第10話 『都市長』ウィリアム・リバーフォール
――翌日。
「…………大きい、ですね」
「…………だな」
ミコルと雨目は、都市庁舎の巨大ビルを見上げて、待ち合わせの時間まで暇を潰していた。
「都市長という役職は、どの都市でも、そこで1番強いカタログ魔法を使う人物が選ばれるんだ。何故だか分かるか?」
「ええと……強い方が、都市民をまとめやすいから……ですか?」
「ああ。ほとんど正解だ。都市長は、その都市の法律だからな。圧倒的に強い者が都市長の椅子に座って睨みを利かせることで、大規模な犯罪や暴動を抑止しているんだ」
「なるほど……」
雨目から奢ってもらった『激甘ミルクコーヒー』の缶を片手にそんな会話をしていると、都市庁舎玄関前のロータリーに1台のパトカーが停まった。
車から降りたのは、煙草臭いミリタリージャケットの男と、胸元がざっくり開いたシャツの、金髪美女だった。
「おう、遅くなって悪ぃなソラ……と助手のガキもか」
「ミコルくんっすよ先輩~。てか今日は、この子が主役でしょっ? 先輩も、そろそろ心開いてあげてくださいよぉ?」
「うるせえな……ガキは苦手なんだよ」
警官コンビのナイトウとチェルミーナは、いつも通り仲が良いのか悪いのか分からない調子でやり取りをしながら、雨目とミコルに合流した。
「しかし……ウィル――――いや、都市長がわざわざ呼び出すなんてな。お前に、相当興味があるんじゃねえか?」
ナイトウはミコルをしげしげと見ながら口を尖らせる。
「先輩、ヤキモチ?」
「誰が! 誰にだぁ!? てめぇ!」
「にへぁ~痛痛痛!? ちょホント痛っ先輩!? パワハラ&セクハラーっ!」
まるで親子か、歳の離れた兄妹である。
そして、ようやく4人で中へ。
都市庁舎のエントランスを通り、何だか厳重な警備の特別なゲートを通った先で、最上階直通のエレベーターに乗った。
地上300メートルほどあるビルの最上階にはすぐに到達し、ドアが開くと秘書らしき女性に出迎えられる。
「どうぞ。都市長がお待ちです」
そうして通されたのは、【商業都市】リスベニアの街並みが一望できる、巨大な窓付きの豪華な部屋だった。高そうな絵画や、名人が高級花瓶を使って生けたであろう花もあった。
カーペットや机、応接用のソファ、天井から吊り下がった豪華な照明まで、隅々まで清掃が行き届いていて、ミコルは何だか対抗心を煽られる。
そして、部屋の奥には、
「ああ、4人とも、よく来たね」
体格の良い大男が居た。
年齢は30代後半といったところだろうか。
青い目は爛々と輝き、白い短髪の上にハットを被っている。
がっちりとした高身長に、高級そうなスーツを待つ姿は如何にも地位が高そうだが、不思議と嫌味な雰囲気は無い。
良いものを良いものと理解して当然に着こなしているような、大人の品格を感じられた。
「都市長。本日は貴重な時間を割いて頂きまして、ありがとうございます」
雨目が畏まって挨拶をすると、都市長と呼ばれた男はひらひらと手を振った。
「いや。どうせ暇だしね。それに、あの有名な雨目空くんが初の助手をとったとなれば、その顔も見ておきたいと思ったが――――」
そう言うと、都市長はつかつかとミコルの前に歩み寄り、ずずいと顔を近づけてくる。
「どうもこんにちは。私はこの【商業都市】リスベニアの都市長。ウィリアム・リバーフォールだ」
「あ、えと……ミコル、です」
ウィリアムと名乗った都市長の年齢はナイトウと同じくらいのはずだが、その全身は清潔感たっぷりで、顔からは石鹸の匂いがして、生命力の結晶のような瞳が、
――――カッ!! と開かれた。
「ううぅむ! 見事に子供だねぇっ!!!!?」
「うぇあっ!?」
その迫力に、ミコルは一歩退く。
「……おいウィルやめとけ、ガキにひかれてんぞ」
「むっ、それはいけない」
ナイトウに言われて、都市長はハッとしたように顎を引いた。
「まさか私が、イワちゃんに注意されるとは」
「うるせえ」
「え…………え?」
戸惑うミコルに、
「あの2人、昔からの幼馴染なんだって~。仲良しさんなんだよ」
チェルミーナが耳打ちした。
「なるほど……」
「ウチのミコルに近いぞ、チェル」
「でたー! ソラちゃんガード!」
そうこうしている間に、都市長が咳払いをした。
「ごほん、いや失礼。少々驚いたものでね」
「い、いえ……僕の方こそ、何かごめんなさい……」
「礼儀正しい子だな。歳は13、4くらいか?」
「ええと……」
「都市長。申し訳ないのですが、捜査の便宜上、ミコルに関する情報は一切…………」
「ああ、そうだったね。いや2日前だったか? あの電話には驚いたよ。『新しく雇いたい助手の素性は一切明かせないけれども、これから全ての捜査に加わる正式な関係者としての権限を与えて欲しい』とね! 気持ちいい程の無茶なお願いだ! 権限与えちゃったけどね!」
都市長は朗らかに笑った。
「その件は本当に、感謝しかなく……」
「いや。キミにはむしろ、今まで沢山の事件を解決し、この都市を守ってもらった借りがあるからね。それぐらいなら、お安い御用さ。だがこんなに若いとは思わなかったけどね!? 私、コンプライアンスとか大丈夫かな?」
