侍女試験に行ったら魔物討伐隊に勧誘されました
嘘だ……
ミルカは、小さな光が少しだけ差す牢の中で、頭を抱えていた。
侍女になるための試験に来たはずだった。ミルカは幼い王女が生まれたときからずっと、この日を夢見ていた。国民への顔見世の時の、無垢でいじらしい笑顔、幼いながらも立派に公務をこなす姿。まだ若かったミルカは、一発で王女のファンになってしまった。
お近づきにはなれなくても、ふさわしい国民になりたい。その一心で、ミルカは精進してきた。
実家は王党派で、普通の職人だが、悪い家柄じゃない。父は魔法が使えず、母が使う魔法は白魔法。癒しや守りを得意とする魔法だ。幼い頃から、弱くとも使えたミルカは、勉強し、所作も覚え、そして今回、待ちに待った幼き王女様の侍女の募集が行われたのだった。
そして、王たちの御前での最終試験後、めでたく幼い王女様に仕えるはずだった。
それなのに、なぜかこうして牢に入れられてしまった。
黒魔法なんて使ったことがない、とミルカは自分の手を見つめた。だが、どう考えても、侍女の試験で”修復”として使ったはずの魔法は、”破壊”の魔法だった。現に、壊れた花瓶を直そうと思っていたのに、花瓶は割れてしまった。いや、それどころか、花瓶が乗った机も壊し、むしろ部屋中に黒い攻撃的な魔法が充満した。
白魔法の騎士も黒魔法の騎士も、一触即発だった。
ミルカを亡き者にしようとして。
確かに黒魔法だったし、裁判にかけられ、自分でも信じられないがそれを認めた。その結果、ミルカはこの牢に閉じ込められたのだった。
だが、何度考えてもわからない。
何かおかしな魔法をかけられたこともないし、変なものも食べていない。黒魔法など、今まで、一度だって使ったことがないし、自分が使えるなど知らなかったのだ。むしろ、魔法騎士の訓練でも受けていない限り、一般の人間は白魔法か黒魔法、どちらかしか使えないはずだ。
「おい。囚人」
顔を上げると、牢の前に牢屋番が立っていた。どちらかというと、若く、上品なミルカに同情的だったが、決して優しいわけではなかった。
「面会だ。出ろ」
そう言って通された狭い部屋には、幼い王女の侍女になることしか考えてなかった自分でも、知っている有名人が二人、立っていた。当代切っての最高峰だと言われる白魔術師の美女、ペネロペと、同じく最強の黒魔法騎士、美丈夫ディオンだ。
「君がミルカか」
「はい……」
ミルカは美男美女に囲まれ、肩身が狭く、出てきた声はか細いものでしかなかった。
「なるほど、侍女になるに相応しい、所作と態度だな。顔も美しすぎないのがいい」
なんだと。ミルカは思ったが、いちいち腹をたてるのも面倒だった。何しろ、ディオンの言ったことは完全にあたっている。ミルカは可もなく不可もなく、普通の顔だ。だからこそ、侍女に滑り込めると思ったのに。
「ディオン……言葉遣いには気を付けろと言っただろう。……許して欲しい、彼なりに褒めているのだ。美しすぎると誘惑が多いことも確かだし。ディオン、お前にも覚えがあるのだろう?」
許すもなにも。怒ってなどおりませんとも。美しすぎるペネロペに言われるとさらに信憑性が増した。未婚女性誰もが憧れるディオンならなおさらだ。しかしディオンは首を傾げた。
「騎士には関係ないだろう。強いか弱いかだ」
「そうではないが……まぁ、お前の場合はそれ以外に興味がないからな」
ペネロペがやれやれと肩をすくめる。
「一体、なんのご用事ですか。私のスパイの疑いでしたら」
「ああ、そうではない。君の容疑はすべて晴れている。君の罪は、自分の使える魔法を知らなかったことくらいだ」
「し……知ってます! 白魔法です。ああ、黒魔法も使えましたけど、それは」
「違うんだよ、ミルカ。この箱を見てごらん」
ペネロペはちょうど手のひらに納まるくらいの、小ぶりな宝石箱を取り出した。
「……なんですか?」
「何が入っているか、当ててみて欲しい」
なんのテスト? これで……これができれば、牢から出られるの? それとも、死刑になる?
