第十八話 小さな箱庭
「ねぇ湊…これで良いのかな?」
駅のホームで電車を待ちながら、ルカは物憂げにそう問いかけてくる。
「…何がだ?」
「…浅川紫音がまた人を襲うかも知れない」
「だから甲任会にそれを報告して、犯行を食い止めるんだろ?」
「でもその犯行が今日だったら…私達が何もしなかったせいで、また誰かが死んでしまう」
なるほど。先ほど気に病むような素振りを見せてたのは、それが理由か。
「でも俺達だけじゃ危険すぎる。まずは阿礼さんに報告するのが先決だ」
それに俺の言ノ葉は戦いには向いていない。そうなると必然的にルカだけが戦う羽目になる。
「安心して。戦うのは私だけで充分だから…湊を危険にさらすことは無い」
「それが問題なんだ。もしルカが負けた時、俺は助け出せる自信はないぞ」
俺に出来ることと言えば、せいぜい足手まといにならないよう、身を隠すことぐらいだ。
「大丈夫…私は強い。だから絶対に負けない」
その言葉には、自惚れは見られなかった。今までそうしてきた来たからこそ言える、確信を含んだ自信が伺えた。
「だとしても、ルカだけが戦う必要は無いだろ」
「私がやらなきゃだめなの。私には、誰かを救える力があるから」
ルカは迷い無くそう言った。
「強い人が何もしなかったせいで、誰かが死んでしまえば。それは見殺しにしたのと同じ。だから私は、その責任を果たさないと」
「…ルカ」
湊達の後ろを快速電車が通り過ぎる。冬の残り香が残る空気と共に、冷たい風が首筋に触れる。
「何でルカは、そこまでして人を助けたいんだ?」
ルカは顔を伏せながら、そっと髪飾りにふれる。
「昔お母さんと約束したの。私は特別な人間だから。強い人間だから…弱い人を守りなさいって」
その表情は過去を懐かしむというよりも、後悔を含んでいるように見えた。
「だから私が戦わなくちゃ。もうこれ以上、弱い人が死なないように」
母親の言葉がルカを突き動かしているのか。その様子から察するに、ルカの母親はもう……。
「ルカの母親は今どうしてるんだ」
「亡くなった…3年前に」
湊はルカを横目で見やると、静かに言葉を返す。
「悪かったな、嫌なことを聞いて」
「そんなこと無いよ。寧ろ湊にも知って欲しい」
ルカは湊の目を見据えると、こう切り出してきた。
「湊…謂レ改竄を使ってよ。私の物語を見せてあげる」
突然の申し出に、湊は目を丸くする。
「急にどうした?」
「理由は後で説明するから」
さて…これはルカなりの心の開きかただと、解釈して良いのだろうか。
「まあ…ルカがそう言うなら、そうするよ」
その意図はわからないが、どのみち水無月家についても知りたかったから丁度いい。
そしてルカを見据え、言ノ葉を唱えた。
《その物語を否定する》
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇお母さん。外には何があるの?」
私は大きな柵を見上げながら、無垢な想像力を働かせる。その向こう側には粉雪を纏った梅の花が散り、数えきれないほどの花片が視界を満たしていた。
「何も無いわ。この世界が全てよ」
魔法の手が私の頭を撫でる。どんな枯れた植物でも、お母さんが触るとたちまち元気になる。だから魔法の手と呼んでいる。初雪の夜に咲くこの梅の花も、お母さんの魔法の手が咲かせたものだ。
「じゃあお母さんと私以外に人はいないの?。いつも聞かせてくれるお話しみたいに」
お話しの中では沢山の人が出てくる。それが作り出話なのは分かっているけど、外側にそんな世界があるのかなと、ふと思った。
お母さんは微笑む。
