何者か
こんなところでも、ものぐさが発揮しているのか。
はたまた本当に何も感じていないのか。
少しの間、浅葱のベッドに腰をかけて休んでいた史月が立ち上がって、浅葱の部屋を後にして、廊下に出て、向かい合わせの自分の部屋には入らず、階段を下りて一階の居間に行くと、浅葱の腕に腕を絡めた水美を見つけたが、不快になったり、不安になったり、不安定になったり、ヤキモチを焼いたり、といった恋人として発生し得る感情が芽生えることはなかった。
まだ、ぽやりぽやりと頭が正常に働いていないので、感情が芽生えていないだけなのだろうか。
ぽやりぽやり。
ああ確かに、と、史月は思った。
まだ、ぽやりぽやりしている。熱に侵されている。熱に溶かされている。自己の境界線が曖昧になっている。視界では身体の輪郭は明確に保たれているのに、この視覚情報は間違っているのではないかと疑ってしまう。感覚としては、溶かされて、漂って、あやふやになっている気分だった。
それとも、肉体ではないのだろうか。魂とか、心とか、目に見えないが、確かに自分を形成しているそれらの輪郭が曖昧になっているのだろうか。
魂とか、心とかが、熱に侵され、熱に溶かされ、曖昧になっているから、肉体もそうなっているように感じているだけなのだろうか。
溶かされて、流れ落ちて、漂って、小さくなって。
このまま消滅してしまうのだろうか。
それとも、何かが補われてまた元の大きさまで戻るのだろうか。
その時は、自分は自分で居られるのだろうか。
自分ではない、自分ではなりえない何者かになってしまうのだろうか。
例えば。
浅葱みたいに情熱を燃やす人間になるとか。
季梨みたいに器用に何でもこなす人間になるとか。
都雅みたいに誰とでも真摯に向き合う人間になるとか。
(………はああああ。らしくない。なあ)
「あらあら。づーちゃん。あたしたちのラブラブっぷりを見て、僕は恋人として相応しくないなって意気消沈しちゃったのかしら?」
「いえ。浅葱君がとてもかわいいなって見惚れてました」
ぱちぱちぱちぱち。
水美は素早く瞬きをして、あらあらと言ってのち、やおら妖艶な笑みを克明に浮かべた。
「宣戦布告?」
「まあ。どうとでもとってください」
「あらあらあ~ららら。ふふ。へええ。面白いわ。それでこそ、あたしのライバルよ」
「お褒めに預かり光栄です」
「ふふふふふふ」
「………」
何やら盛り上がっているなあ邪魔しちゃ悪いかなあと思いながらも、浅葱は史月が現れたことによって中断していた薬草の話をすべく、水美に声をかけるのであった。
(2024.9.28)




