公害
ひょろい体躯でよくまあ、時折よろめいたり躓いたりしながらも、蝶のように舞い蜘蛛のように標的を自前の縄で縛り付ける史月にそんな感想を抱きながら、屋根から見下ろしていた。
月光を真正面に浴びて、白い体躯は仄かに発光して神秘的に見えるのにどうしてか。
目は死んだ魚のまま。
史月が薬草を狙う盗人を結界縄で捕らえた時の映像が、今もなお、ことさら鮮明に思い浮かべることができる。
「がんばれーがんばれー」
霧夜の家にて。
麻の敷物を小さな庭園の何も植えられていない地面に置いて、その上に寝転んだ霧夜は横向きになって家の修繕に励む浅葱と都雅を応援した。
「おまえの家だろうが、おまえも動け」
「俺はもう魔草の棘回収で力尽きた。トゲゼンブカイシュウシタ。オレガンバッタ。ダカラアトハヌシタチニタクシタ。ガンバッテ。ガンバッテ」
「まあまあ。霧夜さんも頑張ったわけだし。おまえも霧夜さんと師匠さんところ行き来して疲れただろ。俺に任せておまえも休んでていいぞ」
霧夜の家を囲う二重の荊の結界から飛び出し、師匠たちが住む村里とは反対方向に進むと到着する竹林で、この家の建材である竹を刈り取っては処理加工していた竹を肩に担いで持ち運んで来た都雅は、麻紐でくくった何十本もの竹を地面に下ろしながら快活な笑みを浮かべて言った。
「都雅。おまえは霧夜を甘やかし過ぎだ。動かせろ。働かせろ」
「はは。まさかおまえの口からそんな言葉が出て来るなんてびっくりだな」
「俺は霧夜よりはましだ。最低限の家事はしている。だけどこいつはなんにもしないぞ。おまえが食料を置いてなければ、食べることすらしない。食える薬草があるのに食べようともしないんだぞ。俺よりよっぽど重症だ。ほら。霧夜。動け。その甘ったれ精神を叩きなおしてやる」
ツカツカと霧夜の元へ歩み寄ると、霧夜は腕の袖を掴んで引っ張った。
「起き上がれ」
「やだ」
霧夜は脱力したまま、浅葱に袖を引っ張らせ続けた。
霧夜の身体は少しだけ持ち上がるが、完全に立たせることはできなかった。
「起き上がれ」
「やだ。疲れた。俺はぬしの師匠だ年寄りだもっと労われ」
「そんなに年齢は変わらないだろうが」
「変わる変わるめっちゃ変わる」
「たかだか、三十ぐらいだろうが」
「三十歳も違うじゃん」
「何が違うんだ。おまえが世の中の人間の寿命を公害で多分に引き延ばしたおかげで、五十歳違ってもさほど違いはなくなっただろうが」
「浅葱。俺の所為で長命になったからと言って、日々をなおざりにしてはいけない。一年、いや、一秒も無駄にしてはいけないんだ。わかるな。例え一歳でも年上ならば敬わなければならない」
「年上だろうが年下だろうが、敬うべき相手は敬っている。おまえは敬うべき相手………だが、それを表立って意思表示しようとはさらさら思わない。動け」
「はいはい。浅葱。はしゃぐなはしゃぐな。俺に構いたい気持ちはよくわかるが。俺は疲れてしまったんだ。さあ。師匠を眠らせてくれ」
「浅葱。ほら。霧夜さんにしては今日は頑張ったと思うぞ。だから。な」
「………おまえは本当に霧夜を甘やかし過ぎだ」
「はは。おまえも似たようなもんだろ」
霧夜の袖から手を離した浅葱は、家の中に入ってしまった都雅の後を追った。
「しっかし。この国の人間全員の寿命をすごい引き延ばすって、すごいよな。いくら小さい国だからって、この国全員だぜ」
「まあ。すごいが。寿命が引き延ばされて俺やおまえのように全員が喜ぶかって言えば、違うしな。公害だって非難されて、霧夜はここに閉じ込められたぐらいだ。まあ。この国全員の寿命を大幅に引き延ばしたんだ。次に何をやらかすかわからないからな。ここに閉じ込めたい気持ちも頷ける」
「まあ。霧夜さんなら、出て行きたい時に出て行きそうだしなあ。この国じゃなくて、違う国に行くかもしれないしな」
都雅は動かしていた手を止めて、顔を横に向けて開いた玄関から小さな庭園に寝転ぶ霧夜を見つめたのであった。
(2024.10.15)