「そうよ、ここは二人だけの世界。ルカのために作られた、幸福な世界」
その言葉が事実か嘘かなんてどうでもよかった。お母さんがそう言ったなら、その言葉は真実だから。
私にとっての世界は、子供が駆け回れる程度の箱庭に集約されていた。
周りは大きな鉄柵で囲まれていて。その隙間から見える木と花畑が、世界の果てだと信じていた。
外の世界を想起させるものは排除されている。あるのは空想的な絵本ばかりだ。
それに違和感を感じたことなんて無い。疑問を抱かないほどに、私はとても満たされてたから。
太陽のような人だった。いつも笑っていて、どんな小さな事にも喜びを見いだした。
退屈なんてしなかった。お母さんがいつもいたから。お母さんだけが…私の世界の全てだったから。
この日常がずっと続くと思っていた。喜びと愛情が詰め込まれたこの箱庭で、私は永遠に生きるのだと。
でも…そうじゃなかった。
歳が11になった頃。お母さん以外の人間を、私は初めて目にした。
その日は寝る前にジュースを飲んでしまったせいで、夜中にトイレに行きたくなって目が覚めた。
いつもはついてきてもらっているけど、自分一人で出来ることを自慢したくて、頑張って一人で行った。
眠気まなこで用を済ますと、外から声が聞こえてきた。
声の聞こえる方へ行くと、お母さんが誰かと言葉を交わしているのが見えた。人の形をした、得体の知れない『何か』と話していた。
お母さんはその『何か』に対して声を荒げている。
「あの子はまだ子供よ。水無月家の当主になるには早すぎるわ」
その声はいつものお母さんじゃなかった。酷く震えていて、怯えていた。
『何か』は淡々と言葉を返す。
「ではいつまでもこの箱庭の中で、偽りの家族ごっこをするつもりか?」
「そうじゃないわ。ただあの子にも選ぶ権利がある筈よ」
『何か』は鼻で笑う。
「権利だって?よもやそんなものは無い。今にも分家の連中が当主の座を狙って仕掛けてくるぞ」
その会話は殆ど理解出来なかったけど、私について話していることはわかった。
「絶対にルカである必要は無いでしょ?アリサやカノンだっているじゃない」
『何か』は嘲るようにそれを切り捨てる。
「カノンはただの人間だ。当主の座を引き継ぐ資格は無い。それにアリサじゃ不安定だ。あんな色欲狂いに任せてはおけん」
「もう少し待って。せめて…あの子が大人になるまでは」
「もう十分待った。現当主が…楓様が危篤の今、この状況を放っておけば内部抗争に発展する。そうなればルカ一人だけの話しじゃ無くなるぞ」
「わかってる…わかってるけど」
「二週間後だ。せいぜいその間、家族ごっこを楽しむんだな」
そう言ったあと、『何か』は影のようにどこかへ消えた。
お母さんは地面に膝をついて泣いた。お母さんが泣くのを、私は初めて見た。
(泣かないでお母さん…私はずっと、ここにいるから)
お母さんの元にかけより、そう言葉をかけようとしたけど、何故か体が動かなかった。
その時はただ怖かった。自分の知らない世界と直面して、それを受け入れることが怖かった。今お母さんの所にいけば、幸福だけに満たされたこの世界が壊れていくような気がした。
そのまま私は布団に駆け込み、これは悪い夢だと言い聞かせながら目を瞑った。
私は知らないふりをした。普段通りに振る舞い、昨日の出来事なんて無かったように。
なによりも、お母さんがそれを望んでいるように感じた。「何か」の与えた二週間の間だけは、せめて普通に過ごしたいと。それがお母さんの願いなのだと自分に言い聞かせた。
でもそれは言い訳だ。私に勇気が無かっただけだ。本当のことを知ってしまえば、お母さんがお母さんじゃ無くなるきがして、目を背けて逃げていた。
