第三話 葦原学園
毎週日曜9時投稿
湊は不明瞭な空間の中を漂う。
明晰夢と言うのだろうか。今自分が体感しているものが現実ではないことだけは理解できた。
「どうしましょうか。こいつの………に触れてみましたが、なかなか面倒な………を持っていますよ。いっそここで始末しますか?」
霞んだ映像の中で2つの声が聞こえる。その内容は断片的で、意味を理解することは出来ない。
「よせ。利用価値は十分にある。……を掛けよう」
「了解いたしました」
「先ずは……の上書きだ。………としての記憶を消し、自分が本物の………だと思い込ませろ。そして私の利に反する行動を行えないよう行動に制限をかけろ」
「しかしよろしいのですか?。こやつ…ですが?」
「何故だ?。こいつは………の生き写し。……………によって造られた精巧なコピーだ。…であるはずが無いだろう」
「恐らく……自身に………のイメージがなかったのだと思います。故に身体は…になったのかと」
「…面倒だな」
「では……を…るように暗示をかけろ。加えてそれを………下で行うようにだ」
「承知」
会話の内容は未だわからない。ただ、2つの声が良からぬことをしている。それだけは何故か理解していた。湊は絶え絶えに声を上げる。
「お前は…何者だ……!」
声の1つがそれに答える。それは何の感情も伺えない、無機質ならものだった。
「私は…………。かつて………を……していた………だ」
遠退く政和の声を聞きながら、湊は声無き叫びを上げた。
――――――――――――――――――――――――――――――
「やめろ!」
湊は空を掴みながら、かすれた声をあげて目を覚ます。
内容は覚えていないが。どうやら悪い夢にうなされてはいたようだ。
夢の内容を思い出すために、再びレム睡眠に突入しようと試みる。しかし窓から差し込む朝日のせいで、脳も肉体も完全に覚醒していた。
湊は起き上がると、半開きのカーテンを勢いよく開く。
うなされてはいたが、目覚めはそれほど悪くない。十分な睡眠のおかげだ。
多方向に生え散らかる癖毛をかきあげ、クローゼットから紺色の学生服を取り出す。三輪がしっかりと手入れをしているため、初めて新調した物のように仕上がっていた。
朝食を取るために自室を後にする。空き部屋の連なる廊下と階段を渡り、一階にある食卓へと向かう。
食卓へと着くと、三輪が屈託のない笑みで湊に声をかけてきた。
「おはよう湊。もうすぐ出来上がるからまっててね」
年齢不詳の住み込み家政婦、兼保護者である彼女は。フライパンを片手にそう言った。
湊もおはようと挨拶を交わし、定位置である窓側の席へ座った。
「今日はずいぶん顔色が悪いね。何か変なものでも食べた?」
テレビに目をやりながらそう述べる、灰色の髪をした少女は、石長家の一人娘である石長桜だ。桜は湊のはす向かいに座り、真剣な眼差しで朝のニュース番組を観賞している。
「おかしい…今日の東堂アナはやけに肌に艶がある。これは間違いなく噂の殿方と一夜を共にした」
桜のアナウンサーに対する観察とヤジにあきれながら、三輪がそれを注意する。
「桜ちゃん、女の子がそう言うことを言うんじゃありません」
「ねえ三輪、それは私が女子だから言ってはいけないの?。もしそうだとするなら訂正して。性別によって下ネタの是非が決まるなど不平等だと思う」
三輪は朝食を食卓に並べながらため息をつく。
「またこの子はそう言う屁理屈を、少しは湊くんを見習いなさい」
「いつもそう。三輪は琴雪ばかりひいきする」
桜は白米を咀嚼しながらふて腐れる。先程から付け合わせのブロッコリーをティッシュの中に隠しているが、黙っておいてやろう。
「そう言えば昨夜は帰りが遅かったね。何かあったの?」
湊はその問いに対し答えを決めあぐねた。
