第19話 雨目空の憂鬱【完結】
「――――というのが、僕が思い出した全部、ですけど……」
「………………」
あの施設が壊滅してから、2日が経っていた。
雨目の事務所は一応爆破の襲撃を受けた事件現場なので、警察の実況見分が終わるまでの間はリサの家に泊まらせてもらっている。
…………というより、入院と表現した方が良いのかもしれない。
事件の翌日は雨目もミコルもクタクタで、気絶するように1日中眠っていた。
2日目にようやくベッドから起き出して、リサの治療を受けつつ1階奥のリビングで食事をして、そういえば蘇ったミコルの記憶とはどんなものだったのかという話題になり、ミコルは思い出せる限りのことを語った……のだが、
「ああぁぁ…………」
話の途中から雨目の顔色がみるみる変わり、最終的には魂の抜け殻のように放心してしまった。
「ヤラレタ…………いいように転がされた」
ブツブツと、恨み言を呟いている。
「……あいつは、私より何歩も先を行っていたんだ!」
「それってもしかして、ボクが先週ソラから電話で叩き起こされて用意した超激辛マイクロカプセル薬と、何か関係あるのかい?」
食後のお茶を啜っていたリサが、いじける雨目の頬をつつきながら訊く。
超激辛マイクロカプセル薬。
聞いただけで胡散臭いアイテムだが、ミコルには心当たりがあった。
「あ、それってソラさんとナイトウさんが精神操作を解くのに使ってた……」
「……ああ。周囲の状況やミコルの傷が治る順番から、キミが何らかの精神操作を受けて、それを『痛み』もしくは『負傷』によって解除したと予測してね。犯人と対峙した際の対策の一つとして、キミを連れ帰ってすぐにリサに発注をかけたんだ。それから半日も経たずに、キミの服と一緒に持ってきてくれたのは流石、超A級の万能医師だよ。実際の効果も抜群だったしな」
「だからあの日のリサさん、凄く眠そうだったんですね」
「ああ。実は今、キミの奥歯にも仕込まれている」
「え」
そういえば最初の診察のとき、リサが診察で使っていた舌圧子という医療器具の棒が、ミコルの歯に不自然に接触したことがあった。
もしかすると、あのとき…………
「そうそう! 大変だったんだぞ~! 電話を受けて半日もせずにアレを作り上げた、ボクの苦労話を聞いてくれよ。まずは『遠隔操作でカプセルが溶解するように』なんて意味不明な注文を受けてだな――――」
これは長くなりそうだ。と思ったとき、
プルルルル、と。
診療所の固定電話が、鳴り響いた。
「むっ! 今日は休診日なんだけどなぁ。まったくどこの誰がぶつぶつ」
(……助かった)
リサが苦労話を中断して、電話を取りに立ち上がる。
「もしもし? ぅえ声でかっ……ああ、ケーサツの? ナイトウさん? はいはい。ソラなら居るよ……ソラー! はい。代われってさ」
足を怪我している雨目のために、リサが子機を持ってきた。
「む……」
雨目はぶすっとしたままそれをを受け取り、
「雨目だ………………ああ。うむ。だろうな……いや、意外ではないさ。ああ。また今度」
短い通話を終えると、雨目は子機をリサに渡して、
「あぁー…………」
呻きながら、天井を仰いだ。
「あの、どうしたんですか?」
「……ナイトウ警部補からの報告だ。ついさっき、例の施設の調査があらかた終わったらしい」
「そ、それで」
「結果から言おう。チェルミーナの遺体は、見つからなかった」
「っ!」
「さらに、あの大量の死体があった部屋だが……あそこには、別の出入り口が隠されていたらしい。その通路の途中には、外された魔封手錠と、脱ぎ捨てられた薄型の防弾服があったそうだ。ご丁寧に、血糊の付いたものが、な」
「防弾、服……」
「さらに、さらに……警察の方で保管してもらっていたチェルミーナの魔法カタログだが……あれは通常、持ち主が死亡した場合、24時間以内に自動消滅するが」
長い溜息をついて、雨目は肩を竦めた。
「40時間以上経った今でも、まだ消えていないらしい」
「そ、それって……つまり!」
「……さて、これだけ材料が揃っていれば、推理は簡単だろう?」
「は、はい……はい!」
「あれあれ? ミコルくん、声が震えているね」
リサに言われて、ミコルは目元を袖で拭った。
「え、あ。ごめんなさい。ちょっと……僕もよく分からないんですけど」
「……私も泣きたい」
雨目は今にも気絶しそうな顔で、机に突っ伏した。
「ぜーんぶ、知られてたんだ……ミコルの魔法単語のことも……私が自殺の精神操作への対抗手段を見つけることも……チェルミーナの正体を突き止めることも…………恐らくは、ミコルやあの子供達が、無力化したチェルミーナのどこを撃つかだけは本当の賭けだったんだろうが、それもまんまと防弾服の所へ撃たせた…………あーぁ……今頃どっかで、ほくそ笑んでるんだろうなあ…………」
「よーしよし」
その頭を、リサがぽんぽんと叩く。
「………………ドヤ顔でアイツに推理を披露した自分を殴りたい」
「まあまあ、死んだと思っていた元友達が、生きているんだろう? それ自体は、良いことなんじゃないのかい?」
「それは、まあ、私も少し安心したというか悔しいというか嬉しいというかもごもご」
「はははー。素直じゃないねえ」
「おいペシペシするな」
「逃がしてしまったら、また捕まえれば良いじゃないか。あと2週間も安静にしていれば、完全復帰できるぞ……頼もしい助手もできたようだしね」
雨目が顔を上げて、ミコルを見る。
「しかし、本当にこのまま私の助手を続けるということで、良いのか?」
「はい。もし迷惑でなければ……ですけど」
「私にとってはありがたい話だが、キミはもう自由なんだぞ。しかもまだ若いのだし、まずは学校に通うのが良いんじゃないのか?」
「うーん。まあそれは、そのうち……ということで」
「そうか……それじゃあ、まあ……これからも、よろしく頼むよ、ミコル」
「はい! よろしくお願いします! ソラさん」
「……犯罪者に良いように使われる情けない探偵だが……よろしく」
「まだいじけてるー! このっこのっ」
「あっ、やめっ、ツンツンするなっ!」
「あははははっ」
「ミコルも! 笑うなーっ!」
――――そして、2週間後。
「……帰ってきたな」
「……帰ってきましたね」
怪我が完治した雨目と、自分の魔法でとっくに元気になっていたミコルは、爆破されてボロボロになった事務所の前で、呆然と立ち尽くしていた。
「しかしまさか『事務所の修繕費を全額負担して欲しい』なんて願いを都市長にしてくれるとはな。何か自分の事を願えば良かったのに」
「いや……ちゃんと自分の事、ですよ」
「んん? どういうことだ?」
首を傾げる雨目の横で、ミコルは笑みを広げた。
この荒れ放題の事務所を元に戻すのは、なかなかやりがいがありそうだ。
しかも都市長のおかげで、予算を気にせずに全力を出せる。
――――うずうず。
ミコルは、これから自分の手で綺麗に戻っていくであろう事務所を見上げて、心を躍らせた。