私はただの夢だと自分に言い聞かせ続けた。あれは悪い夢で、ここ以外に世界は存在しないと。あのとき事実を受け入れていれば、もしかしたら違う結果になったかも知れないのに。
それから数日後のことだった。
梅雨が明け、燦々と太陽が注す白昼に、崩壊を告げる鈴は鳴らされた。
その日お母さんは、縁側で絵本を読み聞かせてくれた。
そのお話は、遠い昔に「水無月」という人達の「初代当主」が残したものだとお母さんは言った。私にはよくわからないけど、すごい人だと説明してくれた。私達が今いるのは、その
当主のおかげだと。
それはいつも聞かされるお話と違って、魔法もドラゴンも出てこなくて、とても悲しい気持ちになった。
「むかし、むかし…」
お母さんはありきたりな前口上を述べると。そのお話を語りはじめる。
ある山に炎を纏ったキツネがいました。
そのキツネはたたらと呼ばれ、強く賢く、とても優しかった。
だから沢山の動物が、たたらを頼って相談に来ました。
たたらは嫌がることもなく、その全て聞き入れた。
お腹を空かせた小鹿には、山菜を取って分け与え。
ケガを負ったイタチがいれば、傷が癒えるまで看病した。
仲違いをする二匹の猿には、仲裁に入りそれを静めて。
意地悪なイノシシがいれば、力を示してこらしめた。
たたらは沢山の動物に慕われ、やがてその山を統べる王様に成りました。
そして召し使いに囲まれ、何一つ不自由なく暮らしました。
献上された木の実や魚を食べて。眠くなれば羊を呼び、その背中を布団にしました。
退屈すれば孔雀を呼び、鮮やかな舞いを踊らせ。沢山の動物を使い、大きな城を建てさせました。
動物達も、嫌がることなくそれにしたがいました。
たたらはとても優しくて、皆の恩人だったから。
しかしたたらは変わってしまった。豊かな暮らしを経験して、それに執着するようになりました。
たたらは次第に傲慢になり、従わない動物を噛み殺した。
逆う動物はいなかった。たたらはとても強く。皆の恩人だったから。
たたらの欲望はさらに増し、小さな山一つでは満足できなくなりました。
そして仲間を従え、周りの山々を侵略した。
抵抗する動物は全員殺され、皆がたたらに服従しました。
逆らう動物はいなかった。たたらはとても賢くて、皆の恩人だったから。
たたらは全てを支配して、栄光を極めた。
しかしたたらに恨みをもつ動物が現れはじめた。仲間を殺された動物達が集まり、タタラに歯向かい始めた。
次第にその数は増えていき、最後にはたたらの味方は誰もいなくなっていました。
そしてたたらは殺された。仲間に裏切られて。
息絶える寸前、たたらは自分の行いを後悔しました。噛み殺したネズミ。両目を潰された熊。翼をちぎられた鷹。自らが下した可逆の数々を振り返り、心のそこから後悔しました。
でも全てが遅かった。タタラは動物達に奈落へと突き落とされ、暗い暗い深淵へと消えて行きました。
それからタタラがどうなったのかは誰にもわからない。岩に打ち付けられて生き絶えたのか、あるいは今も後悔をいだいて、深淵のなかで生き続けているのかは。
「このお話しは戒めよ、これから水無月家の当主になる人間に対する。この物語は…これからルカの身に起こることなのよ」
「どういうこと?私はキツネさんじゃないし。意地悪なんてしないよ」
「それは分かっているわ」
お母さんは私の頭を撫でる。
「ただ…ルカはタタラと同じ境遇にいるのよ」
「私もたたらみたいに死んじゃうの?それはやだよ」
そんなのは嫌だ。タタラになんかなりたくない。