殺人鬼に殺されかけ、ナタを持った変態に助けられ、巫女少女と紅茶をすすっていた。そんなこと誰が信じるだろう。
結果無難に答えることにした。
「駅でスマホを落としたんだよ、駅員に聞いたら見つかったけどな」
桜は疑り深げに言葉を返す。
「そう…それなら別にいいけど」
一応は納得したようだ、桜はこう見えて勘が鋭いから油断ならない。
湊は話題を変えるため別の話しをふった。
「そんな事より廊下の古本を何とかしてくれないか」
桜は学業の傍らで執筆活動をしている。その際の資料として屋敷には大量の古本が保管されており、この家の生活圏を着実に侵食しつつあった。
「毎度足の小指をぶつける人間の身にもなってくれ」
まだ一ヶ所に放置されている分にはかまわないのだが、桜の変則的収納術により、それらは高確率で湊の動線上に配置されている。
桜は悪びれもせずに言葉を返す。
「ちゃんと足元を見ないからそうなるのよ」
(足元だけでは無い、この前は上から降ってきた)
この変人には何を言っても無駄だと悟り、湊はあさっての方向を仰いだ。
二人は朝食を終えると洗面所へと向かう。
湊は乱雑に散らかる寝癖と格闘していた。大量の整髪料を髪に振りかけ、ヘアアイロンで整えていく。
「いっそ坊主にしたほうが楽じゃない?」
桜が灰色の髪をたなびかせる。こいつの髪は常にサラサラでくせ毛どころか寝癖すらつかない。本当に羨ましい。
「切っても直ぐに生えてくるんだよ。お前も知ってるだろ」
「女性ホルモンが多いと伸びが早いやしいよ。琴雪の顔は中性的だし。一度医者にでも見てもらったら?」
「別にそこまで悩んでねーよ。と言うか俺のことはどうでもいい。そろそろ髪を黒く染める覚悟はできたか?」
湊はそう指摘する。桜は余り人の目線や評価を気にせず、周りからヘイトを買い易いタイプの人間だ。本人はそれで平気なようだが。生活の大半を共にする湊にとって、桜が周囲から奇人のように扱われるのは、どうにもいたたまれない気持ちになる。せめて悪目立ちしないよう、髪の色は黒くした方がいいと前々から考えていた。
桜は首を傾げながら言葉を返す。
「何を言ってるの?。琴雪だって似合ってるって言ってたよね?」
「俺の感想じゃなくて、多少は人の目を気にしろといってるんだ」
「怠い。めんどくさい。そういうのいいから。私は私の心地の良いことしかやりたくない。他人にどう思われようとどうでもいい」
桜はの意志が揺るぐ様子は一切無い。湊はそれ以上の忠告を諦めた。
身仕度を終えると、二人は石長家を後にする。
いつもの如く、湊は周囲を警戒しながら隣を歩く。
桜は新しい執筆のネタを思い付くと、どこであろうが構わず思案にふけることがある。そのため登校中は目を離すことができなかった。交差点に飛び出し、車に引かれそうになることなど度々だ。
「琴雪。もういいよ」
桜は湊の顔を見上げそう言った。湊はあえて察しの悪いふりをする。
「何の話だ?」
「とぼけないで。分かってるでしょ?。もう父さんは居ないんだから、言い付けを守る必要も無い」
父さんとは桜の父親、岩長正和のことだ。湊が岩長家の養子となったさい、政和は湊に対し桜を守ることを命じた。
学校の送り迎えはその一つで、政和が亡くなった後も湊はその言い付けを律儀に守り続けている。
「家でも外でもほとんど私のことばっかりでしょ?。私はもう大丈夫だから、琴雪も彼女の一人でも作って遊んだりしたら」
湊は大きくため息をつき、桜の鼻を摘まむ。
「そう言うけどなお前。今月電柱に何回ぶつかった?」
桜は過去を想起しながら、両手を出して指折り数え始める。
「大丈夫…一桁で収まってる」
「そういうの問題じゃねぇ」
「琴雪は過保護だね。何が貴方をそうさせるの?」
「正和さんとの約束だからな」
