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第11話 黒幕は誰?

 殺せ。


 と、誰かが急かす。


 殺せ殺せ殺せ殺せ。


 ミコルは、拳銃を握っている。


 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。


 誰かの姿が、横切った。


 ――殺さなきゃ。


 拳銃を、構える。


 何度も訓練したかのような、この身体に染み込んだ動き。


 影が、立ち止まる。


 引き金に、指を掛ける。


 その人物は徐々に首を動かし、ミコルの方へ振り返り、そして――――



          ◆◆◆



「――――っ!」


 ミコルは、目を覚ました。


 また、悪夢だ。


 しかし内容は半分くらいしか覚えていない。


 とにかく強い殺意の感覚はねっとりと残り、両目からは涙が流れていた。


「大丈夫か? ミコル」


 部屋の電気が点き、ミコルは眩しくて一瞬顔を伏せた。


 雨目が、部屋の入口に立っている。


 黒い下着にTシャツ姿で、はしたない。


 その下着から伸びる白くて滑らかな脚が生々しく見えて、再び顔を伏せた。


「随分と、うなされていたようだが」


「あ、ご、ごめんなさい。ソラさん」


「謝ることはない。記憶喪失に加えて、命を狙われているこの状況だ。キミにかかるストレスは相当なものだろう」


 雨目は、ベッドまで歩み寄ってきて、ミコルの隣に座った。


 黒髪が揺れ、ふわりと良い匂いがする。


 ここは、ミコルの自室だ。事務所2階の物置だった部屋を掃除して、使わせてもらっている。


 リビングを挟んで反対側で寝ていたはずの雨目が気づいたとなれば、けっこうなボリュームで唸っていたのだろう。


 でもそれだけ……怖かった。


 自分の正体が、怖い。


 今見た夢の意味が、怖い。


 自分は一体どんな『教育』を受けて、どんな酷いことをやってきたんだろう?


「そ、ソラさん……僕、人を殺す夢ばかり見るんです。まるで、それが身体に染み付いているみたいに」


「…………」


 震えているミコルの手を、雨目が握った。


「ぼ、僕は、僕の正体が怖いです。奴隷になってからや、奴隷になる前の記憶が、怖い……そもそも、本当に奴隷だったのかも、分からないし……」


「そうだな……キミの言う通り、犯人を捕まえて記憶を戻したところで、それは幸せなものではないのかもしれない。もし辛いのなら、ポロミナへの飛行機を手配するぞ? キミは別に、自分の心と体を最優先にして逃げて良いんだ」


「……確かに、そうしたら安全で、楽……ですよね」


 今すぐに何もかも放り出して、逃げてしまいたい。

 

 そうすれば、この心も晴れるだろうか。


 ――いや。


 それは、絶対にない。


「……でも」


 ミコルは、首を横に振った。


「それでも僕は、自分の記憶と、犯人に向き合うって決めました。それは今でも凄く嫌で、怖いけど……前に進むためには、そうしなくちゃって思うんです」


「そう……か」


 雨目は握っていたミコルの手にもう片方の手も重ねて、ぽんぽんと弾くように撫でる。


「キミは、強いな」


 そして手を放して、少し乱れていた綺麗な長髪を一度()いた。


「では……その気合と覚悟に免じて。本当は秘密にしようとしていたことを、少しだけ伝えよう」


「え?」


「…………キミは囮として、十分な役割を果たしてくれた」


「それって、どういう……?」




「実は、もう犯人の目星はついているんだ」




「っ!?」


「そしてあえて、犯人には十分な『準備』の時間を与えた。私の予想では、今日にでも動きがあるはずだ」


「ど、どうして、分かるんですか?」


「分かるとも。()()()は、私の良く知っている人物だった。だからその性格や思考パターンを考えれば、自然と行動の予測はできる」


「えっ……? でも、分かっているなら、どうしてわざわざ……」


「今回動けるのは、基本的には私とキミだけだからな。たった2人で犯人逮捕と被害者の救出を両立させるためには、ある程度犯人の思惑通りに動いて油断させた方が、成功率が上がると思ったのさ」


