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第一話 遭遇

《毎週日曜9時投稿》

最初に知覚したのは音だった。その次に味覚を、触覚を、嗅覚を、そして最後に目を開いた。カーテンの隙間から射し込む光は温かくて、初めて目にするにも関わらず、何故だか無性に懐かしかった。

眼球が熱くなっていく。気づけば泣いていた。彼女が泣いていたからだ。ベッドに頭をもたげ、シーツを濡らしながら眠っている。

灰色の髪を撫で。細く柔らかな手をそっと握りしめた。

(そうか…俺が彼女を守るんだ)

理由などいらない。自分はそのために産まれたのだから。


――――――――――――――――――――――――――――――


何故ここにいるのかと問われても、全く説明が出来ない。目的もなくぶらつく性格でもないし、夢遊病にかかった訳でも無い。

気がついたらここにいた。今の自分にはそうとしか説明出来なかった。

色々と頭の中で言い訳を巡らせているが、一言で言えばただの迷子だ。

先ほどまで悪友の峰崎(ほうざき)三門により半ば強引に繁華街へ連れ回されていたのだが、当の本人は狙っていた他校の女子生徒を捕まえると、そそくさと何処かへと消えてしまった。

一つ訂正しておくと、湊の言う悪友とは本当の意味での悪友で、そこに友情めいたものは一切含まれない。

それにしても陰気臭い所だ。ゴミだらけだし、嗅いだことのない異臭がする。

くるみ市は海に面した関東の街だ。その中心には縦一直線に大河が伸び、一つの街を東西に分断している。

東部は完璧にインフラが整っており、都心で仕事をするサラリーマンなどのファミリー層が多く住んでいる。湊が住んでいる石長家もここに位置している。

しかし西部へと踏み込んだ途端、その町並みは掃き溜めへと変容する。

現にいま歩いている通りには、露店。廃棄場。性風俗店。怪しい外国人が営む雑貨屋と、許可をとっているのかすら怪しい店が連なり、ここに住む人間の正気を疑いたくなった。

(ああ…性根が腐っていくような空気だ)

かつては西部も健全な街だったらしいが。過去に発生した発電所の事故により、街の大半が壊滅した。

多くの住民が復興を待たずにその場所を捨てた。これには国からの補助金による影響が大きいが、決定的なのは汚染の影響だ。国の見解では人体に影響を及ぼすレベルでは無いらしいのだが、それを発表する頃には既に遅く。健全な営みを求める住民はそそくさと別の街に移住して後だった。

