第12話 事務所、また散らかる。
その人物は事務所の中央で、うつ伏せに倒れていた。
「踏み込むぞ。『クリアリング』はできるか?」
この場合のクリアリングとは、戦闘において曲がり角や屋内に突入するときに使う、目配りや立ち回りのことだ。
ミコルが頷くと、2人は同時に事務所へ入る。
ブーツでガラスの破片を踏むと、パキパキと音が鳴った。
視線と銃口を同じ方向に向けながら、互いの死角をカバーするように歩く。
部屋は荒らされて書類や本が散乱してはいるが、どうやら待ち伏せや罠の類はなさそうだ。
倒れていた人物のすぐ前まで進むと、雨目は急いで屈み込み、仰向けに抱き起した。
「……チェル」
鮮やかな金髪に、胸元の開いたシャツの女性警官。
倒れていたのは、チェルミーナ・フィロワだった。
近づくと、強烈な香水の匂いに混ざって、
(……煙草の、臭い?)
「チェル! おいチェル! しっかりしろ!」
雨目が名前を呼びながら、ぐったりとした体を強く揺すった。
頭には何か硬いもので殴られた跡があり、酷く腫れ上がっている。
「ん……んぁ」
少しして、チェルミーナが瞼を開けた。
どうやら、気絶していただけだったようだ。
ミコルはほっと胸を撫で下ろした。
「ソラ、ちゃん? あと、ミコルくん……も、痛っ?」
「頭を強く殴られたようだな。大丈夫か?」
「うーん……コブになっちゃってるね。治すまで人前に出たくないかも」
「冗談を言えるくらいなら、大丈夫そうだな」
「にへへあ痛痛」
「あの、これどうぞ」
ミコルは事務所の冷蔵庫から出したミネラルウォーターのペットボトルを、チェルミーナに渡した。
「ん~、ありがと…………ひんやりして気持ちい~。気が利くねえ」
「チェル。早速で悪いが、質問に答えてもらうぞ」
「あ…………うん」
「どうしてここに? 誰にやられた?」
「そう、だね……本当は信じたくないけど、率直に言うね。アタシを殴ったのは――――」
チェルミーナは、少し残念そうに言った。
「ナイトウ先輩、だよ」
「ナイトウ警部補……か」
「あの人、今日は様子がおかしかったんだ。だからこっそり、後をつけてみたの」
確かに今朝会ったナイトウは、どこか変だった。
「そしたら、ソラちゃんの事務所まで来て……玄関のガラス割って、中に入って行っちゃったから、慌てて止めに入ったんだ。何か、証拠がどうとかブツブツ言って部屋荒らしてたから、取り押さえようとしたんだけど…………」
頭のコブを、恐る恐る触った。
「逆に拳銃のグリップでゴチーンとやられてね。ごめん、それから気を失っちゃった」
「そうか……いや、お手柄だよ、チェル。キミのおかげで、犯人が確定した」
雨目も少し落胆の色を見せて、チェルの肩を叩いた。
「やっぱり、そっか……残念だなあ……」
「ああ、私もだよ」
「…………怖かったけど、良い人だと思ってたのに」
ミコルも思わず、本音を漏らした。
「うん。どうしちゃったんだろあの人…………ずっと一緒に居たのに、今まで気づけなかった」
チェルミーナも珍しく神妙な顔で唇を噛みしめて、言った。
「……さて、感傷に浸るのは後だな。まずは警察に連絡を――――」
そして、雨目が立ち上がり、スマートフォンを取り出したとき、
――パスン! と。
「っ! なにっ!?」
玄関の外から何かが飛来し、雨目の手からスマホを弾き飛ばした。
そして、ゴトン、と。
何か、金属質な音がした。
事務所に投げ込まれたらしいそれは、人の拳くらいの大きさで、楕円形の、
「――――っ!」
破片手榴弾だった。
3人の顔が、一瞬で青ざめる。
「こっちだ!」
雨目の号令で、3人は事務所最奥の机の裏に隠れた。
次の瞬間。
ドオオオォォン! と。
鼓膜を震わせるような爆発音と衝撃が、事務所内で響いた。
「っく! まさか手榴弾とはっ……!」
雨目が耳を塞ぎながら嘆いていると、
ゴトンゴトンゴトン、と。
先ほどの手榴弾がいくつも投げ込まれた音がする。
「にへあぁっ!? 何かいっぱい投げて来たよ!?」
「窓から出るぞ!」
雨目は、素早く窓を開けてミコルとチェルミーナを押し出すと、自分もするりと飛び出た。
そして息つく間もなく、連続した爆発音が事務所で響いた。
爆風で吹き飛んだ窓ガラスの破片が、降り注いでくる。
「ああああ事務所が……っいやいや。とにかく今は、ここから離脱する! 2人とも、良いな?」
「「了解っ!」」
そうして3人は殆ど全力疾走に近い速度で、2ブロック隣の公園まで逃げた。
「はあ……追手は、無いようだな」
「ふう……まさか、手榴弾投げてくるとはねぇ……」
「っ……あれも、ナイトウさんの仕業なんでしょうか?」
息を整えつつ、ミコルは疑問を口にした。
するとチェルミーナが自分のスマホを取り出して、何やら画面を操作し始めた。
「んー。違うかも、たぶんあれは、手下か何かの仕業だよ」
「ほう?」
雨目が、チェルミーナのスマホ画面をのぞき込む。
