第17話 脱出
警告音の鳴り響く施設を、必死に駆ける。
廊下を奥に進んだ先には、雨目が言っていた通り、車両が通れるような搬入通路があり、2台のパトカーが停まっていた。
「他のガキ共はもう外に逃がしてある! あとは俺らだけだ!」
ナイトウが、パトカーの鍵を雨目に放る。
「お前らはそっちの車を使え! 俺はこっちでこいつらを乗せる!」
「分かった!」
「そ、ソラさん! その脚じゃ運転もキツイんじゃ――」
チェルミーナの弾丸で足を負傷していた雨目は、ここまでミコルの肩を借りながらようやく辿り着いたようなものだった。
「大丈夫だ! 運転は得意でね!」
心配を余所にミコルは助手席に詰め込まれ、雨目は運転席に座った。
「よし。時間が無い。飛ばすぞ」
鍵を差し込んで回すと、フォォォン! と高性能のガソリン式エンジンが唸る。
「これは相当弄ってるな。さすがナイトウ警部補。イイものを用意してくれる」
魔法とハイテク科学が横行するこの時代にも関わらずマニュアル式の車のハンドルを、雨目は嬉しそうに撫でた。
前に伸びる搬入路は、かなり長い。
脱走防止のためにあえてシンプルな造りにしているのか、カーブや曲がり角が無いのが幸いだ。
道路の幅員も15mはあるので、かなり余裕がある。
だが、
「ソラさん! 警報が鳴り始めてからもうすぐ10分です!」
「ギリギリだな! シートベルトを締めろ! ベタ踏みで行くぞ!」
雨目とナイトウがちらりと視線を交わし、2台のパトカーは同時に発車した。
その凄まじい加速に、背中がシートに押し付けられる。
雨目はエンジンの回転数を上げ、クラッチとレバーを操作してギアを繋げる。
それを何度か繰り返して、かなりスピードが乗ってきた。
純正品ではないであろうスピードメーターの針は、時速280km超を指している。
はるか先に見えていた出口の小さな光が、だんだんと近くなってはくるが――――
ミコルはサイドミラーに違和感を覚えて、後ろを振り返った。
――――炎だ。
搬入路いっぱいに広がった豪炎が、2台のパトカーへ迫っていた。
「ソラさん後ろっ! 施設の『焼却』が始まりましたっ!」
「むうっ! ブラフの可能性も少し考えていたが、そう甘くはなかったか!」
雨目はギアを最大まで入れると、バックミラーで炎を確認する。
「出口まであと30秒程度……炎に追いつかれるのも同じくらいくらい……か」
「えっと……つまり」
「出口を通過しても減速しない! 衝撃に備えて捕まっていろ!」
「うあわ了解っ!」
「あと5秒熱っ!」
「熱っっっっ!?」
すぐ後ろで燃え盛る炎が、眩しい。
その熱やら恐怖やらで額からは汗が吹き出し、鼻を伝って顎に落ちる。
そして、
2台のパトカーは同時に、搬入路の出口から飛び出した。
よりによって出口直前の道がジャンプ台のように上りの勾配がついていたため、時速300kmで飛び出した車体は数秒飛翔し――――
――――すぐに落下を始めた。
慣性により内臓がぐいと引っ張られて、横隔膜が悲鳴を上げる。
(やばいやばいやばいやばいやばいやば――――)
しかも、
「――――ひぃ」
フロントガラスの先に見える景色は、落差100mはあろうかという滝壺だった。
施設の『搬入口』は、こんな断崖絶壁の場所にあったのだ。
確かにこんな誰も寄り付かないような危ない所だったからこそ、巧妙に隠し通すことができたのかもしれない。
「そ、ソラさん。これって」
「……ああ。とても高いな」
こんな高さから車ごとダイブしたら、いくら下が水といえど即死だろう。
[戻]のあるミコルはともかく、雨目の命は絶望的だ。
「ぼぼぼ僕は魔法で[戻]れますからっ! 僕をクッション替わりにしてくださいっ!」
ミコルは慌てて身を乗り出し、雨目の頭を自分の胸に抱え込もうとするが、
「あっ、シートベルトが! ぬぐぐ外れない」
こんな時に、手が震えてなかなか思うように動けない。
ミコルは絶望感を覚えながら、必死にもがくが、
「くっ……ふふ、あははははははっ!」
雨目は、それを見て楽しそうに笑った。
「そそそソラさんっ? 頭でもおかしくなっちゃったんですかっ!?」
「いや。必死に私を守ろうとしてくれるキミが、可愛くてね」
「かか可愛いって! こんな時に何を!? 何もしないと、死ぬんですよ!? 今まさに落ちてる途中で――――」
言いながら、ミコルは一瞬混乱した。
「――――あれ? そういえば、もうとっくに下に落ちてるはずなのに」
そんなミコルをニヤニヤと観察しながら、雨目がフロントガラスの外を顎でしゃくった。
