クッキー
人間の為に薬草があり。
薬草の為に人間があり。
どちらも不可欠。であるというのに、
前者は善で、後者は悪なのか。
人間を成長させる為に、薬草を活用することは諸手を挙げて喜ばれることで。
薬草を成長させる為に、人間を活用することは残虐非道だと罵詈雑言を浴びなければいけないのか。心身を切り落とされなければならないのか。
おまえの欲を満たす為に人間と薬草は存在するんじゃない。
おまえの満たしたいという欲で人間を救える、成長させられる。
おまえの満たしたいという欲で薬草を救える、成長させられる。
一方の声によって、俺は消滅させられそうになった。
二方の声によって、俺は俺の欲を満たすことができている。
『ああ、やはり添木師に向いていると思うよ。だってあんた。元気な植物を見ている時の顔と言ったら』
『うん。俺は決めた』
『添木師になるのかい?』
『ううん。どっちも見届けたいから、俺は薬草師になる』
『薬草師。究植師じゃないのかい?』
『うん』
『あんた。人間に興味があったのかい?』
『何だよ。俺だって。皆には元気でいてほしいと思っているよ』
『あ、あんた。私の愛情の賜物だね』
『そーですねー』
『よし。今日はお祝いだ。私の秘蔵っ子の果物を食べることを許可するよ』
『やった』
薬草に囚われている。
おまえは人間なんてどうでもいいんだ。
人間なんて、薬草を知る為の実験動物でしかないんだろう。
おまえは薬草師に向いていない。いや、薬草師であってはいけない。薬草師として、人間に薬草を調合してはいけない。
そう、詰られたことがあるが。
そう、考えることの何がいけないのか。
俺と俺。
混ざり合い、混濁し、共有し、
俺は俺の記憶を確りと認識しているが、
果たして俺は、
『それはそうだろう。かわいくなくても、かわいい弟子だ。かわいがりたいのだ』
俺は俺の欲を満たす為に俺を冀っていた、はずなのだが。
(これも世に名高い堕落というやつなのかねえ)
「都雅。ナイスタイミング。ちょうど腹のやつが限界だと泣き喚いていたんだ」
律儀に玄関の扉を叩いて訪問を知らせる都雅に入っていいと伝えては、目を開けた霧夜は寝転んだまま都雅を出迎えた。
都雅は食事はすぐに作りますけどちょっと待っていてくださいと霧夜に言うと、玄関で靴を脱いで居間に上がり、霧夜の隣に布団を敷いて眠る浅葱の側で片膝をついては、浅葱をじっと見つめた。
「起こさん方がいいと思うぞ。あと半日は寝かせておいてやれ」
「………ですかね。霧夜さん。すみませんけど、もうちょっと待っていてください。師匠さんのところに、浅葱の恋人が待っているんで、伝えてきます」
「ここに連れて来ればいいだろ」
「霧夜さん。ここに入れるのは俺たちだけです。例外はありません」
「へえへえ。わっかりましたあ。待っていまあす」
「そこにすぐに食べられるドライフルーツとナッツのクッキーを入れてあるんで、それを食べて待っていてください」
都雅は自分が持って来ては寝転ぶ霧夜の顔のすぐ間近に置いてある紙袋を押しつける勢いでさらに近づけると、すくっと立ち上がっては玄関で靴を履いて、元気よく飛び出して行った。
「俺たちにはない溌溂さ。羨ましくはないけど」
目と鼻の先にある紙袋の口に片手を突っ込んで、掴んだ物を手あたり次第に床に置いていった。ひとつふたつみっつと。そうして目当てのクッキーを掴んだ頃には、紙袋の中身の半分が床に乱雑に置かれる状態になってしまっていた。
紙袋に戻さなければ都雅に叱られるだろうなあと思いながらも、面倒だからいいやと放置した霧夜はクッキーが入った紙袋を破って、寝転んだまま食べ始めたのであった。
「うまい」
(2024.10.6)




