前髪
家を出て自分の食い扶持を稼がなければならなくなって、町に職を探しに出た時。
偶々手渡されたチラシが、結界師の求人チラシだった。
金さえ稼げれば職は何でもよかったので、これで探す手間が省けたとその足でその求人チラシを配っていた人間に話しかけた。
結界師になりたいのですがこれからどうすればいいですか。
二つ編み。三つ編み。四つ編み。五つ編み。六つ編み。アイスプライス。棒結び。スネークノット。ブーツレース編み。鎖編み。ソロモンステッチ。細編み。引き抜き編み。エビ編み。スレッドコード。斜め編み。ねじり編み。平編み。四つだたみ編み。輪結び。タッチング結び。七宝結び。フィッシュボーン。などなど。
結界師としてまず覚えさせられたのは、様々な縄の編み方。
手で編む縄、かぎ針など道具を使って編む縄など、ありとあらゆる縄の編み方を身体に叩きつけられた。
千差万別。結界をかける対象を一目見て、合った縄を具現化できるように。
たったの一種類。全部同じでいいじゃないか。
ものぐさながらも、いや、ものぐさだからこそ、か。
一応結界師になるという言葉の責任も果たそうと思っていたからか。
他の職を探す面倒臭さや労力よりも、これをやり遂げた方がいいだろうと、ぶつくさぶつくさ文句を垂れながらも、ゆっくりゆっくりと覚えていった縄の編み方。
まさか結界以外で役に立つ日が来るなんて、思いもしなかった。
知っている限りの縄の編み方を教えてくれないか。
第一声は、魔草の所為とは言え、勝手に霧夜の家を訪れたことに対する叱りの言葉か、『終夜』からの処罰内容か、二人のこれからについてだと思っていたら、違った。
小昼だった。
都雅と共に霧夜の家から師匠の家に戻って来た浅葱が、史月に頼んだのだ。
新しい調合方法に薬草の編み込みを思いついたので、教えてほしい。
地の果ての薬草のない世界にたったの一人、置き去りにされたとしてもきっとこの人は薬草を諦めやしないだろうな。
史月は思った。
尋ねたいことは他にあった。
二人のこれからについては特に、
離れ離れになってしまうのではないだろうかという懸念を伝えたかった。払拭してほしかった。
けれど、全身から溢れ出す光彩陸離はきっと、若草と老草色が交互に配色されて大きく波打つ前髪によって隠された瞳からも放たれているのだろうと思うと、どうにも微笑ましくなってしまって。
史月は微苦笑を滲ませては、了承の言葉を浅葱に送りながら、ふと、或る疑問が頭を過った。
そう言えば、と、
(僕は浅葱君の目を見たいと思ったことはあったかな?)
見たいという強い欲求が迸るどころか、ただの好奇心ですら湧いたことがないような気がする。
(僕から見たいと口にすることはない、か、な。だけど、もしも、今回限りで、このまま一生会えないとしたら。浅葱君の目を見ないまま別れたら、後悔、しないだろうか。いや。しないような気もする。ずっと、前髪で隠されていたから。このまま一生見られなくても、きっと。それに浅葱君は目を見られたくないから隠しているのだし。それを無理を言うのは。やっぱり。ああ。もう。こんな疑問を思いつくんじゃなかった。よしもう忘れよう。うん)
「史月?」
「あ。ごめん。ちょっとぼーっとしてたよ。えっと。まずは、紙に書いて、その後実践するから。紙とペンの場所を教えてもらっていいかな?」
「ああ………」
リビングキッチンに設置してある小さな棚の引き出しを開けて、数枚の紙と一本の黒ペンを取った浅葱は史月に手渡した。史月は受け取ると背もたれのない丸い椅子に座り、木の根で支えられている歪な丸の食卓に置いて書き始めた。
浅葱は史月の向かい側に座ると、書き続ける史月を見ながら、静かに疑問を投げかけた。
もしも、今この限りを以て、会えなくなったらどうする。
(2024.10.19)




