しじ
『払暁』に所属しながらも、『終夜』の本部を好き勝手に歩き回れるのは元より、『終夜』の調査員の報告書を読めるのは、特権のおかげだろう。
雪白は特定の者しか入ることを許されない『終夜』の本部の書庫室にて、浅葱の報告書を読む内に、握り潰しては力づくでこの世から抹消したいほどに、腸が煮えくり返った。
「必ず俺が貴様を、」
「雪白。あなたがさーちゃんを、浅葱を、標的に狙った理由は誰かに指示。されたわけじゃないわよね?」
「誰かに指示されていたとしたら。水美。貴様は、今の俺のように、指示者を無様に地に倒すのか?いや。すべての者を地に倒して、貴様が頂点に立つつもりか?」
水美に二本の瓶に入った水をかけられては、あっけなく地に倒された雪白は、横に倒れていた身体を必死に動かそうとするも痺れていて思うように動かせず、地に落ち着けず腰を下ろした水美を眼球だけで見上げた。
「いいえ。ただの確認。『払暁』は知らないけど。少なくとも、『終夜』がさーちゃんを追放しようなんて、考えないはずだもの」
「水美。貴様はどこまで浅葱を知っている?あいつは。必ず大地に、大水に、大気に、人間に、あらゆる生物に災厄をもたらす。この土地だけではない。この国だけではない。この星すべてを死の星に変える。わかるだろう?」
「いいえ。わからないわ。あなたの考えは、あたしにはわからない。わかりたくない。侵されていると思っているのでしょう?あなたは。いいえ。そうじゃないわ。あたしがさーちゃんに侵されているのなら、あたしはさーちゃんの傍に居ないんだから。侵されていないからこそ、あたしはさーちゃんの傍に居る。意味不明?」
寒気がするほどに美しい微笑を浮かべる水美を見上げていた雪白は、しかし気圧されることなく、美しいと思いながらも意味不明だと返した。
「あいつが師事した薬草師を知っているだろう?すでに『終夜』を追放されてはいるが、薬草に関する事象をすべからく没収されてはいるが、未だに危険視されている薬草師だ。命を奪っていればと。誰もが必ず、近い内に後悔する薬草師。そいつと浅葱は会っているのだぞ」
「だから何?会って、世間話しているだけでしょ。何が問題なの?」
「水美。貴様。正気か?」
「ええ。本当はさーちゃんに狂いたいけど。残念ながら、正気」
「俺には十分、狂っているように見える」
「まあ。何よりも嬉しい言葉だわ」
「………まったく。何故、俺の虜にならなかったのだ?いや。まだ遅くはないな。いつか必ず、貴様を俺の虜にさせてやる。俺が貴様の虜になったように」
「まあ。せいぜい頑張りなさい。あたしは絶対、あなたの虜にはならないけどね。ああ。それと。今度さーちゃんの薬草に手を出したら、さーちゃんに手を出したら。水漬けにするから。生きてはいられるけど、思考を巡らせることはできるけど、身体は自由に動けない」
「貴様の水牢に囚われるなら、それもよし」
「あら。だったら、今叶えてあげましょうか?」
「………いや。惜しいが、俺にもやり続けたいことがある。悪人の成敗。だが。水美。貴様がそこまで浅葱を、善の薬草師だと噛みつくのならば。今日は引いてやる」
水の効果が切れたのか。はたまた、超人的な自分の身体能力のおかげか。
どちらか判別はつかなかったが、痺れから脱却することができた雪白は難なく立ち上がると、懐に入れていた小さな瓢箪を、同じく立ち上がった水美へと手渡した。
「蓋を開ければ、薬草は戻るべきところに戻る」
「そう。返してくれてありがと。処分もできたでしょうに」
「今は、だ。次はわからんぞ」
「ええ」
「停戦の証に熱い握手でも交わすか?」
「絶対に嫌」
にっこり笑う水美に追随するように、雪白は不敵な笑みを浮かべたのであった。
(2024.10.2)




