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結局は負け

作者: ゆべ白石

また負けた。

やっとの思いで転職に成功し、10月から勤めていた物流関係の仕事を1か月でやめた。やめることになってしまったのだった。


両親とはもう数年連絡をとっていない。ずっと独り身で、ときどきハローワークに足を運んでは、そのたびに逃げるようにそこを後にし、そうやって逃げ続けてきた。

俺の人生はいつもそうだ。やけくそになって酒を飲もうにも、俺は酒を飲むとすぐ気持ちが悪くなってしまうので飲めない。肺も弱いからタバコも吸えない。ストレスはいつも山登りで発散していた。


幼いころに父親の会社が倒産し、家計を立て直すのに苦労する両親の姿を見て育ったおかげで、金がいかに大事であるかというのは痛いほどわかっている。だから、ギャンブルには手を出していない。

逆に言えば、ギャンブルに手を出していないことぐらいしか俺には誇れるものがない。ギャンブルに手を出していない人などごまんといるのだから、俺は本当に価値がないんだなとつくづく思う。


失業した11月。山登りにはいい季節だった。

大丈夫だ。金はまだある。ニートがする言い方でもないが、せっかくなのだから出かけてみることにした。


人の少ない平日の昼間、箱根に聳える山々の小指ほどの距離を歩く俺。

選んだコースが穴場だったのか、人の声どころか姿すら見かけない。誇れるほどのものではないが、山を歩くのには少しだけ自信がある。


足を動かすたび、登山靴がまだ落ち葉の残る土を踏んでいく。これが山だ。俺の知っている山だ。


山は静かだった。鳥のさえずりが、生い茂る木々にこだまして、雄大な大自然に吸い込まれていく。俺の吐息など無いも同然だった。

どこまでも続いていくような登山道。途中に小さな滝があった。俺はしばらく立ち止まって、永遠に止まることのないその滝の音を、小高い石の上に腰かけて聴いていた。


俺は昔から不器用だった。中学生まで靴紐がまともに結べなかった。やめたばかりの物流の仕事も、作業が遅い、要領が悪い、お前には何ができるんだと言われ、嫌になって逃げるようにやめた。生物が生み出す多様性というのは、それ即ち不平等なのであり、嘆いても嘆いても仕方のないことだった。元から不平等な人間は、いつしか平等を求めるようになったが、人間が作り出したのは平等な世界ではなく、存在価値が認められる最低ラインがあるだけの世界だった。

俺はそんな現代社会にたまたま馴染めなかったんだ。ただそれだけのことだ。


そんな俺のことなどどうでもよさそうに、滝は清流を池に注ぎ続けている。丸く磨かれた石は水滴をまとい、そよ風に揺られる木々に向かい、反射する太陽の光を打ち付けている。ほとんどの木はすでに葉を落としてしまっていた。次の春まで、自然みなぎる深緑の世界は絶対に訪れない。


俺の人生は、永遠に葉をつけない不毛の木々に等しかった。


途中で昼食を兼ねた休憩をはさみ、その後も山を歩き続けていた。

時刻は午後3時。少し開けた場所に出た。こんなところがあったのか。

荷物を下ろし、地面に座って空を仰いだ。

もう11月。太陽がもうすぐ傾きだす頃だった。


風が吹き、周りの木々が共鳴する。

この木々たちは、みんなこの大自然の世界に馴染めているわけか。




気がつくと俺は涙を流していた。

泣いている理由はもうわかっている。

理由がわかっているところで涙は止まってはくれない。

俺はとり憑かれたようにリュックを開け、2年前に買ってそのまま放置していたロープを取り出していた。


ああ、本当にいいだろうのか。

でもそんなことはわかったものではない。やろう。本当はこれをやるために、今日山に登ってきたんだ。自分でもそれはどこかで分かっていたことだろう。


もう俺がこれ以上生きていたって無駄なんだ。この山に吸い込まれていけるなら本望だ。次の人生はもっと器用な人間に生まれたいものだ。


ひときわ大きく太い木が、その枝を地上に向かって垂らしていた。まるでいらっしゃいと招き入れているかのように思えた。


無心でロープを括り付けた。持ってきた折り畳み式の椅子に乗り、首をかけ、椅子を蹴り飛ばした。

首に痛みを感じながら、意識は徐々に遠のいていった。




...父さんと母さん、元気にしてるかな。





俺、ここまでがんばったよ。






結局は負けだ。







ごめんな。








この度初めて小説を執筆しました。


この世の不条理さ、生きづらさ。

ロープ1本で簡単に死んでしまう人間の脆さ。

残酷で馴染めなかった人間社会から逃げ、心を動かされるような大自然に自ら吸い込まれんとする主人公と、実はピュアなそのこころを表現してみたかったのですがどうでしょうか。

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