第14話 黒幕
「……ソラ、か」
ナイトウは、どこか虚ろな声で呟いた。
不思議と、敵意や殺意が感じられない。
既に逃走を諦めていて、投降するつもりなのか。
それとも――――
「探したぞ、ナイトウ警部補」
雨目は、彼の握るリボルバー拳銃をちらりと見る。
「ああ……見つかっちまった、みたいだな」
「なんで……こんなことしたんですか? 先輩」
チェルミーナがいつになく神妙な声で、言った。
額に脂汗を掻き、上司に向けた銃口は小刻みに震えている。
「…………はは」
ナイトウは少し可笑しそうに、鼻を鳴らした。
「お前にそんなこと言われるんじゃ…………俺も、もうお終いだな」
「最後のチャンスだ。本当の事を白状して、大人しく逮まってくれ」
雨目も、眉根を寄せて言う。
「知り合いを、撃ちたくはない」
「…………」
ナイトウは首を横に小さく振った。
「ソラ。もう無理だ。俺は、数えきれねえガキを捕まえて、奴隷として売ってきたし、逃げようとした奴は魔法を使って殺してきた」
「…………魔法を使えないというのは、嘘だったというわけか? 警察官は皆、定期的に『魔封手錠』を掛けられた上で、魔法の有無や単語をチェックされるのが義務付けられているはずだが?」
「おいおい。[記]の魔法単語だぜ? 警察のセキュリティーでもなんでも、『記録』と名の付くものなら簡単に改ざんできるさ」
「そ、そんな……」
チェルミーナが、悲痛な声を漏らす。
「そうして皆を、騙し続けていたわけか」
「まあ、そういうことだ…………ああ、お前は……ミコルって名前になったんだっけか。お前が脱走さえしなけりゃ、チェルミーナやソラに気づかれる前に、逃げ切れたんだけどなぁ」
そしてナイトウは、拳銃を持ち上げて、
「っ!?」
自分のこめかみに、銃口を当てた。
「……何をやっている」
「決まってんだろ。今まで散々、色んな奴を『自殺』させて、消してきたんだ」
その顔は笑っていた。
入口の兵士とは違う。心から死を望むような、自然な腕の動き。
「その『犯人』が最後に自殺ってのも、バカみてえなオチで良いんじゃねえか?」
「やめろ!!」
「待って! 待ってよ先輩!」
ナイトウの指が、リボルバーの引き金を絞り始める。
「じゃあな」
そして、
引き金を、引いた。
「にへ」
銃口から火炎と硝煙が噴出し、357マグナム弾が発射される。
強力な弾薬だ。
あんなものが至近距離で人体に直撃したら、凄まじいダメージになるだろう。
そしてそれが、ナイトウの頭部を――――
「んんおおおうっ!?」
――――掠めた。
そう、掠めた。
直撃しなかった。
引き金を引く瞬間に、何かとてつもなく苦痛そうに顔を歪めたナイトウは、ハッと気づいたかのように頭を後ろに引いて、自ら放った弾丸を自ら避けたのだ。
「あっぶねえなオイ! 熱いし痛ってえし! うわっ辛えぇっ?」
直撃ではないとはいえ、マグナム弾に頭皮を抉られたナイトウは、元気そうに苦しんでいる。
雨目が、上着のポケットに手を突っ込み、何かゴソゴソと操作したのが見えた。
そして――――
「ふっ……はあ……はぁ……は、あは、はっ、ははははあははははははっ!!」
ミコル達の後ろに居たチェルミーナが、疲弊した顔で突然笑い出す。
「…………お前の計画は、分かっていたよ。チェルミーナ」
雨目は、チェルミーナに銃口を向けた。
「な、え、ソラさん。何で、チェルさんに、銃を?」
「……チェルミーナ・フィロワが、今回の主犯だからだ」
理解が追いつかずに、視界がぐにゃりと歪む。
「で、でも……この人は、ナイトウさんに殴られて」
「他人の記憶を現在進行形で書き換えて、行動まで支配してしまうほどの魔法だ。操って自分を殴らせるなんて、朝飯前だろう。その辺の通行人に武器を渡しておいて、事務所を襲撃させたりとかもな」
「はふぁ、ふ、……ふふ、にへへ」
チェルミーナは徐々に後退しつつようやく息を整えて、いつもの子供っぽい笑みを見せた。
「台無し! 台無しだよソラちゃん! ねえ! 何で!? 何でバレたのっ!?」
その声は清々しく、まるで健全なスポーツの試合で負けたかのように、チェルミーナは目を輝かせていた。
「アタシ、演技には自身あるんだよ!? さっきのナイトウ先輩だって全力で、ボロが出ないように操ったのに! おかげで凄い疲れたけどっ! 自然な動きで、スムーズな自殺の流れだったじゃん!? 入口で死んだ奴とは全然違ったでしょ?」
「最初に怪しいと思ったのは……あのオフィスビルで事件を解決した後、キミがあっさりと、ミコルの頭を撫でることを諦めたからだ」
「っ!?」
「欲望に忠実なキミの性格を考えると、かなり不自然だったよ」
「な…………」
「キミは恐らく、自分の魔法の特性を知っていたが故に、途中で思いとどまったんだろう。例えば『相手の頭に触れる』という行動なんかが魔法の発動条件で、同じ行為を何度も繰り返し見せてきたミコルに再びそうすると、消したはずの記憶がフラッシュバックする危険がある……とかね」
「……なんで、そんなことまで?」
「実は、私の友人が、最初の最初にやらかしていてね。相手がキミじゃなくても、フラッシュバックを起こしてしまったよ」