「じゃ、じゃあ犯人はっ! 誰、なんですかっ!?」


「…………」


 雨目は、無言でベッドから立ち上がった。


「キミは存外に熱い男だ。教えてやりたいのは山々だが、知れば確実に、顔や態度に出てしまうだろう。だが今はなるべく、犯人に悟られたくない。分かってくれ」


「それは……確かに、自信ないです、けど」


 しょんぼりとするミコルに、雨目は申し訳なさそうに微笑んだ。


「では、ヒントだけは出そう。犯人は、キミが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」


「えっ……?」


「それじゃあ、おやすみ。まだ深夜2時だし、今日は長い一日になる。ちゃんと寝ておくんだぞ」


 そう言って雨目は、欠伸を噛み殺しながらミコルの自室を出て行った。


(今まで、会ったことのある人……誰だろう?)


 よく寝ろと言われても、悶々と考えてしまう。


 事務所に来てから出会った人物の顔を思い出して、怪しい言動が無かったか考えたが。


「…………すぅ」


 数分後には、疲れて眠ってしまっていた。




 同日、朝。


 食事を終えた雨目が、椅子に座ったまま面倒臭そうに長い靴下を履く。


「今日は基本的にオフの日だからな。午前中は街をぶらぶらして、昼はリサと3人でランチを食べよう」


「リサさんと……ですか」


 リサ・クロムウェル。


 雨目の次に出会った、医者の少女だ。


「むむむ……」


 犯人が行動を起こすと踏んでいる日に、わざわざ一緒に食事するということは、そういうことなのだろうか?




 雨目の言う通り午前中は警戒しながら街を歩き、昼食まで時間を潰す。


 その途中で一つ、気になる出来事があった。


「むっ、あれは……」


 商店街の、人混みの中で雨目が目を細め、誰かに手を振る。


「ナイトウ警部補」


 内藤岩男(ないとういわお)


 この1週間で何度も顔を合わせている、リスベニアの警察官である。


 いつも通り引き締まった身体をしていて、ジャケットからは煙草の臭いがぷんぷんする。


 しかしその顔は、どこか様子がおかしかった。


「お、おお。ソラ…………と、助手のガキか」


 挙動不審、という表現が正しいだろう。


 いつもの野犬のような雰囲気はなく、どこか上の空な感じがした。


「あまり顔色が良くないが、大丈夫か?」


「顔色? ああ、顔色。顔色か……まあ、ああ。大丈夫、だ」


 ナイトウの返事はたどたどしく、目はきょろきょろと泳いでいる。


「すまねえな。用事が、あるんだ……お喋りはまた今度に、してくれ」


「…………分かった」


 雨目は頷くと、ナイトウの耳元で何か囁いた。


「……? ……っ! ……じゃ、じゃあな」


 それを聞くと、ナイトウは何かハッとして言葉を飲み込み、離れて行った。


「ど、どうしたんでしょうか?」


「まあ、気にすることはないさ」


 案外薄情な物言いに、ミコルは首を傾げた。


 そういえばあの警部補だって、ミコルが『今日までに出会った人』なのだ。


 それなのに雨目のこの反応は、どういうことだろうか。


「むむむ……」


 全然、分からない。




 それから、2時間後。


 昼過ぎになって訪れた店は、何の変哲もない喫茶店だった。


「あ、遅くなったね」


 そこへやって来たのは、猫柄プリントのシャツとデニムのショートパンツという服装で、さらにその上に白衣を着た少女、リサ・クロムウェルだった。


 外でも白衣を着ているのは、リサなりのジンクスがあるから……らしい。


「おお、ミコルくんも元気そうで何よりだ。と言っても、一昨日も会ったか」


 この1週間、ミコルはリサとも何度か顔を合わせている。


 魔法を使わないという彼女は物知りで、家事の裏技や料理の意外な隠し味なんかも色々と教えて貰った。


 だが、これほどの若さで有能な医者だというのに、魔法を使わないというのは何だか嘘くさいし、それに初日に彼女がミコルの頭を撫でたとき、恐怖のフラッシュバックのようなものが起きた。