「大丈夫なんじゃねえか……たぶん」
「たぶん!? うーん……まあ良いか!」
(切り替え早っ)
何だか、気持ちの良い人だ。
都市長はゴソゴソとスーツのポケットを探ると、一枚のカードを取り出した。
「――――では、ミコルくん。キミにこれをあげよう」
「こ、これって……」
「雨目くんが使っているのと同じ、私直筆の署名が入った身分証だ。これがあれば、よりスムーズに操作に参加できるようになるはずだよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
身分証。
ミコルが、雨目の助手である証だ。
こんなに小さくて薄いものが、ミコルにとっては宝物に思えた。
「へっ……やれやれ。死なねえように、ソラから守ってもらうんだな」
ナイトウが鼻を鳴らして、煙草を銜える。
「ちょっと先輩~。ここ禁煙って、前にも言われたじゃないすかぁ?」
「知らね」
「…………」
都市長がちらりとナイトウを見て、ミコルに視線を戻した。
「さて……そういえばミコル君は、カタログ魔法は持っているのかな? ――え、それも秘密? まあそうか」
太い指をくるくると回して、部屋に飾られた生け花を差す。
「カタログ魔法は良いぞ~。生活がぐっと便利になる。例えば…………」
そして指を上に曲げると、花瓶の中から水の球体が出てきた。
水の球体は、意志を持つように宙を浮遊し、よく見るとそれは都市長の指の動きと連動していて、
「こんなことも――」
今まさにライターの火を点けたナイトウに、
「――できる」
バシャーン!! と、突撃した。
「………………おいウィル」
上半身がびしょ濡れになったナイトウは呆然と立ち尽くし、
「ぶっ、ひゃ、にへはひゃはやひゃ――――」
それを見てチェルミーナが必死に笑いを押し殺そうとしたが、全然我慢できずに爆笑していた。
「ぶはっ…………いや失敬」
都市長も一瞬だけ噴き出したが、こちらは何とか平静を保つ。
「今の[水]……都市長さんが……やったんですか?」
「まあね。私の魔法だよ。どうだい、面白いだろう? キミも何か魔法を持っているのなら、見せてくれないかい?」
「え、ええとその」
ちらりと雨目を見るが、首を横に振られる。
ミコルの[戻]のことは、誰にも言わない約束だ。
「んん? ……まあ警戒するのも、当然か。魔法カタログというのは、実に不思議なものだ。発祥も製作者も不明。使用されているのは世界共通語ではなく、極東のマイナーな『漢字』という言語…………それに、あの理不尽な抽選制度。確か最近の若い子たちは『魔法ガチャ』なんて揶揄したりしていたかな?」
「魔法ガチャ……」
ガチャというのは良く分からないが、何となくその単語の抱える業の深さは感じる。
「それ故に、良い魔法を持っていると、あまり公開したくないという気持ちにもなるだろう。それだけ誰かに恨まれたり狙われたりする可能性が高くなるからね。つまり、今の反応からするとキミは――――おっと、素人の推理で困らせてしまってはいけないね」
都市長はミコルの顔を見て、すまなそうに中断した。
「まあとにかく、あの雨目くんの助手になったキミに興味があってね。その身分証を渡すついでにここへ呼んだんだが……うむ! 実に楽しかったよ。来てくれて、本当に良かった」
「あ、いえ。そんな……僕は何も」
「いいや。キミならしっかりと、雨目くんをサポートしてくれるはずだよ。魔法を教えてもらえなかったのは残念だが、それでも……うむ。キミは信頼に足る男のようだ!」
バンバン! と肩を叩かれる。痛い。
「雨目くんも、すまないね。本当なら今回の事件、私もつきっきりで協力したいところだが……都市長としての仕事が忙しくてね。こちらは私にしかできない仕事ばかりだから、他の誰かに任せるワケにもいかないんだ」
「いえ。ミコルの身分を保証してくださっただけで、十分すぎるほどですよ。都市長」
「そう言ってもらえると助かる……まあしかし、どうしても私が必要なら、呼ぶと良い。頻繁に駆け付けることはできないが、ここぞという呼び出しには、必ず応じよう」
「…………なるべく、都市長のお手を煩わせないように、努力します」
「ふふ、遠慮はいらないよ? ――――さて、もう時間だ。私は次の仕事にかからないと。キミ達は別にゆっくりしていっても構わないが――――」
「いえ、私達も、例の事件の調査があるので帰ります」
「アタシ達も帰りまーす。ほら先輩っ。いつまでもいじけてないで~ほらほらっ」
「ぬぅぅぅぅーん……覚えてろよウィル」
こうして都市長への訪問は無事に終わった。
ミコルが本物の身分証を手にしてから4日間、雨目の正式な助手として働いた。
それと同時に、空いた時間には2人で例の都市郊外の森へ赴き『施設』の調査に勤しんだ。
幸い、銃を抜かないといけないような場面は、1度も訪れなかった。
家では雨目の世話をして、外で一緒に仕事をするのは、正直楽しかった。
施設が見つからない焦りは当然あったが、充実した日々を楽しんでいる自分も居た。
しかし当然ながら、『犯人』との因縁が簡単に切れることはなかった。
――5日後。
ミコルは、その人物と対峙することになった。