「見ろ。氷の道だ」
「え」
言われて正面に目を向けると、確かに前方には、重厚でどっしりとした氷の道路が、大きなカーブを描いて続いていた。
「ええーっ!?」
慌ててサイドミラーを確認すると、後方にはナイトウの運転する車が続いていた。
「た、助かった……んですか?」
「もちろんだとも」
「でででも、こんな凄い道を一瞬でなんて……一体誰が……?」
「出口から飛び出したとき、一瞬だが都市長の姿が見えた。十中八九、彼のおかげだろうな」
「と、とと都市長が……」
「彼の魔法単語は[水]…………キミのと同じくらい引き当てるのが難しい、激レア魔法だ。しかもその魔力配分は『操作』に95%という変態仕様だから、こんなことは朝飯前だろうな…………まったく、本当に来てくれるとは……助かったよ」
「そう……ですか………………ふううううっ……何か、凄く長い1日でしたね」
「だから言ったろう? 帰ったらシャワーを浴びて美味いものを食べて、ゆっくり眠ろう」
「でも事務所、手榴弾何個も投げ込まれて、たぶんボロボロですよ」
「…………」
そうして、2台の車は宙に浮く氷の道を辿り、飛び出した搬入口付近へと無事に戻った。
搬入口には大量の水によって消火された跡があり、びっしょりと濡れている。
付近には大型のトラックやバンやパトカーが停まっており、重装備の特殊部隊が忙しなく駆け回っていた。
その中で、異質な男が1人居た。
高級スーツに身を包んだ、体格の良い中年男性だ。
彼はミコル達に気づくと、破顔して歩み寄ってきた。
「やあ皆さん……見たところ怪我だらけのようだけれど、大丈夫かな?」
都市長の、ウィリアム・リバーフォールである。
「都市長。貴重な魔法を私達のために使っていただき、感謝します」
雨目は畏まって頭を下げたが、都市長はにこやかに手で制した。
「いやいや。気にすることはないさ」
「おう。助かったぜウィル……いや、都市長さんよ」
冷や汗を拭ったナイトウが、にかりと笑う。
「イワちゃんは特に、助けてあげないとね。無茶ばかりするから……ねえ、雨目くん?」
「ええ。全くですね」
「いや今回俺に無茶させたの、お前だからな? ソラ!」
「ははは何のことやら」
「てめえ! 俺はもう少しで、自分をぶっ殺しちまうとこだったんだぞおい!」
「ふむ。イワちゃんが囮にでもなったのかい? 何だか、面白そうな話だね」
「今度、教えて差し上げましょう。都市長殿」
「ああ、それは是非。それと……」
都市長がミコルの前に来て膝を曲げ、視線の高さを合わせた。
「お疲れ様。キミは確か……ミコル君、だったね? まさかとは思っていたが、やはりキミも、ここの被害者だったか」
「あ、は、はい。あの、この度は助けていただいて、ええと……」
「いや。私の方こそ、すまなかったね。キミ達の被害に気づくのに何年もかかってしまった。保護された子供たちは私が責任をもって、それぞれが望む待遇を与えられるように努力しよう」
「あ、ありがとう、ございますっ!」
「特にキミは、今回の事件解決に大きく貢献したと聞く。既に与えた身分証の他にも、都市民権やIDの類は当然与えるとして、もしそれ以外に何か望みがあれば、言ってみるといい。私にできることなら、何でも一つ、叶えてあげよう」
「え? で、でも……」
「ウィルはケチだからな。こんなことは、滅多に言わねえぞ」
ナイトウが、憮然として言った。
それを聞いてしまうと、何かお願いの一つもしたくなる。
ミコルは雨目の顔をちらりと見てから、都市長の青い瞳を見つめた。
「そ、それじゃあ、あの。ちょっと考えても、いいですか?」
「いいとも。ゆっくりしてから、一番欲しいものを考えなさい…………そういえば他の子供達もそうだが、キミは記憶喪失だったと聞いたが、今はどうだい?」
「はい。記憶は……戻りました。でも……」
本当に、分からなくなった。
自分自身やチェルミーナという人間への理解が、余計に難しくなってしまった。
「心の整理が難しいようだね」
都市長はミコルの背中をポンポンと叩いた。
「だが、キミの傍には、とても聡明で優しい女性が居る。気が向いたら、彼女に溜め込んだ悩みを吐き出して、相談してみると良い」
そう言われて雨目を見ると、少し恐縮そうに頬を掻いていた。
――――そうして今回の事件は終わった。
ミコルの記憶は戻り、施設は壊滅し、子供たちは救出された。
そして、あの人は――――
蘇った記憶の中に居る、失った人を思い出して、ミコルは自分の両手に視線を落とした。




