しめやかに
熱に侵されて、情緒不安定になっているのだろうか。
冷静になっていると感じるのは、ただの勘違いなのだろうか。
面倒だなあ、疲れたなあと、ものぐさな自分がひょっこり現れて、止めちまえと耳元で囁きかける。
解界師の好きにさせることは、浅葱が望んでいることだ。
浅葱の恋人ならば、浅葱の望みを叶えるべきだろうに。
ただ、ぼんやりと解界師がなすことを眺めていればいい。それで、結界が解かれたのなら、その時に対処すればいいだろう。こんなに張り切って事前に対処する必要なんてない。
それとも何か。本当は自分の結界が解かれることが嫌なのに、そんな熱血上等な性質が自分の中に備わっているのが嫌で、浅葱を言い訳に使っているだけか。
いや。それはないなあ。ないない。確かに結界が解かれるのは嫌だが。結界師としての責任を果たせていないなって反省こそすれど、そこまで落胆。したことあるかなどうかな。あるような気もしてきたけど。気のせいな気もする。いや、解かれたからって、悔しいと地団太を踏みやしないし。じゃあ、結界が解かれたからって、今度は解かれないように厳しい修行に乗り出すかといえば、否だと即断できる。
自分の中に、浅葱のような熱はない。
あるとすれば、浅葱がもたらした熱だけしかない。
(それに。今更だろう)
浅葱が望まないと知っていても、すでに多様な職業の人間を結界縄で拘束してきただろう。浅葱の薬草を狙う者を何人も結界縄で拘束してきただろう。
それを、
何を今更、躊躇することがある。
恋人になったからといって、殊更意識しているのが、みえみえである。
(あ~あ~あ~~~。せっかく、力が抜けていたのに。また、力んでいる。らしくない。らしくない)
すぅはぁすぅはぁすぅはぁすぅはぁ。
史月は解界師に聞こえないように深呼吸を繰り返して、力みを散らしてのち、動かない自分を素通りして、浅葱の薬草を守っている自分の結界を解くべく、結界縄を引き千切ろうとしている解界師を拘束するために、強く握っていた灰色の結界縄をやわく持ち直してのち、解界師目がけて結界縄をゆるく放った。
解界師は史月が放った結界縄を片手で勢いよく掴むと、史月ごと引き寄せる勢いで強引に引っ張ったので、史月はあっさりと結界縄を手放した。
解界師は暑苦しく力強い目を、肉体を、魂を、浅葱の薬草から史月へとぶつけた。
「ハッハア!傍観していたので、よほど自分が創った結界に自信があるのかと思いきや、どうやら俺が実力のある解界師だと見切って手を出して来たか!」
「あ~~~もう。そんなに腹の底から叫ばなくても聞こえていますよ。耳の鼓膜が破けるかと思いましたよ。はい。声量を下げて。下げて」
「ハッハア!俺の気迫に畏怖して、声量を下げろと懇願するか!ハハハハハ!敵を前にそんなに弱気でおる貴様の結界など、俺が容易く解いてみせるわ!」
「はあ。そうですね。容易く解かれるかもしれませんね。でも。解かれても、僕はまた結界縄を囲って、守りますよ。君が結界を解く度に、僕は結界を形成します。何度も、何度も、何度も」
「結界を解かれる前に俺を拘束してみせると豪語するくらいの気概を見せんか!」
「豪語はしませんが。そうですね。それができれば一番いいと思います」
ふう。
史月は溜息を出して灰色の結界縄を出現させてのち、おとなしく拘束されてくださいと、解界師にしめやかにお願いした。
(2024.9.29)




