弟子
馬車に揺られること二時間、それからさらに一時間歩いて辿り着いたのは、見た目がどこもかしこも今にも崩れ落ちそうなくらいぼろっちい木の家が建つ村里であった。
浅葱はその中で師匠が住む一番ぼろくて小さい家、を素通りして、歩いて、歩いて、村里を通り過ぎて、茨で覆われたところへ辿り着くと、ひょひょいのひょいで茨を飛び越えて、歩いて歩いて、また荊で覆われたところへ辿り着くと、ひょひょいのひょいで茨を飛び越えて、歩いて行くと、竹で作られた庵と小さな庭園に辿り着いた。
「霧夜。薬草をくれ」
「浅葱」
くたびれた風貌、季梨とは違い無精髭が似合い、漆黒の眼帯で片目を覆っている、霧夜と浅葱に呼ばれた男性薬草師は、庵の中の居間で身体を横にしたまま、ぎょろりと目力のある片目を、玄関で立つ浅葱へとぶつけた。
「ぬし。もうここに住め」
「嫌だ」
「何故だ?ぬしは俺を師匠と崇め奉っているだろうが」
「弟子として薬草に関して教えを乞うているが、おまえを崇め奉ったことは一度もない」
「師匠は崇め奉っているくせに、俺は崇め奉らないとほざくのか?」
「師匠も崇め奉ったことはない」
「ぬし。俺と師匠を何だと思っているんだ?」
「薬草の師匠」
「師匠たちを崇め奉らないとはどういう了見だ?」
「俺は崇め奉らない。おまえたちを崇め奉っているやつは他に居る。それでいいだろ。早く薬草をくれ」
「くれと言ってすぐに渡されると思うな」
「渡すだろ。おまえは。史上最悪にして最高の薬草師。目をつぶれないほどの違法行為で、『終夜』を追放、薬草に関するあらゆる事象をすべからく没収。された体で、こんな誰も訪れないような奥深い場所で、薬草を育てることを命じられている」
「命じているから育てているのではない。育てたいから育てているのだ。育てたくなくなったら、すぐにこの荊の牢から飛び出して、次にやりたいことをやる」
「そんな日が来るとは思えないが」
「そうだな。それで。何が原因で、薬草をダメにしたんだ?」
「解界師に全部持って行かれた」
「………なるほど。俺のことが気に喰わないやつがまずはぬしを標的にしたか?」
「知らん。どうでもいい。何度奪われても、何度も育成すればいいだけの話だ。だが、依頼はこなさなければならない。薬草が必要だ。さっさと寄こせ」
「それが薬草の師匠に対する態度か?もっとへりくだれ」
「嫌だ。寄こせ」
「………恋人ができたら少しは愛嬌や尊敬などの可愛げが誕生するかと思いきや。ぬし。ずうっっっと、生意気なままだな」
「都雅に聞いたのか?」
「ここを訪れるのは、ぬしと都雅と師匠と。そうだな。『終夜』の長様くらいだろ。そして、ぬしに恋人ができたと俺にわざわざ知らせるのは、都雅と師匠だけ。さあって。どっちだ?」
「どっちでもいい」
「まったく。本当にかわいくないやつだ。だが。俺と同等に薬草へ焦がれている。そんなぬしがまさか恋人を作るとは。おい。出会いから聞かせろ。すべて聞かせたら、薬草をやる」
「………師匠もおまえも。俺に恋人が居たとしても俺は何も変わらないだろうが。何故そんなに聞きたがるんだ?」
「それはそうだろう。かわいくなくても、かわいい弟子だ。かわいがりたいのだ」
「………俺にはわからん。が。話せば薬草を渡すなら、さっさと話す」
玄関で立っていた浅葱は靴を脱いで居間に上がると、胡坐をかいて、身体を横にしたままの霧夜に恋人である史月との出会いから、淀みなく話し始めるのであった。
(2024.10.4)