「当たらなかったら……どうなるかわかってるな?」
低い脅しの声に、ミルカは背筋がぞくりとした。死ぬ。できなかったら死ぬ。どうにかして確認しないと……でも、どうやって?
「よく見てみろ」
「ペネロペ。そう急かしちゃダメだ……手に持つくらいならいいだろう?」
「ああ、許そう」
すると、ディオンはペネロペから宝石箱を手に取り、ミルカの手に乗せた。
「どうだ?」
心なしか、ディオンの目が期待にキラキラと輝いている。
ミルカはゴクリと唾を飲み込み、手の中の宝石箱に集中した。
何が入ってるの? 君はどんな箱? 中はどうなってるの? ふかふかのベルベット? それとも硬い金属? その中に、何を守っているの……?
「……指輪。指輪です」
ミルカは頭に浮かんだイメージをそのまま呟いた。
「獅子の絵の……王冠の……紋章の……指輪?」
「色は?」
「し、白と……銀色と、金色です」
ペネロペとディオンが目を合わせた。合ってるの? 違ってるの?
「……開けてみて」
ディオンが言った。ミルカが恐る恐る開けると、そこには果たして、ミルカが言った通りの指輪が入っていた。
「……合ってた!」
ミルカは喜んで叫んだ。
「合ってました! 私、合格ですか!」
「ああ、合格だ」
ペネロペがここへ来て笑った。思ったよりも優しい笑顔で、ミルカはホッとした。その反面、急にミルカは不安になった。……でも一体、何に合格?
「それについては、ディオンに話してもらおう」
ペネロペが言うと、ディオンは目をキラキラさせてミルカの手を掴んだ。
「君は、すごい魔法使いだ!」
急に何を? ミルカが唖然としている間に、ディオンはのべつまくなしにまくし立てた。
「いいかい、君はね、白でも黒でもなく、灰色魔法使いなんだ。それも、白も黒も使える、稀有な魔法使いなんだよ! 白も黒も訓練しないと使えないのに、君は最初から使える。これはきっと、もともと両方の性質を持っていたけど、会得するのが難しい白色が先に出現したためだろうね! こないだの暴発はそれで説明がつく。本来、より素質があった黒色が抑制された結果、君の中で蓄積され、侍女試験と言う極度の緊張の中で暴発したんだ。だが、そんなことはどうでもいい。それよりすごいのは、灰色魔法の資質だ! 何しろ、灰色魔法は完全に特異体質で、生まれながらにしか持つことができないんだ。しかも、生まれた時からこうした遠見や先見ができるから、人前にほとんど現れない。だから私も一般人で会うのは初めてだし、君みたいな子がいてくれるなんて本当にラッキーだ!」
ミルカは半泣きでペネロペを見た。言ってることが半分もわからない。
すると、ペネロペが深くため息をつき、ディオンをミルカから引き剥がした。
「お前に説明を任せたのがいけなかった。ミルカ、話はどのくらい分かった?」
「えぇと……」
「よし、わかった。つまり、ミルカ、あなたは灰色魔法を使えるんだ。もともと白色を使えたから訓練してきたのだろうけど、黒色も使えるんだよ。三種類の魔法を使える人間は滅多にいない。珍しい人材だ。君に会えて、私たちは嬉しく思う」
ミルカはペネロペの言葉を頭の中で反芻させた。灰色……白色……黒色……
「……灰色魔法、って……聞き間違いですよね?」
王女のこと以外には疎いミルカでも知っている。灰色魔法使いは、この世で非常に貴重な魔法使いのはずだ。国家の中枢を守ったり、諜報活動をしたり、魔物討伐に欠かせないとか……それが自分であるはずがない。
ペネロペは微笑んだ。
「聞き間違いではないよ。君は灰色魔法使いなんだ。あの日の様子、そして、ここ数日の牢生活のデータから、導き出された結果だ。今のが、確認の最終検査になる。つまり、……ミルカ、君は、我々と一緒に、魔物討伐に参加してもらうことになる」
「ま……魔物討伐?」
ミルカはぎょっとしたが、ディオンは気にもとめず、ペネロペの話を引き取った。
