お願い
これが、惚れた弱みと言うのか。それとも、嫌われたくないという恐れと言うのか。はたまた、ぽやりぽやりと夢心地に浸っていて頭が平常運転していないからか。
史月は交際することになった二人のこれからについて話したいと思っていたのだが。
話は済んだと言わんばかりに、早々にベッドから腰を上げて部屋から出て行こうとする浅葱を呼び止めることができず、ただぼんやりと黙って見ることしかできなかった。
浅葱が不意に立ち止まって、くるりと振り返って、まっすぐ歩き、また、ベッドに腰をかけたままの史月の隣に座った時も、である。
すまなかった。浅葱はまた謝罪した。
水美に交際できるチャンスを与えるのを止めてくれるのだろうか。
ぽやりぽやり。
史月はそう思ったが、違った。
水美のことではなかった。
すまなかった。浅葱は、三度目の謝罪を口にした。
「俺は思考も肉体も魂も薬草で占められている。おまえに交際を申し込まれて、了承して、付き合うことになって、おまえのことを考えるべきだと、思っていたのに。都雅に咎められたばかりだったのに、俺は、もう、薬草のことしか考えていなかった。俺は、付き合う人間として適していない。断言できる。おまえは、本当に、俺でいいのか?」
「それを、何故、僕が交際を申し込んだ時に、確認しなかったのかい?」
ぽやりぽやり。足元も思考もふわふわしたまま、ただ思いついた疑問を、史月はゆっくりと尋ねた。
本当だな。
浅葱は史月に言われて初めて気づいた。
そうだ。自分が交際相手として適さないことなど、水美の時に痛感していただろうに。
史月が尋ねたように、何故、交際を申し込まれた時に、確認しなかったのか。
(確認して、それもそうだと、納得した史月に断られるのが、交際の申し出をなかったことにされるのが、嫌、だったの、か?いや。単にその時に確認することを思いつかなかっただけ。か)
「どうせ。薬草のことを考えていて、その確認すら忘れていたんだろう?今になって、思いついたんだろう?」
「すまなかった」
「いや。謝罪は………不要だと。言おうとしたが。止めた。君の言葉を。聞きたい。僕の言葉を聞いてほしい。僕は、君が薬草のことばかり考えているのを知っている。まだ、ほんの僅かだろうが、知っている。ほんの僅かだから、交際していく中で、もっと、君のことを知っていって、もしかしたら、幻滅したり、拒否したりするかもしれない。耐えられなくなって、交際を止めたいと君に訴えるかもしれない。でも、今は、今の僕も。交際を申し込んだ時の僕も、君に確認してもらっても、交際を取り止めなかった」
「………そうか。ああ。うん。交際を止めたい時は、言ってくれ」
カッチン。
ぽやりぽやりと、すべてが柔らかくなっているはずの頭の中で、どうしてか、硬い物と硬い物が軽くぶつかった時のような音がした。
知っていたはずだ。浅葱が自分に執着していないことくらい。知っていたはずだろう。
だからこんなにも容易く、交際を止めたい時は言ってくれ、などと、言えるのだ。
実質、今日が交際を始めた日にも拘らず、だ。
交際を始めた日に、もう、交際を止めた時のことなど口にできるだろうか。
否、口にできないだろう。
交際を始めたばかりなのだから、もうちょっと、
(わかっている。知っているさ。浅葱君はきっと、ほんの気まぐれで、僕と交際してくれるんだ。僕が好きとか嫌いとか、そんな恋愛感情なんて、これっぽっちもなくて。僕に、関心なんか、なくて………いや。いいや。卑屈になるな)
本当に興味がなかったら、きっぱりはっきり、浅葱は自分のこの想いを切り捨てにかかる。
けれど、そうはしなかった。
ほんの僅かでも、興味があるのだ。だから。
(僕だって。好きとか、嫌いとか。考えたことはないだろう。ただ、)
ただ、触れたかった。
「浅葱君。僕を、見てくれないか?」
史月は視線を壁に向けるばかりで、隣に座る自分を見てくれない浅葱へ、そうお願いした。
(2024.9.25)




