なみだ
栗ご飯、きのこと鮭とキャベツの蒸し煮、銀杏と餅の茶碗蒸し、かぼちゃのスープ。
浅葱の恋人に伝言を届けに師匠のところへ行った都雅があっという間に帰ってきて、床に散らばっている材料や保存食を見ては、素早く片付けてのち、これまたあっという間に食事を作り終えて今。
布団の中で眠っている浅葱の隣に丸くて脚の低い食卓を用意して、その上に食事を置いて、霧夜と都雅は向かい合わせになって食べていた。
「浅葱。ここに来ると決まって眠っていますよね」
「ああ。記憶を共有する為にな。俺は起きたまま共有できるが、浅葱は眠らないとできないんでな」
「………それ、毎回言ってますけど、嘘ですよね?」
「さあ?」
霧夜はニヒルに笑うと、木のスプーンで銀杏と餅の茶碗蒸しを掬って、ゆっくりと口に運んで、ゆっくりと口の中に入れて、ゆっくりと咀嚼して、ゆっくりと飲み込んだ。
相変わらず、食べる所作がゆっくりで上品だなあと思いながら、都雅はちらと後ろで眠り続ける浅葱を一瞥した。
浅葱との付き合いも長いが、霧夜との付き合いの方がもっと長かった。
いつものように出不精で生活能力皆無の霧夜の世話をする為に、彼の家に行った時に、浅葱と出会ったのだ。
霧夜が公害を引き起こした後だった。
霧夜は言った。
公害から生まれた子どもだ。
(その後も何か言ってたけど、覚えていないんだよな)
公害を引き起こした当事者として罪の意識があって、公害に巻き込まれた子どもを引き取ったのだろうと思って、罪の意識があったことに驚愕しつつも、浅葱について深くは尋ねなかった。
薬草の実験体にするつもりなら、引き離して自分が育てようと思いつつも、そんなことはせず。子どもにしては薬草に対する知識欲があるなあまさかだからこの子どもを引き取ったのか本当に薬草バカだなあと思いつつ、世話を焼く相手が一人から二人へと移行したわけだが。
(このままずっとここに居ると思ってたのになあ)
浅葱は霧夜と過ごしたり、師匠と過ごしたりと、二人の間を行き来して生活していたのだが、或る日突然、浅葱は一人で暮らすと言い始めた。
三十年前の出来事である。
霧夜は止めた。それはもう強固にこのままここで暮らせと言い放った。
ぬしは俺の頭なのだ離れられてはひどく困る。
何だそりゃ浅葱はあんたの一部ではないのだと呆れて、だが、浅葱が一人暮らしなんかできるのかなあとひどく心配していると、浅葱が言い放ったのだ。
薬草をもっと知りたいから、ここから離れる。だが、定期的に帰ってくる。
薬草を知る為ならば霧夜も快く見送るのだろうと思っていたら、それでも行くなと浅葱に巻き付く始末。
これはあかんと、傍観者になっていた都雅と師匠がなんやかんやして、浅葱と霧夜を引き離して、浅葱をここから脱出させたのであった。
「ごちそうさまでした」
「はい。ごちそうさまでした」
つらつらつらつら。
昔のことを思い出しつつもご飯を食べ続けていた都雅はしかし、いつもよりも速度が遅くなっていたらしい。
いつもは霧夜より早く食べ終わるのに、同時に食べ終えた都雅は、もう少ししたら食器を片付けようと思いつつ、今はゆったりと食後と思い出の余韻に浸ろうと思った。
「おい。腹でも下したのか?」
「違いますよ」
どうしてか満たされているなあと感じた都雅の目からは涙が零れ落ちていた。
(2024.10.7)




