供給過多
「こんな感じでまずはお願いします」
「こんな感じ」
ちょこんと。
浅葱は自分の手の甲に触れてきた史月の人差し指と中指を見て、史月の言葉を反芻した結果、こんな感じがどういう意味なのかわからなかったので尋ねた。
「いえ、僕も自分で言いましたが、疑問に思いました。こんな感じって、どんな感じなんだって」
言葉を途切れさせた史月は、浅葱の手の甲に触れている人差し指と中指はそのままに、もう一方の人差し指を下唇を僅かに持ち上げるように添えてのち、言葉を紡いだ。
「浅葱君。君は言ったね。『もっと俺に触れたいと思っているのだろう。俺に触れられたいと思っているのだろう』と。その通りだと思ったけど。実際に、君に僕の両頬を触れられて。僕が君の手に触れて。僕は正直、いっぱいいっぱいだった。供給過多だ」
「だからまずは、指二本分の触れ合いから始めようってことか?」
「多分、そう言うことだと思います」
「もしかしたら、ずっと、指二本分の触れ合いになるかもしれないのか?」
「もしかしたら、その可能性もあるかもしれない」
「そうか。わかった。なんとなく。お互いに慣れていないしな………いや。おまえは、交際したことはあるのか?」
「ないよ。君は?」
「ない」
「じゃあ、お互いに初めて同士。少しずつ。でいいんじゃないかな?」
「そうだな。少しずつ………日に一度は、指二本分の触れ合いをするか?」
「………指二本でも、供給過多かもしれない」
「史月。おまえ。顔が真っ赤だぞ」
「君はいつも通りの肌色だね」
「照れてはいるが」
「顔に出ないんだね」
「そうみたいだな」
「薬草に関することだったら、いっぱい顔に出るのにね」
「薬草師だからな」
「うん。そうだね。君は薬草師。僕の恋人は、薬草師だ」
「俺は一階に下りるが、史月はどうする?このまま俺の部屋で休んでいってもいいし、自分の部屋で休んでいってもいいぞ。疲れたんだろう?」
史月は浅葱の手の甲から人差し指と中指を、自分の下唇から人差し指をゆっくりと退かせると、腰をかけているベッドに両の手を置いた。
浅葱が言ったように、途轍もなく疲れた。正直このまま横になって眠りに就きたかった。
「君も慣れないことをしただろうに、どうして疲れを見せずにいられるんだい?」
「確かに、慣れないことはしたが。疲れは。おまえほどは感じていないな。鍛え方が違うんじゃないか?」
「確かに、君は心身共にとても丈夫だ」
「おまえは、身体は軟弱そうだが、心は丈夫そうだ」
「うん。その通り。だから。僕は自分の部屋で休むよ」
「俺のベッドだと供給過多か?」
「そうだよ」
「そうか。なら、共寝はまだまだ先だな」
「………浅葱君。ちょっと口を閉じていてくれないか?今の僕にとって、君が話すことなすことすべてが供給過多で、僕は熱に侵されて倒れそうだ」
「ああ。わかった」
浅葱は史月のお願いを聞いて口を閉じると、さっさと自分の部屋から出て行った。
史月もまたさっさと浅葱の部屋から出て行こうとしたが、身体に力が入らなかったので、少しの間、浅葱のベッドに腰をかけたままなのであった。
「ああ、まさか、こんなことになるなんて。思いもしなかった」
(2024.9.28)




