約束
(ああ。頭がうまく働かない。結界縄を立て続けに出現させ過ぎた。これは。当分。目を覚まさないかも。しれない)
浅葱に背負われて部屋へと連れて行ってもらっている史月は、鈍化する身体の動きと思考の働きを如実に感じながら、けれど、このまま眠ってはいけないと目に力を入れて開き続けた。
嫌な。予感がしたのだ。
もしもこのまま、心身の望むままに眠りに就いてしまったら。
永遠に浅葱に出逢えなくなってしまうような気がして。
「浅葱君」
「常時よりもさらに声に力が入ってない。限界だ。眠っていていい」
「まだ、眠りたくない。話していたい」
「虚勢を張るな。眠れ」
「僕は今度、都雅君に料理を教わろうと思っているよ。君が無意識に呟いているから。食べたい食べたいって。サンドイッチが、クッキーが、ピザが、シチューが、ヤサイズが。ヤサイズって何だい?」
「何だったか。忘れた」
「そうかい。なら、僕が調べて、作って、君に食べてもらうとしようかな」
「史月。恋人になったからと言って、恋人らしいことを無理にしようと考えるな。料理を積極的にしようなんて。ものぐさなんだろ。おまえは」
「そうだよ。僕はものぐさだ。だから。フルコース料理とかは期待しないでくれ。僕は一日に一品を最上限の目標にするよ」
「三日に一品で構わない。あとは、薬草と、都雅の料理と。そうだな。おまえと一緒に総菜を買いに行くか」
「はは。君こそ、無理をしている」
「無理じゃない。そうしてもいいという気になっただけだ」
「それは、光栄の至りだ」
「そう思うなら、早く回復させて、実現させろ。実現させる為に眠れ」
「いやだ。眠りたくない。正直に言えば。あれだけ火傷するかと思っていた、焼死するかと思っていたのに。今は、とても心地いい君に包まれて、眠りに就きたいけど。したくない。君を失いたくない」
「………疲れが頂点に達しているから、悲観的な考えしか思い浮かばないんだ。さっさと眠って回復しろ。約束する。俺はおまえの前から姿を消す時もあるが、必ず戻ってくる」
「姿を消すのは、薬草の調達と薬草の調合の為にかい?」
「ああ」
「どれだけ時間がかかっても、必ずこの家に帰ってくるかい?」
「ああ。この家に居るおまえの元に帰ってくる」
「はは。君も。らしくない。僕も。らしくないけど」
「ああ。そうだな。だが、居心地が悪くもあり、僅かだが、居心地がよくもある」
「うん」
「おやすみ。史月」
「お………やすみ。浅葱君。約束。ぜったい、」
「ああ」
ゆっくりゆっくりと歩いて、家の中に入り、靴を脱いで、廊下を進んで、階段を上り、廊下を進んで、史月の部屋に入り、ベッドに腰をかけて、史月を後ろにゆっくりと倒して、史月の靴を脱がせて、史月をベッドに横たえらせて、史月の部屋から出て、短い廊下を進んで、自分の部屋に入り、布団を持って、短い廊下を進んで、史月の部屋に戻り、史月に自分の布団をかけた。
「約束は守る」
浅葱は史月の靴を持って、部屋を後にした。
「季梨。悪いな。客人を放ったらかしにして」
玄関に史月の靴を置いて、一階の居間に戻って来た浅葱は、食卓の椅子に座っていた季梨に近づくとそう言った。
「そうだよ。僕、空気になっちゃってたよ」
「悪い。今度、酒でも馳走する。史月を頼むな」
「………あのさ。雪白って。あの噂の雪白。だとしたら。さ。浅葱ちゃん」
「悪いな。諸々、あとで説明する。つもりだ」
「それって、なんやかんや有耶無耶にする方向でしょ。うん。まあ。いいよ。浅葱ちゃん。僕は浅葱ちゃんのことをほとんど知らないけど。断言するよ。無罪放免で帰ってくるって」
「………行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい。史月ちゃんのことは任せて」
「ああ」
浅葱はゆっくり季梨に背を向けると、ゆっくり歩き出して、玄関で靴を履いてのち、家を後にしたのであった。
(2024.10.2)




