ぽやりぽやり
あのさ。
何か夢を見たような気がしたが、内容をさっぱり覚えていない史月が朝起きた時、先に目を覚まして、ベッドの端に腰をかけて史月に向かい合っていた季梨は、いつもと変わらない軽やかな口調で尋ねた。
泣いていたけど、嫌な夢でも見たの。
浅葱の家にて。
宿泊のお礼にと季梨が朝食に作ったフレンチトーストを食べ終えて少しして、来訪者が現れたのだが。
(………これは、予想外。と、言うべき。なのか?)
「初めまして。あたしは薬水師の水美って言います。浅葱ちゃん。愛称、さーちゃんにぞっこんなので、五年間、さーちゃんにほどよく付き纏って、あなたからさーちゃんを奪う予定なのでよろしくね」
「おい。水美。俺が先に史月に了承を得るという話だっただろ」
「ええ。だから、づーちゃんが帰ってきてから、私は姿を見せないで、先に話す時間をあげたでしょ」
「おまえ。もしかして、ずっと俺たちの動向を見張っているのか?」
「いやあねえ。そんな時間を無駄にすることなんてしないわよ」
うふふふふふ。
妖艶と言うべきか。愛くるしいと言うべきか。
上品に笑う水美と、水美に腕を組まれながらも拒むことなく享受している浅葱を黙って凝視していた史月。あ、やっぱり、浅葱と交際するなんて現実の出来事ではなく、夢の中だけだったのか、いや、これから五年の間に浅葱を奪うと言っているのでやはり交際しているのかとぼんやり思っていると、水美にこれでもかと顔を近づけられたので、思わずのけ反って距離を取ってしまった。
「づーちゃん。恋のライバルを前にぼんやりするだなんて。いい度胸ね。ふふ。交際しているからって余裕をかましているのかしら」
「づーちゃん?僕のことですか?」
「そう。しづきのづーちゃん」
「はあ」
「あらあら。交際が始まったばかりで、もう恋のライバルが現れて、困惑しているのかしら?この現実が受け入れられないのかしら?だめよだめだめ。現実だって、いつ思いもしないことが起こるなんてわからないんだから、油断しちゃだめよ。さーちゃんをあたしに奪われたくないならね」
「はあ」
「おい。水美。史月と二人で話したいから、少し席を外す。すまないな。季梨」
「もう、しょうがないわね」
浅葱は腕を解いてくれた水美から離れて史月の隣に立ち、浅葱、水美、史月の三人から少し離れたところから見守っていた季梨に話しかけた。
いえいえ気にしないでくださいと言ってくれる季梨に、手を小さく上げて礼を述べると、浅葱は史月と共に階段を上って、二階の浅葱の部屋へと向かった。
初めて、ではないだろうか。浅葱の自室の中を見るのも、入るのも。
未だ、足元がふわふわしている史月は、浅葱に勧められるまま、浅葱のベッドに腰をかけた。史月と横に並んでベッドに座る形を取った浅葱は、すまなかったと謝罪を口にした。
「すぐに水美のことを話すべきだったが。水美の存在をすっかり忘れていて、話すのが遅くなった。水美の言ったように、あいつは俺に付き合えないと言われても諦められない、五年間チャンスをくれと言ったので、俺は了承した。だが、おまえが嫌だと言うなら、了承を取り消すつもりだ。どうする?」
いやそこは了承すべきではないだろう、チャンスなんて与えるべきではないだろう、僕と交際しているのだから。
ぽやりぽやり。
史月は思ったが、口には出さず、了承すると言った。
ぽやりぽやり。
(2024.9.24)