「そのくせ学校では距離を置こうとするし。何?。新手のツンデレ?」
「それはだな…」
桜の問いに湊は口ごもる。
「いろいろあるんだよ」
湊は指先で頬を掻きつつ言葉を返した。
「お前、物好きな連中のあいだでは結構人気なんだよ。そいつらに一緒に歩いている所を見られてみろ。俺の学校での立場がない」
一つ付け加えておくと桜は容姿だけで言えば美人な方だ。水墨画のような灰色の髪に、神秘的な淡い目をしており。変人であることを加味しても、美少女のカテゴリーにはギリギリ入っている。
その容姿につられ言い寄って来る男も少なくない。
しかしその男達も一度言葉を交わし始めると、その奇人ぶりに落胆し、数分後にはうなだれるようにその場を去っていった。
(カワイイとは思う…うん…黙っていれば)
「そんなこと気にしているの?、じゃあその物好きな人達を紹介して。私が事情を説明すればわかってもらえるかも」
湊は少しの間思案すると自身の後方を指差しこう言った。
「そうだな。敢えて教えるとすればあの男だ」
湊は後ろを指差す。
そこには二人と同じ制服を着用した青年がいた、薄く緑がかった髪をし、上着を着崩した勤勉さの欠片もないような男が、しきりに手を振りながら駆け寄ってくる。
「おはようさくらちゃーん偶然だねこんなところで会うなんて。湊もおはよう」
(偶然もくそも無い。同じ高校だ)
このあからさまに馴れ馴れしい態度の男は。葦原学園の同級生である峰崎三門だ。三門とは中等部からの友人なのだが、湊から話しかけることはほとんど無く、いつも絡むような形で声をかけて来るのが常だった。
もう一つ付け加えておくと、昨日散々人を振り回し、蜃気楼のように忽然と何処かへ消えた男だ。
「桜ちゃん聞いてくれよ。占いによると今日俺の恋愛運は最高潮なんだ。理想の女性が目の前に表れること間違いなしってテレビで言ってたんだ」
桜は軽くあしらうように言葉を返した。
「そうなの?。ちなみに貴方の理想の女性ってどんな人?」
「それはもちろん背が小さくて、灰色の髪で、きれいな目をした女性さ」
桜は考える素振りをしながら言葉を返した。
「それに当てはまる人物が一人だけいるわね。きっとその人も、貴方のことを好いているわ」
三門は期待と喜びに満ちたように反応した。
「さくらちゃんそれってもしかして俺のことが…」
「向かいの家に住む相良ばあちゃんね。おめでとう、貴方にもやっと生涯の伴侶が見つかったのね」
そして三門を残し歩き去った。
「お前は懲りないやつだな」
そう言いながら、湊は三門のとなりへと立った。
「なに彼女が俺の虜になるのも時間な問題さ」
三門は落ち込む素振りもなくそう言った。
「今まで俺が落とせなかった女がいるか?百発百中の狙撃手とはこの俺のことだフッハッハッハッハッー」
そりゃあ何千発も打てば一発位は当たるだろう。
三門は毎朝桜に対して行う一連の茶番劇に満足すると、思い出したかのように話題を変えた。
「それよか聞いてくれよ。昨日廃品街で怪物が出たんだ」
湊は一瞬ギクリとした。
「怪物ってどんなやつだ?」
三門は好奇の目を浮かべながら語り始めた。
「何でも両腕の無い青色の服を着たバケモノが、建物の屋根を駆け回っていたなんて言うんだ」
湊はその噂話を打ち消すように反論した。
「お前のホラ吹きにはうんざりだ、話の種にするならもっとましな嘘をつけ」
「違うんだよ今回はマジなんだって。ちゃんとソースもあるんだよ」
三門の情報網は意外と広い。交遊関係(主に女性)は多岐に渡り、街のゴシックや裏情報を仕入れては話のネタにしている。
「で?一体誰がそんなこと言い出したんだ」
「高齢者パブの真理音ちゃんから聞いた」
(この男…見境いなしか…)
湊は軽い恐怖を覚えた。
三門の他愛もない会話、もとい戯れ言を聞き流しながら校門を通り、湊は教室へとたどり着いた。