結果西部に残された人間は、浮浪者や多重債務者、諸々の後ろめたい過去を持つような輩だけとなってしまった。

そのタイミングを見計らい、暴力団のフロント企業やいかがわしハイエナなどが入り込み、無法地帯と化した。

東部の住民はこの街を、恐れと軽蔑の意味をこめて『廃品街(はいひんがい)』と呼んでいる。

湊は地図を確認するためにスマホを取り出す。

「圏外かよ…」

山奥ですらない関東の一角で圏外とは。こんなことになるなら三門の誘いを断るべきだった。

舌打ちする湊の後ろを、ネズミが通りかかる。この街へと踏み入れた新参者を嘲笑うかのように、こちらを見つめて鳴いている。

「うせろ」

湊はそのネズミに石を投げる。そして気を取り直し、勘をたよりに再び歩く。

しばらく歩くと、雑居ビルが立ち並ぶ怪しげな通りへと行き当たった。

もうだめだ。検討もつかない。完全に道に迷った。

湊はスマホを取り出す。示された表示は未だ圏外であった。

「まじでなんなんだよこの街は、迷宮かよ!」

そう叫んだとき、湊は背後に気配を感じた。振り返ると、そこには一人の男が立っている。

背丈や体格にこれと言っておかしい所は無かったが。その服装は特段に怪しかった。

快晴であるにもかかわらず、カーキ色のポンチョをかぶり、なぜかゴム手袋とゴーグルを着用していた。

なんだあれは…不審者か。うん。完全に不審者だな。あの男からは怪しいと言う言葉しか思い浮かばない。

「えーと…どちらさま?」

湊は恐る恐るそう訪ねながら、どうするべきかを頭の中でめぐらす。男は湊の言葉に耳を傾けることもなく、ゆっくりと近づいてくる。

どうする、走って逃げるべきか。絶対やばい奴だ。

湊が後退り、その人物から離れようとした瞬間であった。男の手が湊の肩を掴もうとした。

湊は咄嗟に対応する。男の伸ばした腕を捻りあげ、地面へと組伏せた。

これでも養父から武術を教わっていた。多少の護身術は身に付いている。

「大人しくしろ。でないと間接を外すぞ」

湊は男に対しそう脅した。

「クックックッ良いですよ是非ともやってみてください」

防護服の男は腕の痛みなど感じないかのように言葉を返すと、揚々のない声で呟く。

〈言挙げの名は、貪食同治〉

男の身体から、真っ白な霧が涌き出てくる。その霧が湊の肌に触れた瞬間、全身が逆立つのを感じた。

そして不思議な声色で、何かを唱え始めた。


言挙げ(ことあげ)の名は 鈍食同治(どんしょくどうち)


《戦士は肉に 識者は記憶に 賢者は思考に 聖者は心に 

 全ては血と成り肉と成り 我が御霊(みたま)にて一つとなる》


男は低いうめき声を上げた。フードごしから垣間見える目は赤く血走り。全身の筋肉が隆起する感覚が伝わる。

そして拘束された腕を大きく振り上げ、湊を地面へと叩きつけた。痛みと衝撃により、湊は掴んだ腕を離し、仰向けに転倒する。

湊は起き上がると、防護服の男を驚愕の表情で見据えた。

(確実に間接をキメていた、あの状態で動くことなんて不可能だ)

「…化け物」

湊は戦慄しながらそう呟く。

「化け物とは心外な、これでも私は半神(なかばがみ)なのですよ。そんじょそこらのフリークなどと一緒にされては困りますね」

怪物は両腕の袖口から二本のナイフを取り出し、舌なめずりをしながら笑みを浮かべる。

「あなたは大変美味しそうな匂いがしますね、突然で悪いのですが食させてもらいます」 

怪物はナイフを持った両腕を大きく広げ、湊へと襲いかかろうとする。

(やばい…殺される)

両腕が振り下ろされ、二本の刃が湊を貫こうとする瞬間。怪物の背後に一人の男が突如表れた。手には鈍器のようなものを握っており、高々と頭上に振り上げている。それを躊躇いなく、怪物の頭部へと振り下ろす。


グシャ!


皮膚が裂け頭蓋骨が砕ける鈍い音と共に、怪物は力無く崩れ落ちる。

謎の男は拍子抜けしたように言葉を発した。

「なんだよ、意外と脆いな。準越境者の噂もあったが、大したことないな」

(…誰だこいつ)

湊は突如現れた謎の人物を唖然とした表情で見据える。

男は黒のロングコートをはためかせ、ニヤリと歪な笑みを浮かべる。

「さて…お前はどんな顔をする?」

男は左手を振り上げた。その手には先ほど怪物を殴打するのに使った、大振りのパイプレンチを握っている。

男は追い討ちをかけるように、それを怪物の頭部へと振り下ろした。


グシャ!


そして歪んだ笑みを浮かべながら、何度も叩きつける。


グシャ!グシャ!グシャ!グシャ!グシャ!グシャ!


怪物の頭部を砕きながら、男は狂ったように叫ぶ。

「脆い!脆い!脆い!なんだよこいつ!豆腐じゃねぇか!」

湊は吐き気を催しながら、呆然とそれを眺めた。

(なんだこの男…完全にイカレてる)

怪物の頭部が原型を止めなくなった頃、男は飽きたようにピタリと手を止めた。

そして気だるそうにパイプレンチをコートに納めると、湊に声をかけてくる。

「名前は?」

湊は予想外の出来事により、男の言葉が耳に入らずパニック状態であった。

「えっ…えっいや、あの」

「お前の名前を聞いてるんだよ、最近のガキは自分の名前も名乗れないのか」

そして苛立たしげに、もう一度訪ねてくる。

「で?お前の名前は」

湊は名乗った。動揺のあまり声は裏返り、その言葉は調子外れなものとなった。

「みぃっ…湊琴雪(みなとことゆき)

