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無力




「………新しい扉開いちゃった?」

「違う」


 師匠ししょうの家にて。

 会いたい人の元へ飛翔する魔草の力を信じて、都雅とが季梨きり、師匠の名前を念じることに集中していた史月しづきは、浅葱あさぎの肩に担がれている自分の状態を把握しておらず。いつの間にか、師匠の家に戻っていた、という認識であった。

 浅葱はもう居ない。また、霧夜きりやの家に戻ったらしい。

 季梨によると、浅葱の肩に担がれた史月(ハンカチで目を覆い隠されて、ティッシュで耳の穴を塞がれた)を任せた、都雅を連れて行くと言っては、すぐに踵を返したらしい。

リビングキッチンで、季梨にハンカチとティッシュを取り除かれた史月は、季梨にそう聞かされては、肩を落とした。

 これから自分は、自分たちはどうなるのか。浅葱に尋ねたかった。共に解決策を見出したかった。


(せめて、浅葱君に罰が及ばないように、)


「史月ちゃん。疲れちゃった?また魔草で飛翔しちゃったんだね。あの魔草の効果ってこんなに持続するんだ。すごいね。あ。でもこれで、浅葱ちゃんに会いに行き放題じゃん。よかったよかった。浅葱ちゃんも無事でよかったよ。すごく疲れていたけど。僕も霧夜さんのところにへ行けないから連れて行けないし。まあ、都雅ちゃんを連れて行くって言ってたから、都雅ちゃんが抱えて行ってるよ。うん。よかったよかった」

「何がいいもんか。浅葱君に迷惑をかけてしまった。浅葱君に何か罰が与えられるかもしれない。僕たちはもう一緒に暮らせないかもしれない。僕たちはもう、会うことを許されないかもしれない。僕は………僕が記憶喪失になったところで、何の解決にもならないし」

「うんそうだね頭をぶつけて記憶喪失になろうなんて考えないでね」

「………」


 背もたれのない丸い椅子に座っていた史月は、木の根で支えられている歪な丸の食卓に身体を前に倒して片頬を乗せた。

 木の食卓はひんやりしているのかと思いきや、ほんのりと温かみを帯びていた。

 あったかいなあ、あったかい。あったかくて、

 じんじんと胸が痛みを訴える。

 鋭さとまろやかさを併せ持つ不思議な痛み。涙を込み上げさせる痛み。

 情緒不安定だ。目の前に居ようが、居なかろうが、

 満たされているようで、満たされない。


(僕は、)


 互いに手作りした白味噌グラタンをスプーンで食べさせ合っている時。

 余すところなく纏う薄布が、自分の身体を勝手に動かしているようだった。機械的に無感情に規則的に。

 ただただ、彼の口元に白味噌グラタンを持って行き、開いた口の中に木のスプーンごと白味噌グラタンをゆっくりと入れて、彼が口を閉じ、少し待って、木のスプーンをゆっくりと引き抜き、空になった木のスプーンを自分の元に戻して、今度は彼の木のスプーンごと白味噌グラタンを口の中に招き入れ、唇を動かし、歯を動かし、舌を動かし、口腔内の空気を動かし、白味噌グラタンを木のスプーンから自分の口腔内へと移動させて、スプーンを引き抜かれて、白味噌グラタンを咀嚼し、味わって、飲み込む。そして、白味噌グラタンを掬ったスプーンを彼の口元へ運ぶ。この繰り返し。

 傍から見ても、機械的で、無感情で、規則的で、自分たちは何も考えずに、ただ食べ物を体内に取り入れているだけなのだろうと思われるかもしれないが。


「供給過多だ」


 幸福だった。

 緊張していた。


(………なまめかしかった)


 動いて、いや、蠢いている唇が、歯が、舌が、口腔内が、喉仏が、息遣いが、皮膚が、血管が、生々しく、弾力があって、艶めいていた。

 ひそやかだったにもかかわらず、鮮烈だった。


(莫迦だ。浮かれている場合ではないのに、陶酔している場合ではないのに、ドキドキしている場合ではないのに、)


「僕は、」


 無力だ。












(2024.10.15)




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