「おい聞いたか一限目の授業林田が担当するらしいぜ」
読み欠けの小説に手をつけようとした湊に三門はそう声をかけてくる。
なぜこいつは四六時中俺につきまとうんだろうか。朝礼前の時間ぐらい放っておいてくれないか。
湊は心の中で悪態を突きつつ言葉を返した。
「お前の場合真面目に授業を受けてるほうが少ないだろ、聞いたぞ中等部の最終試験でも赤点だったらしいな」
「そうなんだよだからそろそろ本腰入れて勉強しないといけないんだけどさ、俺あの人の授業苦手なんだよな」
湊もそれには同意した、林田の授業は要点をついており分かりやすいのだか。声が非常に小さいため、教室内は加筆音とおっさんの呟き声だけが響く、かなりシュールな授業風景となるのであった。
「ヤバイよ流石に二連続で赤点はまずい、湊だってそうだろ?」
三門は頭を抱えながら己の怠慢を嘆いた。
「同じ推薦枠だがお前と一緒にするな。少なくとも俺は一つも赤点は取っていないぞ」
葦原学園は入試試験の他に不定期で外部から生徒を招く推薦枠が設けられている。本来湊は自分の学力に見合った他校への入学を希望していたが、桜が葦原学園の中等部へ入学することが決まると、父親の政和が桜のボディーガードの役割をかねて、湊を推薦枠として強引にねじこんだのであった。
恐らく裏で多額の資金援助を行ったと湊は睨んでいる。
「どうしよう留年は無いにしてもこれ以上成績が下がると周りからの目線が痛いんだよな」
「お前の場合は成績云々よりも自分の行いを改めろ。それだけでも印象は大分変わるぞ」
「なに言ってんだよこの三門様ほど品行方正な人間がどこにいる」
三門はため息混じりに呟いた。
「俺もお前みたいに上手いこと立ち回れる人間だったらな」
湊は冷たくあしらうように言葉を返した。
「それならまず坊主頭にして女遊びをやめることだな」
「何を言っているんだこの髪は地毛だ。それに女遊びじゃない。あくまで将来のための社会的交流だ」
この男に自分を省みると言う考えは無いのだろうか。
そうこうしている内にチャイムが鳴った。結局湊は1ページも小説をめくる事なく、読書タイムを終えた。
午前の授業を終え、湊は昼食をとるため席を立った。別に教室で食べても良かったのだが、そうなるとあのナンパ師に捕まり、耳を傾けることさえ惜しまれる戯言を聞かされるはめになる。
食堂で食べようかとも考えたがそれは却下した。
葦原学園の学食は非常に評判が良く。高級レストラン顔負けのクオリティを誇っていた。
そんな中で白飯と野菜炒めが詰め込まれた弁当箱を携え。羞恥心無くそれを平らげるメンタリティは湊には備わっていない。
(やはり中等部の校舎裏がいいだろうか、あそこなら人通りも少ない)
そして校舎裏へと着いた、そこには数人ほど中等部の生徒がいたが、わざわざ印象の薄い上級生に声をかけてくる物好きなどいない。
「湊琴雪?」
そんなことを考えていた折り、湊を呼び止める声が聞こえる。
湊は視線を上げ、眼前に立つ人物を見据えた。
そこには小柄な少女がいた。
紅葉色の髪を肩まで伸ばし。黄色い花の髪留めで束ねている。表情は冷たいが、それはどちらかと言うと人見知り的な恥じらいが起因であることが一目で分かった。
(……カワイイ)
第一印象はそれだった。三門がここにいたのなら、秒で口説きにかかっていただろう。
湊はその少女に声をかけた。
「えーと…とうしたの?」
制服からして中等部の生徒であることは分かるが。自分へ声をかけてくる理由がまったく見当たらない。
少女は小さな声で、気恥ずかしげに声を発した。
「私の名前は水無月ルカ……よろしく…」
その少女…ルカはそう言った後、湊の元から走り去った。
湊は首をかしげながら思う。
(……どういうこと?)
