)
「いいえ、いくら大ちゃんでもこれは譲れないわ」
「これから始末しようとしてるのは半神だ、虫取り感覚でついていくものじゃない」
(全くだ。故に素人の俺は参加するべきじゃないと思う)
「いいじゃないの連れてってやれば」
阿礼が間に入る。
「あなたはかつての使用人、削瑠羽鳥が半神となり人を襲っている、そう思っているのね?」
「そうです、もし彼がこの事件に関わっているのなら、それは私にも責任があります」
阿礼は大道へ目をうつすと諭すように言った。
「そういうことよ。もしその男が半神なら、日和の説得に応じるかもしれないわよ」
湊もその意見には賛成だった、戦わずに事を納める、それに越したことはない。
「16年も経っているんだぞ。とうに荒御霊となり、理性など無くなっている」
「その時はあなたが始末しなさい。日和もそれは覚悟してるでしょ?」
「はい」
大道は小さく唸りながら頭部を掻いた、こんな仕草ですらわりとイケメンなのがなんか腹立つ。
「わかったよ、ただこれは持っとけ」
そう言うとコートの内側へと手を突っ込み、何かを探すように中をまさぐり始めた。
「確かあったはずだ…」
そして懐から何かを取り出した、それはテレビのリモコンを少し大きくした様な形をしており、先端部分に二本の太い針の様なものがついていた。
大道はそれを日和へ差し出すとぶっきらぼうな態度で言った。
「気休め程度だが一応持っておけ」
日和はそのリモコンの様な物を不思議そうに見つめる。
「大ちゃん何これ?」
「スタンガンだよ、丸腰で行く奴がどこにいる」
スタンガンを常時持ち歩いているという事実に、湊は恐怖を覚える。
「ありがとう大ちゃん」
日和も日和で当たり前のようにそれをうけとる。
「単独行動は無しだ必ず俺か湊の側にいろ」
「うんわかったわ」
「絶対に無茶なことはするなよ」
「うん」
態度はどうあれ大道なりに彼女を気にかけていることは湊にもわかった。
湊が消し粒程度の好感を抱きはじめた矢先。大道が脅迫めいた声色で言い放つ。
「わかっていると思うが、今度ドタキャンしたら家まで乗り込むぞ。くれぐれも忘れるな」
好感は一瞬の内に消し去った。
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