第二話 巫女服の社長
《毎週日曜9時投稿》
事務所内はビルの外装とはうってかわり、整然とまとまっていた。
応接ソファーとテーブル、小さめの柱時計にテレビ、奥のスペースには四人分の事務机とパソコンが置かれている。
その傍らには本棚が設置されており、中には隙間無く資料らしきものが敷き詰められていた。
湊はこの場所にどこか異質なものを感じた。
一見普通の事務所のようにも見えるが、まるで教会や神社のような、畏怖をよび起こす空気がそこにあった。
大道は中に入るなり吐き捨てるように言った。
「連れてきたぞ阿礼。聞いてんのかロリババ……」
そう言い終わる前に、小さな人影が大道のスネめがけ、分厚い本の角を叩きつけた。大道は痛みの余り絶叫すると、身もだえるように床へと転がる。
「このクソガキ!何しやがる!」
そこには一人の少女がいた。艶のある黒髪に、赤色の袴と千早を纏った、巫女装束の少女だ。
その少女は大道を見下ろすように立ち、憤然とした態度で言葉を発する。
「あなたにそんな蔑称で呼ばれる筋合いはないわ。ハンニバルも取り逃すし、暫くそこで反省なさい」
悲鳴とも怒号ともつかぬ声を発する大道をよそに、その少女は湊の方へとやってきた。そして子供らしい、無邪気さの残る笑顔でこう言った。
「こんにちは湊琴雪。私の名は阿礼。あのボンクラの上司とでも思ってくれ」
湊は苦笑いを浮かべながらその少女を見据えた。
…何なんだこの子供は…なんで巫女のコスプレをしているんだ。
阿礼は床に伏する大道をぞんざいに踏み越えると、応接ソファーへと湊を招いく。
「丁度おいしい紅茶を入れた所よ、それでも飲みながら話しましょう」
湊は応接ソファーに座り、阿礼と向かい合う。大道はといえば、未だスネをさすりながら身悶えている。、
阿礼はティーカップに紅茶を注ぎながら湊へ語りかける。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ、ただあなたの身に起こったことについて教えるだけだから」
湊は抗議するように言葉を返す。
「言っておきますが阿礼…さん」
思わず敬語をつかってしまった。見た目は完全に子供だが、この少女はどこかそれを許さない威圧感を帯びている。
「俺は無関係です、俺を殺しに来たあの男が何者かは知りませんが、それに関して俺は無関係なんです」
阿礼はしきりにカップへ息を吹きかけながらそれに答える。
どうやら猫舌のようだ。
「無関係…それは有り得ないわ」
そう言いながら、阿礼は恐る恐るカップに口をつけ温度を確認すると、満足そうな表情で紅茶をすすった。
「ふふっ、やっぱり紅茶はダージリンに限るわね」
そしてこう切り出してきた。
「湊琴雪。あなたは白神に憑依されているわ」
「……はい?」
阿礼は困惑する湊を他所に、淡々と語り始める。
「白神とは、名と実体を無くした神の総称よ。あるいは人から忘れ去られ、消滅する運命にある絶滅危惧種と言った所かしら」
この少女は何を言っているんだろうか…頭大丈夫か?。
湊は半信半疑な様子で問いかける。
「それで…何で白神が俺に憑依してるんですか?」
阿礼は答える。
「白神の存在は非常にあやふやなのよ。だから人に憑依して、その消滅を回避しようとしているの」
阿礼によれば先程湊を襲った防護服の男も白神に憑依されているらしい。
「そして白神に憑依された人間はこう呼ばれているわ…半神とね。私達はその中で、人に害をなす危険な半神を駆除しているの」
つまり俺は、その駆除現場に偶然居合わせてしまったのか。
「でもどうしてわかるんですか?俺がその…半神だと」
「目だ」
大道が唐突に口を挟んできた。阿礼によって与えられた負傷は幾分か癒えたようだ。
「神憑りに遭遇した奴は高確率で体が変容する。色素異常はその一つなんだよ」
そう言うと大道はコートの内ポケットから手鏡を取り出し、湊へと投げつける。
パイプレンチに蛮刀、手鏡と、なんでそんなものコートに入ってるんだ。
(お前はド◯えもんか)
そんな雑念を打ち消し、湊は受け取った手鏡で自分の顔を確認する。
たしかに鏡に写った左目は黒く変色していた。
(またか)
湊はあまり驚かなかった。というよりその症状は過去に経験していた。
決まってそれは湊の感情が高ぶった時に発症し、数十分ほどでもとに戻った。
しかし視力が一時的に低下する以外は、これと言って不便はなかったため、それほど気にしていなかった。
「これはカラコンです」
湊は平然とした顔でそう言った。
このコスプレ巫女少女と、コートの男の言うことを否定する訳ではないが、関わりあうつもりはさらさら無い。
阿礼は目を細めながら答えた
「カラコンなの?」
「そうですカラコンです」
「私には裸眼に見えるけど」
「カラコンです」
「何で片目だけなの?、変よね」
「そうですよね。でもカラコンです」
「………」
「………」
二人の間に沈黙と不穏な空気が流れた。
「まあいいわ、そう言うことにしてあげる」
阿礼はため息まじりにそう言った。
「そう言う事にしておいてください、本当の事ですので」
湊は食いぎみにそう答える。
こんなファンタジー染みた事柄に関わるつもりは無い、白神や神憑りなど知ったことか。
阿礼の目が鋭くなった。幼稚な無邪気さと、老練な狡猾さを宿したその目に、湊の背筋は凍りついた。
「面倒せぇな」
そう言いながら、大道がしびれを切らしたように立ち上がった。
「阿礼。お前のやり方はまどろっこしいんだよ。荒御霊と接触すれば、いずれ判明することだ。その方が手っ取り早いだろ」
大道の提案に阿礼は少しばかり思案する。
「そうね…それにこちらも人手不足だし、猫の手でも無いよりましね」
(無いよりましとは、だいぶ失礼なことを言ってくれる)
「わかったわ、湊琴雪はあなたにに預けるわ」
(あなた達に身を預けた覚えは無いのだが)
人はここまで他人の意思を無視できるものかと、湊は感心してしまった。
これにより湊は、玉鬘への入社(不本意)が決定した。
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