ルカは深淵に一人佇むタタラを思い浮かべる。そこには喜びも悲しみも無く、ただ一人ぼっちのまま孤独と向き合う哀れな狐が一匹いた。その姿が自らと重なり合い、ルカの心を締め付ける。
「そんなのやだ!」
声をあげる私をお母さんがたしなめる。
「大丈夫よそんなことにはならないから。一つだけお母さんと約束して。そうすれば、ルカはタタラみたいにはならないから」
「約束するよ、何でもする」
お母さんは私の手を握る。
「どんな立場になっても、絶対に思いやりを捨てないで」
その目には、涙が滲んでいた。
「ルカは特別なの。誰よりも強くて、誰よりも特別な存在なの。だから弱い人達を守る、優しい人になってちょうだい」
私は頷いた。その意図は理解できなかったけど、お母さんを安心させたかったから。別れの時が近づいてるのを、直感的に感じてたから。
心の中に、沢山の思いがこみ上げてきた。伝えきれないくらいの、沢山の感情が。
ただ抱きしめることしかできなかった。お母さんの胸にうずくまり、精一杯甘えることしか。
「なんだよ、まだガキじゃねぇか」
そのまどろみを壊すように、悪意のこもった声がした。
「こんなのが次期当主だとは、水無月家も落ちぶれたもんだ」
そう言い放つ僧服の男は、鉄柵の上に腰をかけ、私達を見下ろしていた。
その男を目にした瞬間。お母さんの身体が震えだす。
「…ルカ。下がってなさい!」
お母さんは私を守るように、男の前に立ちふさがる。
「まさかあなたが来るとはね…|羅禅《らぜん》」
羅禅と呼ばれたその男は鉄柵から飛び降りると、無精髭ボリボリと掻きながらぼやく。
「悪かったな…俺じゃご不満か?」
「来るとしたら八雲だと思ってたわ」
羅禅は「ガハハ」と、高々と笑う。
「あいつは今回の件には関わっていない筈だ。知らんけど…」
今まで悪意とは無縁だった、そんな私でも理解した。目の前にいる男が敵であると。
触れることさえなかった負の感情が、羅禅を目にした瞬間。たちまち溢れでた。
「お母さん。怖いよ」
私は力いっぱいその手を掴んだ。それに答えるように、お母さんも手を握り返す。
「大丈夫よルカ…大丈夫。私が…絶対に守るから」
お母さんは呟いた。
〈寿ぎの名は 異花緑手〉
周囲に霧が立ち込める。
そして不思議な声色で、呪文のように言葉を発した。
《悪しき穢れを 咲き屠る》
その瞬間、何処からともなく蔓が伸びてきた。
それらは羅禅の手足に絡みつき、瞬く間に全身を拘束する。
「あなたはここで殺す!」
お母さんは手のひらを地面に押し当てると、敵意を剥き出しにして叫けんだ。
〈混濁造花 乱舞咲き〉
羅禅の周囲を包むように、地面から大量の植物が生えてくる。
その草と樹木は様々な花を咲かせ、羅禅に向かって舞い散った。
それらは羅禅の身体に触れると、花片の形を変化させた。
白い桜は刃となり、赤いバラは炎を帯びた。ヒマワリは光を放ち。椿は風となり、斬激を放つ。
百種百花の花片が散り咲き。羅禅の身体を覆い尽くす。
「消えろ羅禅!」
その直後、埋め尽くされた花片の山から、嘲笑うような言葉が響く。
〈禍言の名は…|〆尽錫杖《しめづきしゃくじょう》〉
《枯れ渇れ斯れど 涸れ故ど》
その言葉に呼応するように、羅禅を覆う花片が塵となる。
その風化はさらに広がり、周囲のもの全てを無に消し去た。
羅禅は血走った目で言葉を発する。
「終幕だ…絶命だ…完結、終了、閉幕、永眠……完全なる終焉を…お前に与えてやる!」
羅禅の右手には黒い錫杖が握られていた。
それは生物のように脈を打ち、先端からは目が浮き出ている。目は瞬きをする度にシャンシャンと鈴のような音を鳴らし、定まらない目で辺りを見回す。