「むむむむ~……」


「って、何か警戒されてるんだけど?」


「…………これは、ヒントも与えない方が良かったかもしれないなあ」


「ヒント? 何のこと?」


 雨目は渋い顔で、注文用のメニューを開いた。




 結局リサとの食事会は、終始何の変哲もない会話をしただけで終了した。


「さーて、ボクは仕事に戻るよ? 何か大変そうだけど、無理はしないようにね」


「ああ。分かっているよ」


「ミコルくんも、またね」


「あ……はい」


 ミコルのそっけない挨拶に、リサは「ボク何かしたかなぁ……」とブツブツ呟きながら帰って行く。


「あの、ソラさん」 


「ん、何だ?」


「…………本当に今日、何かが起きるんでしょうか?」


「ああ。まあただの予測だから、外れることもあるさ。だが、気は緩めるなよ? いつ、予想外の事態が襲ってくるか分からないからな」


 そして結局、夕方まで雨目と街に居たが、何事も起きなかった。


「さあて、そろそろ日が暮れるな。今日は久しぶりにゆっくりしたよ。事務所へ帰ろうか」


 公園のベンチから立ち上がった雨目は、伸びをして言った。


「は、はい」


 そのリラックスした姿をして、もしかして、と思う。


 もしかして雨目は、ミコルのストレスを少しでも解消させようと嘘をついたのではないか。


 今日は仕事もせずに、街をぶらぶらとしただけだ。


 確かに少し張り詰め過ぎていた心が、完全なリラックスとまではいかないが『適度な緊張』程度にまで戻った気がする。


 そう考えると、まんまと雨目の思惑に乗せられた。


 ミコルは凝り固まった顔を少し緩めて、雨目と一緒に帰宅する。



 ――――しかし。



 雨目は、何も嘘をついていなかった。




 30分後。


 街がオレンジ色に染まっていく中、ミコルと雨目は人混みを縫うように歩いて、事務所のある通りまで辿り着く。


 都心部からは離れているため、人通りはそこまで多くない。


 『キリノマート』を通り過ぎ、民家を数件分横切って、錆だらけのシャッターが下りた書店の向かい側に雨目の事務所が現れた。


「…………あれ?」


 最初に声を上げたのは、ミコルだった。


 何か、おかしい。


 事務所の様子が、変だ。


「…………」


 先に気づいていたらしい雨目は、既に拳銃を握っている。


「そ、ソラさんっ! 玄関が……!」


 事務所玄関の扉についていた磨りガラスが、割られていたのだ。


 空き巣か、強盗か、それとも……


「………………」 


 ――――嘘じゃなかったのだ。


 雨目の予測は本当で、それが的中した。


 この事件の『犯人』が、何かしら動いてきたのだ。


「ああ。予想が当たってしまったみたいだな」


 ミコルも、自分の拳銃を抜いた。


 安全装置を解除してスライドを引き、薬室に初弾を装填する。


 雨目はそこから声を出さず、手の動きで追従するように指示を出してくる。


 ミコルは指示通りに雨目の後をついて、玄関前まで到達した。


『身を低くしていろ』


 と手の動きで指示されたので、銃を構えたまましゃがみ込む。


「…………」


 そして、雨目がゆっくりと、割れた窓から事務所を覗き込んで、


「あれは……?」


 訝しむような声を上げた。


「どうしたんですか? ソラさん」


 雨目は、玄関のドアを慎重に開けた。


 ミコルは恐る恐る、その隙間から中を見る。


 すると、


「あ、あの人は……」


 事務所の中には、見覚えのある人間が1人。


 ぐったりと力が抜けたように、倒れていた。

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