確かに、最初に医師のリサに撫でられたときに、嫌な感情だけが溢れるように蘇った。
雨目はあれを見ただけで、そんなことまで考えていたのだろうか。
「……あんなちょっとしたミスから、そこまで拾うなんて……さすがソラちゃんだね」
「もう諦めろ、チェル。私のスマホを狙撃させて警察の応援を呼ばせないつもりだったんだろうが、それも無駄だ。既に時間を指定して、この施設へ部隊を突入させるように要請してある…………この向こう側に、子供達を『搬出』する用の出口もあるんだろう?」
雨目は来た方向とは逆の廊下の奥を、親指で示した。
「ナニからナニまで、完璧じゃん」
チェルミーナは、完敗とばかりに肩を竦めた。
「こ……この人が、真犯人」
こんな、悪戯が見つかった子供のような顔をしている女性が、大量の子供を誘拐して、奴隷として売り払ってきた、凶悪犯だというのか。
「そうだよ。ごめんね?」
チェルミーナは少しも悪びれずに、言った。
「…………」
ミコルの中で、何かの糸がブチブチと切れていく。
ついさっきまで、この地獄のような施設を一緒に切り抜けてきた仲間だと思っていた。
この一週間、お菓子やアイスを奢ってくれたり、褒めてくれたりした。
最初に会った時、綺麗でお茶目な人だと思った。
「あ、あなたが――――――お前が、僕を」
左手が、熱くなる。
気づくとそこに青い光が集結していた。
「――――え」
この光は、
[戻] 2/3 極使/可 操作(20) 吸収(40) 生成(40)
魔法カタログだ。
念じたわけでもないのに、カタログが勝手に召喚されていた。
「え、これって」
「ミコル? どうし――――」
ミコルがその表示に驚いて声を上げ、雨目の注意がそちらへ向いた瞬間。
「っ!?」
チェルミーナがその隙を突いて、こちらへ銃を向けた。
「っ、させるか!」
だが雨目がすぐに反応し、先に発砲する。
45口径の弾丸はチェルミーナの拳銃に命中し、その手から弾き飛ばした。
「ちっ!」
いつの間にか廊下の手前まで後退していたチェルミーナは重厚なドアを開けて、先ほどの大量の死体が転がっていた部屋へするりと逃げ込んだ。
「やはりこうなるか……ナイトウ警部補、傷はもう大丈夫か!」
「おう! 痛えし変な感じだが、もう平気だぜ!」
「よし、ではこれを」
雨目はドアへ数発撃ち込んで弾倉を交換すると、先ほど拾った鍵束をナイトウへ放った。
「牢の鍵を開けて、子供たちを逃がしてくれ。奥のドアを進んでいけば、車両が通れるような搬入口に出るはずだ。そこに警察本部からトラックが数台到着するから、警部補もそれで彼らと一緒に逃げてくれ」
「……だが、お前らはどうするんだ?」
「チェルミーナを捕まえて戻るさ! 心配するな。積もる話は、それからゆっくりしよう」
「…………おう、分かった! 気をつけろよ!」
ナイトウは吠えるように言うと、牢の方へ向き直った。
「………………よーしお前ら怖かったろ。おっさんが出してやるからな! ほら、順番だ! ……何? 手伝ってくれるのか? よし待て、鍵をリングから外してっと――――ちょおいこら、泣いて抱きつくな!」
「…………警部補は大丈夫そうだな。こっちはチェルを追うぞ」
「分かり……ました」
とはいえ、まだ心の整理が完全についたわけではない。
雨目がいつものように、ミコルの肩に手を乗せた。
「思うところは、色々あるだろう。私もある。だが今は、あいつを捕まえることに集中するんだ」
「……はい」
重厚な扉を開けた瞬間、奥から銃弾が飛んできた。
チェルミーナが、死体から銃を拾ったのだ。
雨目が威嚇射撃をしてチェルミーナの頭を引っ込めさせている間に、ミコルが下から滑り込んで手前の物陰に身を隠し、今度は雨目が移動するためにミコルが援護射撃を行う。
雨目とはまだこんな訓練などしたことないのに、流れるような動きだった。
「その連携、凄いねえ! さすがアタシが手塩にかけて育てた『11番』くん!」
「っ!? 誰だよっ! それっ!」
柱から半分顔を出したチェルミーナへ弾丸を放つが、当たらない。
「にへへ。怖い怖い」
「チェルミーナ! どうしてだ!」
雨目も跳弾を狙って何度か射撃しながら、叫んだ。
「どうしてって何が? 今戦ってること? それとも、このお仕事のこと?」
「どちらも、だ!」
「そんなの、ソラちゃんに言ったって分かんないよ~。それよりさ、見逃してよ? もうこの都市には寄り付かないからさぁ?」
物陰に隠れながら、チェルミーナがのんびりと言う。
「逃がしたところで、また別の都市で『ビジネス』を始めるんだろう?」
「にへ……まー、アタシの使命……みたいなものだしね?」
「何を言っている!?」
雨目が珍しく少し憤っているように、チェルミーナの隠れている壁周辺を数回射撃した。
「やーん。こわーい」
チェルミーナは妙に艶っぽい声を出した。
何か、妙な余裕があるように感じられる。
(嫌な予感が、する)
ミコルがそう思ったとき。
「それじゃあ、しょうがないね」
チェルミーナが、落胆した声で宣言した。
「極使、解放」
――――すると
「っ!?」
雨目の顔色が、青ざめた。