「ルカ、一人で逃げなさい!物置の床に隠し扉があるわ」
その錫杖を目にしたお母さんは、私に向かってそう叫ぶ。
私はすがるように抱きついた。
「やだ。一緒にお母さんも逃げよう」
「ワガママを言わないで!ルカがここにいると足手まといなの!」
その間にも羅禅は着々と近づいてきた。一歩毎に錫杖を鳴らし。その道筋を塵へと変えて。
お母さんは私を抱き締めながら訴える。
「ルカは隠れるのが得意でしょ?私も直ぐに追いつくから。今は一人で――――――――
――――――――――――
錫杖の音が鳴り響き、お母さんの言葉をかき消す。
視界は何かに遮られ、真っ暗になった。
気づいた時には、目の前にお母さんはいなかった。代りにそこにあったのは、私を強く抱き締める、頭部と右半身の無い屍だけしか。
「あれ…お母さんは?」
何もわからなかった。何も理解出来なかった。
「何処に行ったの?ねぇ…お母さん」
屍の手が、私の頬に優しく触れた。そして塵となり、消えていく。
羅禅は突きだした錫杖を下げると、ハエでも叩き殺したかのように言い放つ。
「余所見してんじゃねぇよ。雑魚が…」
お母さん…何処?…何処にいるの?。一人にしないで……怖いよ…怖いよ。
放心状態になる私の前に、羅禅が笑みを浮かべて屈みこむ。
「この程度で戦意喪失か…まぁガキだから仕方ない」
そう言って私の髪を掴みあげ、錫杖を突き当てた。
「お前の母親は死んだんだよ。いや…俺が終わらせてやったのさ。そしてお前も終らせる」
その言葉を聞きやっと、お母さんが殺されたことを理解した。
羅禅は錫杖で私の頬を叩く。先端に浮かぶ歪な眼球が私を見つめる。
「怖がることはねぇ。終焉とは救いだ。自分の全てが万物に溶け込み…真理の一部になるだけだ」
(この男に殺された…この男が、お母さんを殺した)
喪失や悲しみを感じたのは、これが初めてだった。
(弱い人を守る…優しい人…)
それと同時に。その悲しみを掻き消すほどの、純然な怒りがこみ上げてきた。それは身を焼き尽くすほどに、私の全てを支配した。
(ならキツネにならないと…意地悪で残酷な…たたらにならないと…)
私の中にある何かが、長い眠りから覚めるのを感じた。
気づくと日は暮れていた。
目の前には羅禅の屍があり。心臓を引き抜かれ、絶命している。
私は右手に違和感を感じた。何故かその手には心臓が握られていた。
私はひたすらに、その屍に怒りをぶつけた。
原形が無くなる程に殴り続け、肉片すら残さず引き裂いた。
帰りたい…帰りたい…返してよ。お母さんを………
私は獣のように吠えた。お母さんのいない、虚構だらけの箱庭の中で。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「私は水無月家に保護されて…そこで全ての真実を教えられた…」
ルカは自身の物語を閉じながらそう言った。
「私は生まれながらに、水無月家の当主になることが決められてたの」
「何でルカが当主に選ばれたんだ?」
湊は言ノ葉によって作られた、何も無い白の空間を見上げる。
「そういう習わし…当主の座を継げるのは、当主の娘だけ…そしてその中で、一番若くして半神になった人間が、次の当主に選ばれる…」
ルカは自嘲ぎみに、「私は生まれた時から半神だった」といった。
「でも水無月家の中には、私のことを良く思わない人間もいる。だから当主の…本当のお母さんの命令で、その人達から身を守るために、私は山奥の…鉄柵に囲まれたあの場所に存在を隠匿されたの」
世間知らずな言動はそれが原因か。ルカにとってはまだ、この世界は未知の連続なんだ。