下校時間となり、教室内にいた生徒達は各々動き始める。
部活に励む者。塾に通う者。帰りにどこかへ寄ろうかと、教室内で友人達と駄弁る者。
これから青春を謳歌しようとする若者達をよそに、湊はそそくさと帰り支度を整える。
教室を出ると、ちょうど桜と鉢合わせになった。元から一緒に帰る予定であったのだが。
湊の顔を見るなり、桜は盛大にため息をつく。
「琴雪も律儀な人間だね。毎日私の尻ばかり追いかけて」
「政和さんとの約束だからな」
そんなやり取りをしている最中であった。外から女子生徒達の叫び声が聞こえた。いや、アイドルに向けた声援と言った方が正しいかも知れない。
校舎を出ると校門前で女子生徒達が人だかりを作り、黄色い喚声を上げている。
そしてその中心には一人の男が立っていた。遠目でもわかかるほどすらりとして背が高く、季節にあわない黒のコートをはおったその男は、女子生徒達と楽しげに談笑している。
湊は悪い予感を感じた。明らかに見覚えのある人物がそこにいる。
長髪と端正な顔立ちの美丈夫。大道旭がそこにいた。
おかしいと思ったんだ。なぜ昨日連絡先や住所を聞いて来なかったのか。
「大丈夫か?琴雪」
桜が声をかけてきたが、湊には全く聞こえていなかった。
(なんで居るんだよ、そして何故ここを知っている)
絶望する湊の数メートル先では、女子生徒達が嵐のように大道へ向け質問を浴びせていた。
「名前を教えてください」
「一緒に写真撮ってください」
「お仕事はモデルさんですか?」
「LINE交換しましょう」
「こらこら君達、一人ずつ順番に話してくれないか」
そう言いながら大道は、女子生徒へ向け天使の微笑みを返す。
気のせいか背後にバラの花畑がうっすらと見えた。
女子生徒は再び黄色い歓声を上げる。
こいつこんなキャラだったか?。虎が猫を被ってやがる。
まぁそんなことはどうでもいい。幸いまだ俺に気づいていないようだ、今のうちに裏門から出るとするか。
「悪い。俺忘れ物したから先に帰ってくれ」
もはや二人に事情説明している暇など無い。早くこの場から立ち去らなければ。
湊が踵を返し立ち去ろうとした時であった。大道は女子生徒達にこう訪ねる。
「ところで君達。この学園に湊琴雪という男子はいないかい。もし知っているのなら連れてきてくれないか」
「湊琴雪?そんな人いたっけ?」
「初めて聞く名前ね」
「中等部の子かしら」
無駄だ大道。俺の影の薄さを舐めるなよ。
湊は普段から目立たぬよう、黒子の様に生きてきた。同級生とは付かず離れずの距離を保ち、背景と一体化したモブキャラのように。
俺の名前を認知する人間など、一部の変人を除きいるはずがない。
しかし不幸なことに、その一部の変人が全てを台無しにした。
気がつくと女子生徒達の中に三門がまじり得意気に何かを話している。
「湊のことなら知ってるよなんたって俺の親友だからな」
三門は湊の指差し手をふった。
「おーい。みーなーとー。お前を探している人がいるぞー」
(人を本気でぶん殴りたいと思ったのは初めてだ)
「なんだ、あの背の高い男は知り合いか?」
桜は以外そうにそう言った。
「いや知り合いと言うかただの顔見知りというか……」
そう言い終わる前に、湊は女子生徒の群れに連れて行かれた。
湊は女子生徒の拘束を振りほどくと、大道へ近づき小声で悪態をついた。
「何であんたがここにいるんだよ」
「わざわざ忘れ物を届けに来てやったんだ。礼のひとつくらい言ったらどうだ」
そう言いながら内ポケットから学生証を取り出した。無くしたと思っていたら、この男がくすねていたのか。
大道は学生証を湊へ渡すと、耳元で呟いた。
「大人しくついて来い。従わないとどうなるか分かってるな」
大道は満面の笑みを浮かべる。
「この外道が」
「なんとでも言え」
湊は助けを求めるように、桜と三門に向け視線を送る。
「よく分かんないけど行ってらっしゃーい」
と三門が手を振る。
「誰だか知らないけど、琴雪もそれなりに社交的になったんだね」
桜が子供の成長を喜ぶかのように頷く。
(違うそうじゃない)
事情を説明する間もなく、湊は大道によって連れ去られた。
毎週日曜9時投稿