師匠
馬車に揺られること二時間、それからさらに一時間歩いて辿り着いたのは、見た目がどこもかしこも今にも崩れ落ちそうなくらいぼろっちい木の家が建つ村里であった。
浅葱はその中で一番ぼろくて小さい家に入っていった。
浅葱に薬草の調合を依頼したのは、その家で一人暮らしをしている、丸くて黒いサングラスをかけ、灰色の長い髪を一つに結んで前に流し、一見すれば頼りなく見えながらも実際は、長年生きてきた樹木のように貫禄のある身体つきのご高齢の女性、師匠であり、浅葱の育ての親でもあった。
植物の病を治す添木師の職を持つ師匠は、本来は違う名であったのだが、浅葱に師匠と呼ばれたくて改名したのである。
「何か悩みでもあるのかい?」
木の根で支えられている歪な丸の食卓にお茶を置いて、背もたれのない丸い椅子に座るように促された浅葱は少ない荷物を椅子の傍に置いて腰を下ろし、お茶を全部飲み干してから、左斜めに座る師匠を見た。
「空が灼かれて、土は流れて、海がごちゃごちゃになっている。まだ影響らしい影響はないが、薬草の調合方法を変えないと、効果が発揮できなくなる」
「ふーん。寿命か、生まれ変わりかね」
「さあ。どっちでも構わない。目の前にある薬草でどうにかするさ」
「頼もしいじゃないか」
「茶化さないでくれ」
「いやいや。鼻が高いのさ。村の皆からも褒め称えられているからね。お宅の浅葱のおかげで健康体で居られるって」
「それよりも師匠の護っている植物のおかげだねって続くんだろうどうせ」
「そりゃあそうさ。私が優しく見守り続けている植物があってこそのあんただろうが」
「はいはい。じゃあ、師匠の呪いがかかっている植物たちのところに行ってくる」
「浅葱」
話している最中に注がれたお茶を全部飲み干してから立ち上がり、いそいそと師匠が世話をしている植物たちに会いに行こうとすると、名前を呼ばれたので立ち止まった。
「何だ?」
「他にも悩みがあったら、この優しい師匠が相談に乗ってやるからね」
「だったら俺をあっと驚かせる薬草の調合方法を考えといてくれ」
言うや、さっさと立ち去る浅葱に、かわいくないと鼻の頭に皺を作った師匠は、しかし、次には微笑を零したのであった。
(2021.10.10)