大道旭(だいどうあさひ)だ」

そう言うと謎の男、改め大道と名乗ったその人物は、内ポケットから禁煙パイポを取り出し口に咥えた。

二人の間には依然として青色の防護服に身を包んだ屍が、岩のように鎮座している。

大道はその屍を、捨てられた軍手でも見るかのように眺める。

「この手の輩は不意討ちにかぎる。目の前の獲物にしか注意をはらわないからな」

湊は大きく深呼吸をし強引に心を落ち着かせたのち、大道に向け言葉を発した。

「お前…誰だよ?」

「俺は神逐(かんやらい)業者だ。ここに転がっている死体の男のように、半神(なかばがみ)となった人間を始末するのが仕事だ」

そしてこう言葉を付け加えた。

「あるいはお前のように、神憑りに遭遇した人間を保護することが目的だ」

湊は困惑しながらその言葉を聞いていた。


(何の話しをしているんだ?神憑りだって?俺が?)


「まぁ細かい話しはあとだとりあえず――――――――――――――――――

着信音が鳴り、会話は中断される。大道はコートのポケットへ手を入れると、不機嫌に悪態をついた。

「クソガキが、タイミングが悪いんだよ」

そしてスマホを取り出し着信に応じた。

「悪いが後でかけなお……

その時であった、死んだはずの怪物が突然起き上がり、大道の背後へと立った。

「油断は禁物ですよ」

そう言いながら不敵な笑みをうかべ、大道に斬りかかろうとする。

鋭い刃先が首元めがけて振り下された。


ザン!


しかし刃が首に突き刺さるよりも前に、何かが断ち切られるような音が響き、辺りに血が飛び散った。

そして上空からナイフを掴んだ腕がゆっくりと、弧を描くように落下し、地面に叩きつけられる。

大道を見ると、その手にはいつの間にか蛮刀(マチェット)が握られている。大道はニヤリと笑みを浮かべ、滴る血を眺めながら言葉を返した。

「こっちのセリフだ」

腕を切断された怪物は、痛みの余り絶叫し、大きく後退する。

「私の腕を!私の身体を!なんと言う屈辱」

大道は呆れたように言葉を返す。

「不意をつく前に喋り出す奴が何処にいる。今のは完全にお前のしくじりだ」

怪物は腕から流れ出る血を押さえながら悪態をついた。

「クソ!私は半神(なかばがみ)だ。現存神(うつしのかみ)にとって代わる存在だ!。神憑りに遇いながら、それでもなお人と自称するお前達に負けるはずなど無い」

大道は盛大にほくそ笑み、挑発的な態度で言葉を返す。

「能書きはいいからかかってこいよ。もう片方の腕も落としてやる」

「ほざくな雑魚が!」

怪物は怒りのあまり無防備に大道に突進した、そして残ったほうの腕で、大道の喉めがけてナイフを突き刺そうとする。

大道はそれを軽々とかわし、腹部に強烈なトーキックを食らわせた。

「遅せぇ」

そして蛮刀(マチェット)を大きく振り上げると、怪物に向け一直線に振り下ろした。刃は肩を通過し、もう片方の腕を枝のように切り落とした。

グシャリと肉が静かに落ちる音と共に、怪物は悲鳴を上げる。

「くそっくそっ!…くそっ!くそっ!くそっ!殺してやる!殺してやる!骨すら残らず、全て食い尽くしてやる!」

大道は死にかけのセミでもみるかのように、怪物を眺めながら言葉を返す。

「うるせぇ…てめえのナニでも喰らってろ」

「お前達の顔は覚えた」

そう言うと怪物は地面を強く踏み込み、ビルの屋上へと乗り移った。

「必ずお前達を食い殺してやる」

最後にそう捨てゼリフを吐くと、どこかへと飛び去った。


(今お前達て言ったよな。もしかして俺もその中に入ってる?)