「GPSか」
「これによると、ナイトウ先輩はここから何10キロも離れた郊外の、森の中。さっきの襲撃を自分の手でやるのは、無理だね」
「しかし、どうしてそんなものを?」
「アタシの魔法、こういうのが得意だからさ……あ、いくらソラちゃんでも『魔法単語』は教えられないけどね?」
「いや。知られたくないのは当然だ。弁えているよ」
「ありがと。ごめんね? …………今、本部の方には応援要請したけど……当然、アタシ達も先輩を追うってことで良いよね?」
「もちろんだ」
「僕も『犯人』と、決着をつけたいです」
雨目の首肯に、ミコルも続く。
「にへへ。やる気だねえ~」
チェルミーナは自分の拳銃のスライドを僅かに引いて薬室をチェックしながら、苦笑した。
「引き返すなら、今のうちかもよ?」
「いいや」
雨目は頭を横に振る。
「このまま、彼を放ってはおけないからな」
そして約1時間後。
3人は、都市郊外の森に到着した。
ミコルが倒れていた、例の森だ。
「やはり、入り口はこの辺りか」
「うん。GPSの電波は途切れちゃってるけど……逆に言えば、途切れた地点が地下に潜る入り口って考えたら……」
チェルミーナがスマホの画面を見ながら、うんうんと唸る。
「この辺のはず……なんだけど」
辺りは鬱蒼とした木々と、不法投棄されたガラクタの山に囲まれた森だが、何かの入り口らしきものは見当たらない。
「私の[調]を使っても、何も感知できないな。当然ながら、巧妙に隠されているか……うん?」
雨目が、ぴたりと足を止めた。
「……何か、聞こえないか?」
言われてみて、耳を澄ます。
確かに、くぐもった破裂音が微かに、連続して聞こえてきた。
「だんだんと近づいてくるな……まずい。こっちだ」
雨目の指示で、近くのガラクタの陰に身を隠した。
くぐもった音は、銃声のようだった。
男性の、叫び声のようなものも聞こえてくる。
そして数秒後、それらはぴたりと止んだ。
「…………」
どうしたものか、ミコル達が顔を見合わせると。
ギギギギ、と。
まるで、重厚な金庫の扉が開くような音がした。
それは数メートル先の、ガラクタの山から。
錆びた鉄屑の塊に見えていた部分が、不自然にスライドした。
そしてあっという間に、大人が一人通れる程度の空間が出現する。
地下への、入り口だ。
「あれはもごっ!?」
ミコルが声を上げようとしたところで、雨目に口を押さえられた。
「誰か、出てくるぞ」
明かりも無い入り口から、1人の男がふらふらと出て来た。
手には拳銃を握っているが、その足取りには覇気が無い。
「や……やった……逃げ……きった」
どうやら男は、何かから逃げて来たらしい。
奴隷……というには歳をとり過ぎている。
たしかこの施設が『教育』しているのは、最年長でも15歳までだったはずだ。
「はは、は……あははは」
30代前半程度に見える男は精魂尽き果てたように座り込み、空を見上げて乾いた笑いを漏らしていた。
しかし。
「は、ははは……は?」
すぐに、異変が起きた。
「あ、あれえ……? 何で、俺……あれ?」
男が急に呆けたように口を開いて、首を捻った。
ぎぎぎぎぎ、と。
拳銃を握っている右腕が上がる。
ぎぎぎぎぎぎぎぎ、と。
骨が軋むような不自然な動きで手首を曲げ……銃口を自分のこめかみに向けた。
そして、
「何で俺、急に死にたくなってん――――」
1発の銃声が、森に響く。
そうして、突然自殺した男は、崩れるように倒れた。
「な、何ですか……あれ」
ミコルはその光景に、呆然とする。
「さっきまでそんな様子無かったのに、急に誰かに操られたみたいに自殺して……」
「おそらく、[記]の魔法による精神操作だろう。強い自殺願望でいっぱいの[記]憶を現在進行形で植え付ける……といった類の、強引な方法のようだな。奴隷の子供達だけではなく、共犯の仲間からも脱走者を出さないための『安全装置』といったところか」
「精神……操作」
「ミコルもあの夜、あの男と同じような状況になったはずだ」
「僕も、あんな風に、自殺をしようと……?」
しかし、ミコルの傷は腹の銃創と、捻じ曲がった腕の2か所だった。
さっきの男の末路とは、少し違うようにも思えるが。
「だがキミは、その精神操作からも生き延びた。おそらくだが、何かそれを解除するような方法を見つけたんだろう。だから即死するような頭や心臓から銃口を逸らして、脇腹の負傷に留めることができたんじゃないか。と私は考えている」
「な、なるほど……でもソラさん――――」
腕の負傷はどうなるんですか? と聞こうとしたら、再び口を塞がれた。
「静かに。あの入り口が閉じてしまうと厄介だ。先を急ごう」
「もごもご」
「……にへへ。りょうかい」
チェルミーナは、口を塞がれたミコルを少し哀れそうに見て拳銃を抜く。
そうして突入した地下施設は、地獄のような状況だった。




