白味噌グラタン
のらりくらりくらくら。
師匠の雑生場所からおよそ一時間をかけて師匠の家まで戻って来た史月は、夕飯の用意をしていた師匠と師匠の手伝いをしていた季梨を見ては、つい口に出してしまっていた。
僕も手伝います。
にやりにやにや。
デジャブだ。史月は思った。魔草師の桜桃の元に行った時と同じ光景だ。桜桃から師匠に相対する人物が変わっただけ。季梨はそのまま。
ああ、らしくないらしくない、ここ数日で幾百思ったことか。けれどもう。いや、今はもう、このらしくない自分を受け入れるんだ。
史月は開き直った。
ああ何がいけない。恋人の好物料理の作り方を教えてほしいと恋人の身内に乞うて何がいけない。
ああ何がいけない。恋人の帰りを待つ中で、恋人の好物を習得して、少しでも恋人に驚いてもらいたい、美味しいと言ってもらいたい、喜んでもらいたいと願って何がいけないってんだ。
「史月ちゃん。史月ちゃん。顔が怖いよ。ほら。もっと、口元をやわらげて。リラッ~クス。リラッ~クス。浅葱ちゃんの喜ぶ姿を想像して」
「想像しているから、こんな顔になっているんだ」
「ええ?想像して、どうしてそんな顔になるの?」
「ふふふ。浅葱の恋人から浅葱の好物料理の作り方を教えてくれと頼まれる日が来るなんて。本当にもう。ああ。悪いね。胸が熱くなっちまって。本当に。あの、薬草バカに、恋人ができるばかりか。こんな。こんなあいつ想いの子が、恋人になってくれる。なんて。私は。感無量だよ」
目を潤ませる師匠を前に、史月はけれど動じることなく、光栄ですと怖い顔のまま言った。
いやだから顔が怖いって。季梨は突っ込みを入れた。
「ああ。いけないね。手を止めちまって。ええと。さつまいも。れんこん。ごぼう。ブロッコリー。は洗って切り終わって。材料の。白味噌。チーズ。バター。小麦粉。油。牛乳はあるね。耐熱皿も人数分用意した。トースターも。うん。壊れちゃいないね。さあ。ここから、さつまいも、ごぼう、れんこん、ブロッコリーを炒めて、バターを加えて溶かし、小麦粉を振り入れて粉っぽさがなくなるまで炒めて、白味噌と牛乳を入れる。ああ。こんな早口で言われちゃあ、覚えきれないね。すまない。すまない。興奮しちまってね。よし。じゃあ。ゆっくり教えるから、作ってみようか。浅葱の好物料理、私たちの村里の名物、白味噌を使った白味噌グラタンを」
「はい。ご指導よろしくお願いします」
「ああ。史月ちゃん。やる気を取り戻して。まさか、こんな史月ちゃんを見られる日が来るなんて、思いもしなかったよ」
季梨はポケットから白いハンカチーフを取り出すと、目元にそっと押しつけたのであった。
(2024.10.8)




