第13話 『その人』との邂逅
『入口』から少し階段を下った先には、防弾ガラスに囲まれた守衛室があった。
扉は開いていて、その中では2人の武装した男が虚を突かれたような顔で死んでいた。
頭や胸には、拳銃弾を何発も撃ち込まれた跡がある。
おそらく、さっき自殺した男にやられたのだろう。
「ちょっと失礼……」
雨目が、その死体の持っていた数本の鍵束を、そっと拝借した。
守衛室を通過した先には、下へと続く大型のエレベーターと非常用の階段があった。
エレベーターだと待ち伏せされる可能性が高いので階段を選択し、数分かけて深い終点へと駆け下りる。
「…………」
最下層が近くなるにつれて、銃声や怒号が大きくなっていた。
非常階段を下り切った先の防火扉は閉まっていたが、雨目が拝借した鍵で開くことができた。
「いいかミコル。理想的なのは、誰も殺さず全員逮捕することだが……大人数を相手にする銃撃戦では、そんな余裕はないだろう。一瞬の迷いが自分の即死に繋がる。基本的には、自分の命を優先して動くんだ」
「わ、分かりました」
(……僕のカタログ魔法が即死にも効くか、分からない……よな)
「チェルは……言うまでもないな?」
「とうぜ~ん」
「よし……行くぞ」
3人がそれぞれ自分の拳銃を構えて、開けた防火扉から転がるように廊下へ出た。
瞬間。
「わっ!?」
20メートル程奥で行われている銃撃戦の流れ弾が、ミコルの頭上を掠めた。
「屈め! こっちだ!」
雨目に頭を押さえられて、身を低くする。
廊下を横切って反対側の壁に身を隠し、雨目が角から小さな鏡付きの棒を伸ばして廊下の様子を見た。
「同じような服装に装備……少なくとも、警察の介入ではない。仲間同士で争っているのか?」
雨目が珍しく額に冷や汗を浮かばせて呟く。
「これも、[記]の魔法の精神操作……なんでしょうか?」
確かに数秒しか見えなかったが、同じような服装の大人同士で撃ち合いをしていたように見えた。
「有り得るな。チェルはどう思う?」
「アタシも同じ意見かな……1人1人を強制的に自殺させるよりも、仲間同士の疑心暗鬼を煽って殺し合わせた方が、省エネだったんだろうねえ。強引な精神操作ってなんか、魔力の消費凄そうだし」
チェルミーナが、苦い顔をして言った。
「もしかして、朝見たときに先輩の様子が変だったのも、ここの施設の全員に魔法使うことに魔力と神経を使ってたから……なのかもね」
彼女も珍しく、どこか疲弊しているような様子だ。
気持ちは分からなくもない。
慕っていた上司がこんな残酷なことをしているなんて、いくら能天気そうなチェルミーナにとっても精神的ショックは大きかったのだろう。
「悪あがきとしか思えないが、犯行に関わってきた仲間を消して、証拠隠滅か。そう考えると……」
ミコルは、雨目が言わんとしていることが分かり、ハッとした。
「奴隷の子供達が、危ない!?」
雨目が頷き、チェルミーナが顎を上げた。
「先を急ごう」
それから複雑に入り組んだ廊下を、警戒しながら早足で進む。
途中で何度も敵同士の銃撃戦に遭遇したが、上手く遮蔽物に身を隠してやりすごした。
運悪く曲がり角で2人の敵に出くわしたときは、雨目とチェルミーナが流れるような体捌きで相手の武器を吹き飛ばし、肘や拳銃のグリップで後頭部を強打して気絶させていた。
雨目はともかく、チェルミーナも流石この都市の警察官ということだけあって、なかなかに強いようだ。
そして数分後。
ミコル達は何とか誰も殺さずに、入り組んだ廊下の終点らしき場所に到着した。
突き当りに、大きな窓があったのだ。
3人は警戒を維持したまま窓に近づき、そこから下を覗き込んで、
「なっ」
「これって……」
「うーん。スゴく気合入ってるねえ」
思わず、声を漏らした。
それは床面積が200×200メートル程の、広大な空間だった。
しかし、ミコル達が驚いたのは、その広さだけでない。
