表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

彼岸のカフカ

作者: くらむ

 この崖は自殺スポットとされていた。

 が、あまり有名な自殺スポットではない。

 もっとも、<有名な自殺スポット>などというものがあったとした場合、みんなが気をつけるので、自殺することは難しくなる。

 ここに14歳の少年がやってきた。

 思いつめた表情で。

 崖の下を見下ろす。

 するとそこには町が見えた。

 ……町?

 少年は目をこすった。

 この下に、町があるはずがないのに。

 それも、赤い灯のたくさん灯った、にぎやかな町。

 この前ここを調べにきた時には、町なんてなかったのに。

 それでも少年は、それをおかしいことだとは思わなかった。

 きっとこれは、死を目前に控えた者だけが見ることができる、この世界の、本当のリアリティのようなものなのだろう、と。

 背後から足音。

 少年は振り向いた。

 そこには清潔な身なりをした、背筋もちゃんと伸びている老人がいた。

「自殺かな」

 と、老人はしわがれた声で言った。

「いいえ違います」

 と少年は答える(こう言って、安心させてやり過ごそうと思った)。

「あははあはは、自殺する人はみんなそう言うよ。しない人が、冗談で『はいそうです』って言うものなんだよ」

「本当に違うんですってば!」 

 老人はにっこり笑って、

「おいで、自殺してもしなくても、どっちでもいいのさ」

 と、そのまま少年を通り過ぎて、そのまま崖の方へと進んだ。

「危ない!」

 と少年は、さっきまで自分が死のうとしていたくせに、手を伸ばして老人の腕を掴もうとした。

 が、老人が何か、特殊な武術のようなものを使ったので、すり抜けてしまう。

 少年は崖の下を見下ろした。

 そしたら。

「どういうことだ? さっきまでここに階段なんてなかったのに?」

 そう、老人はいつの間にか出現していた階段を使って、下にある町の方へと降りていくのである。

 少年は老人を追いかけた。

 階段は幻覚などではなく、ちゃんと足で踏んで、降りていくことができるようである。

 きっとこれは、死を目前に控えた者だけが見ることができる、この世界の、本当のリアリティのようなものなのだろう。少年は再びそう思った。

「君、名前は?」

 と老人が言った。

「カフカです」

 と少年は思いついた名前でパッと答えた。

 村上春樹。

「カフカ君か。贅沢なだねえ。今日からお前は、『カ』だ」 

「……え?」

「冗談だよ。いい名だ」

「おじいさんのような人でも、『千と千尋の神隠し』を見るんですねえ!」

 町へ出た。

 老人は言った。

「おめでとう、君は死んだよ」

「生きてますが?」

「死んだよ」

 とにっこりと笑って、そのまま役所のようなところへ案内された。 

 そこで書類のようなものを渡されて、少年はそれに書けることだけ記入した。

 つまりロクに記入されてない。

 それを受け付けの女性に渡すと、なんとそれが何かに通ったらしく、そのまま再び外に出て、どこかに案内された。

 小さなアパートにたどり着いた。

「今日からここに住んでもらいます」

 少年は与えられた部屋のベッドの上でじーっと横たわっていた。

 なんだろう、ここは死者の町なのだろうか……なんて考えながら。

 ゴキブリが天井をはっていくのをぼーっと眺める。

 それが突然、顔面に落ちてきたので、

「ぎゃあ!」

 と少年は叫ぶ。

 そのままドタバタとゴキブリとの戦闘が開始された。

 そこに、

「ちょっとうるさいよ!?」

 と隣の部屋から来たらしい女の子が、勝手にドアを開けて少年に言った。

「って、Kくん?」

 と女の子は気づいて言った。

「……Y」

 と少年は言った。 

 彼女は去年死んだはずのクラスメートだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