「だから…お母さんは本当のお母さんじゃないの。名前は水無月花江といって、私の保護者として雇われた分家の人間なの」
育ての親と血縁関係は無いのか。
水無月家の当主…つまりルカの本当の母親は、娘を分家から守るためにあの箱庭に閉じ込めた。
いくら守るためとはいえ、やり過ぎだ。一切の外部情報を遮断して、檻と言っても差し支えない場所に閉じ込めるなんて。
湊は眉間にシワを寄せるが、ルカは朗らかに微笑んだ。
「悲しまないで湊…あの時の私は幸せだったんだよ。多分あの箱庭が無かったら、私はもっと悲惨な生活になってた。だから誰も恨んで無い」
その眼差しはひどく澄んでいて。湊はむしろ、胸が締め付けられた。
しかしその眼差しも直ぐに淀んだ。
ルカは「でも…」と言って言葉を添える。
「二人とも亡くなった。同じ日に、同じ時間に。本当のお母さんは病気で。育てのお母さんはあの男に…羅禅に殺された」
「羅禅は何者なんだ?」
「分家の人間…あの男以外にも沢山の人間が関わってて。その人達も皆処理された」
ルカの言う処理が一体何を意味しているのか気になったが、聞かないでおこう。
水無月家…かなりイカれた一族だな。少なくとも、ルカから母親を奪うほどには。そりゃ逃げたくもなる。
本当の母親は病死と言ったが、それすら疑わしいな。
「ルカが玉鬘にいるなら、今は誰が当主なんだ?」
ルカは少しだけ誇らしい気に答える。
「私のお姉ちゃんがやってる…嫌がる私をみかねて、アリサ姉が代わりにやってくれた」
「今までの話しからすると、反対されたんじゃないか?。その、分家の人間達に」
「うん…一族の半数以上が反対したけど、アリサ姉が……
そしてルカは言い放つ。平然と、当たり前のように。
「その人達の手足を切り落として強引に黙らせた。アリサ姉は強いんだよ」
ルカはニッコリと笑った。
うん…だいぶイカれてる。
湊は言ノ葉を解除し、現実世界へともどってきた。
「なぁルカ…どうしてだ?」
「何が?」
ルカは首をかしげる。
「なんで俺に、自分の過去を教えようと思ったんだ?」
たぶん、話せば楽になると思ったなんて言う、単純な理由で
無いだろうな。
「何か理由があるんだろ?」
ルカは静かに微笑んだ。
「誰かの秘密を知りたい時は、まず自分の心を開かないとだめでしょ?」
その言葉を聞き、湊は一瞬ギクリとする。
そしてルカはその手を取ると、諭すように言い添えた。
「湊は本当の私を知った。だからいつか教えてね…本当の湊を」
(ああ…これ完全にバレてるな)
「どこで気付いた?」
「始めから…匂いでわかった」
そうか…体臭は整髪料で誤魔化してるつもりだったが、ルカの嗅覚は思った以上に鋭敏なようだ。
湊は右手でこめかみを触れつつ、深くため息をついた。
「いつかルカにもちゃんと打ち明ける…でも今は秘密にしといてくれ」
「うん…そのつもり。このまま浅川紫音の所に行くならだけど」
その言葉を聞き、湊は得心がいった。
「ルカの目的はそれか。俺を説得、と言うか脅迫して、浅川紫音を捕まえにいくのが」
「そこまでは考えていない。私はただ…誰も殺されなければそれで良い」
ルカがそう言った直後のことであった。軽快な音楽と共にアナウンスが電車の到着を告げた。
湊は人混みの奏でる雑音を聞き流しながら、白昼夢に浸るように思案する。
ルカの心は真っ直ぐだ、愚直なほどに。だからこそ、母親の約束を今も守っているのだろう。
(そんな約束、いっそ捨ててしまえばいいのに)
しかしそう考えても尚、湊はルカの行動理念を否定できなかった。
(俺も似たようなもんか…)
「行くぞ、浅川紫音の所へ」