血痕と肉片が散らばる惨状に二人の男が取り残された。

「逃げ足の早い奴だ。まぁいい。今回は思わぬ収穫があったからな」

そして湊の方を向き言った。

「大丈夫か?」

B級映画のようなスプラッターシーンを目撃した直後だ。放心情態の湊には言葉を返す余裕など無かった。

両手にナイフを持つ青色の殺人鬼。それを蛮刀(マチェット)一本で易々と撃退する変態。普通でいられるわけがない。

「おい聞いてるのか。くそ、最近の半神はどうもしおらしい奴ばかりだな」

大道はスマホを取り出し、電話をかけ始めた。そして数回のコールの後、ぞんざいな態度でその相手と言葉を交わし始める。

「おれだ。“ハンニバル”は取り逃がした…………………うるせぇお前がタイミングの悪いところで電話なんかしてくるからだ!……………ああそうだよ、だがいい知らせだ、半神を保護した。おそらく和御霊(にぎみたま)だ……………言われ無くてもわかってる!」

そして悪態をつきながら電話を切った。

「あのロリババア、いつか殺してやる」

そして大道はこちらを向き、湊に言った。

「ついてこい」

「えっ?いや、何処に?」

玉鬘(たまかずら)にだ。俺の所属している会社だ」

湊は控えめな態度で大道に言った。

「いやちょっと待ってくれ、警察とかは呼ばないのか?」

大道は呆れたように答える。

「あのなぁ、両腕を切断されてまともに動き、ビルの屋上までひとっ飛びで乗りうつれる怪物に襲われた。なんて一体誰が信じるんだ?」

「でも襲われたのは事実だし、この現場を見れば信じてもらえるかも………」

そう言いながら血痕と二本の腕が転がる場所を湊は指さした。しかしその先にある腕は霧となり、瞬く間に霧散していく。

大道はその光景を眺めながらにやけ顔で言葉を発する。

「どうした琴雪くん?そこには塵しかないが」

(どうなっているんだ有り得ない)

「とにかくついてこい、これはお前にも関係のあることだ」

そう言うと寂れた建築物の立ち並ぶ通りへと歩き出した。

「どういうことだよ、俺自身にも関係があるって」

大道はめんどくさ気に答える。

「いいから黙ってついてこい、力ずくで連れて行ってもかまわないんだぞ」

今すぐこの場から立ち去り、警察にかけこむことも考えたが、大人しく従った方が無難と判断した。 


(もう訳がわからん、なんなんだこの男は)


湊は大道の後ろを追うように歩き出した。

玉鬘へと向かう途中、湊は大道の顔を横目で伺う。

先ほどまで常識を越えた事態に遭遇していたため、その男の容姿を確認する余裕まではなかったが、大道は恐ろしく容姿端麗であった。

背は高く。切れ長の目に高い鼻。中性的な色気を放ち、嫌みな程に美しい顔立ちをしていた。

しかしその美貌がただの仮面で、獲物を捉えるための高等な擬態であることを湊は見抜く。そうでなければ、鈍器で人を叩き殺そうなんてしない。


(和製デッドバンディ…)


大道は何かを察したのか、苛立たしげに湊を睨む。

「お前いま失礼なこと考えなかったか?」

「いいえ。何も」

その後終始無言のまま、迷路のように入り組んだ建造物の間を十分ほど歩くと、古びた六階立ての雑居ビルにたどり着いた。

「ここだ」

そう言うと大道はビルの中へと入って行く。

階段を上がった二階に玉鬘は店を構えていた。そこには表札や看板はなく、重く重厚感のある扉そびえている

湊は困惑した様子で大道に言った。

「ええと…本当にここなのか?」

(どう見ても暴力団の事務所のにしか見えない)

大道は何か問題でも?と言った様子で言葉を返す。

「もちろんここだ、さぁ入れ」

そして扉を開けながらこう言った。

「ようこそ。神逐(かんやらい)専門業者、玉鬘(たまかずら)へ」

《毎週日曜9時投稿》

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