こんな地下の施設の中に、地上で見るような民家や豪邸が建っていたのだ。
「なんで、こんなところに家? があるんでしょうか」
「……全部で8軒。民家に豪邸に、簡素なアパート……まるで住宅の見本市みたいだな」
「うーん。あながち間違いじゃないかもねえ。きっとあれは『訓練エリア』だよ。ここで色んな家に応じた家事とか、その他諸々を仕込まれるんだろーね」
「…………」
『訓練エリア』には数体の死体が転がっていたが、どれも大人の男女だった。
「ふぅ……子供達が監禁されてるのは、向こう側……みたいだね」
チェルミーナは具合が悪そうに顔を歪ませて、言った。
奥の方からは、銃声や怒鳴り声は聞こえない。
……むしろ、静かすぎる。
『ロ』の字型の廊下を左に回り込んで反対側に来ると、むせかえるような血や汚物の臭いが流れて来た。
まさか。と嫌な予感を抱えながら、奥の部屋を覗く。
「うっ……」
その光景に、さすがのミコルも口を押さえた。
大量の、死体だ。
死体死体死体死体死体死体死体。
どれも銃弾やナイフによって酷く損傷し、空いた穴から体液を垂れ流している。
不安で破裂しそうな精神を押さえ込みながら、ミコルはそれぞれの顔を確認した。
「全部、大人……?」
幸いにも――――と言ってしまうと自滅した敵には悪いかもしれないが、その大量の死体の中に、奴隷らしき子供の姿は無かった。
「ここは…………事務室か、詰所のような部屋だったのだろうな」
雨目が辺りを見回して、言った。
そして、眉間を撃ち抜かれて倒れていた1人の傍に、大量の鍵束を見つけて拾い上げる。
「これは……上の守衛が持っていたものとはまた別……か。かなりの数だな」
「もしかして、子供達が捕まってる部屋の鍵……とかでしょうか?」
「ねえ見て! 奥に続くドアがあるよ! ここだけ何か厳重な感じだから、もしかして……」
「監禁場所か!」
雨目とミコルは、チェルミーナの見つけた扉へ駆けた。
確かにこの扉だけ重厚で、雰囲気が違うような気がする。
「では、開けるぞ。気は進まないが……恐らくこの先に行けば、犯人が姿を見せるだろう」
その表情は暗い。
雨目も、あの人を慕っていたはずだ。
その心情は察して余りある。
――――『犯人』との決着が、目前に迫っているのだ。
ミコルも覚悟を決めて、フル装填された拳銃を握り直した。
「ミコル。どんなに見知った顔でも、決して油断するなよ」
雨目の言葉に、頷く。
「大丈夫、です」
「チェル。先に礼を言っておこう……ここまで、心強かったぞ」
「なーに言ってんの。本番は、ここからだよ」
「……そうだな」
雨目は死体から奪った鍵で、扉を解錠した。
重い塊を、押し開く。
そして、
――――子供達の、押し殺したような悲鳴が聞こえた。
子供達の、悲鳴だ。
「…………い、生きてた」
生きていた。生きていたのだ。
扉の先の、暗い廊下。
その両側にずらりと並んだ、格子付きのドア。
そのひとつひとつの向こうに、衰弱してはいるが確かに生きている子供たちが、居た。
「よ、良かった……間に合わないかもって、思ってた、けど……はぁぁぁ」
ミコルは、安堵の汁のようなものが脳内に広がっていくような感覚に、長い息を吐いた。
しかし、
「……構えろ、ミコル」
雨目が、廊下の先を見て言った。
「ソラ、さん?」
「っく……決着の時間……ってことだね」
チェルミーナも、辛そうに拳銃を構えた。
2人の、視線の方向。
そこには、大きな柱があった。
大人が1人余裕で隠れられるような、大きなものだ。
そこから、
――――その男は、ゆっくりと姿を現した。
よく鍛えられ、引き締まった身体。
よれよれのシャツとズボンに、ミリタリージャケットという格好。
野犬のように鋭かった表情からは、心なしか迫力が消えたように見える。
「……ナイトウ、警部補」
ナイトウは片手にリボルバー拳銃を持ち、諦観したように目を伏せた。