「そう。君は自分の性質を知らなかったにしろ、純潔の幼き王女の前で、黒魔法を暴発させてしまった罪はある。普通なら、王宮への立ち入りは禁止になるが、それを撤回してもいい、というのが今回の討伐参加の理由だ」
「魔物って、どこにいるんですか?」
「北の大地だ。秋になると人を襲いにくるからな。その前に、討伐に行く。今までは作戦など必要はなかったが、今回は、夏に旱魃があり、多少魔物が多い上に、他の地域からも未知の魔物がくる可能性がある。分析や計画的な討伐が必要になるだろう。そのため、灰色魔法が必要なんだ」
「私が……そんなものに参加できると?」
ミルカは震えた。王宮に務めるため、優雅さや丁寧な所作を徹底して身につけた。もちろん、身を守る護身術は学んだ。だが、魔物討伐なんて考えたこともない、真逆の仕事だ。
「練習しよう、ミルカ。大丈夫、できるさ。まだ一ヶ月ある」
「い、一ヶ月?! 一ヶ月しかないの?!」
ディオンの軽い励ましに、ミルカは思わず叫んだ。自分に拒否権はない。わかっている。わかっているけれど、時間が短すぎる。
敬意を忘れた口調に、ミルカはハッとして口を押さえたが、ディオンもペネロぺも気にしないようだった。
「そうなんだ。時間は短いが、あなたに頼みたいんだ。あなたのように上品な人材がいた方が、交渉に便利なこともあってね」
それよりも美しいペネロペがいれば十分なのではないか、ミルカは言いたかったが、それは諦めた。ミルカが討伐に行くのは決定で、自分が無事に帰ってこられるかどうかは、この一ヶ月の練習にかかっている、というわけだ。
つまりそれは、憧れていた王女様の侍女にはなれない、ということだ。ずっと目指してきたのに……
「う……王女様……」
ミルカの瞳から涙がこぼれた。
「なんだ? 牢から出られるのが嬉しくないのか?」
ディオンの言葉に、ミルカは激しく頭を振った。
「王女様の……侍女になりたかったのに……」
「王宮で人の世話をするだけだろう? あんな退屈なもの、なんでそんなになりたいんだか」
「乱暴なあなたにはわからないんです! 王女様は女神で、天使で、私の憧れで、目標で、……すべてだったんです!」
黒魔法なんて!
ミルカが泣きじゃくると、ディオンがミルカの腕を掴んだ。
「放し」
「それなら君は、王女が暗殺されてもいいのか? 王宮の生活が誰に守られているかも知らないで、安易なことを言うんじゃない」
怖い、こわい!
「ディオン、どう考えてもお前が先に言った。尊いお方を純真なまま正しく導いてくれるのは、お前の言う”退屈な”仕事を請け負う、素晴らしい方々だよ」
「う……わかったよ。ミルカ、悪かった。君には君の信念がある。私は君を否定しない」
「王女様も?」
「王女を否定するわけがないだろう。私たちはこの国を守り、国王始め、王子も王女も守る役割を担っているんだ。庇護こそすれ、否定などありえない」
「……それなら、いいです」
「君もそういうことなら、私の仕事を乱暴などというな。私たち騎士の仕事は美しいものだ」
「は……」
「戦いというものは美しいものなのだ! 特に魔法の使い方の工夫で、いかようにも」
「はい、おしまい。ディオンはもう帰って」
「だがまだ話は」
「牢番、ディオンを連れて行って」
「か、かしこまりました!」
牢番にとって、ディオンよりペネロペの方が脅威らしい。ディオンは牢番に連れられて部屋を追い出されたが、ドアの向こうでまだ何か説明しているのが聞こえた。あんなにかっこいいのに、なんて残念な人なんだ……
ペネロペがため息をついた。心中お察しします、とミルカが視線を送ると、ペネロペは微笑み、肩を落とした。
「ミルカ、あなたには、このまま魔物討伐隊の寮へ向かってもらうことになっている。今日からそこで寝泊まりだ。さぁ、何か質問はある?」
「わかりました、ペネロペ様。あの……」
ミルカがモジモジしていると、ペネロペはクスリと笑った。
「家族に会いたければ、通信魔法で連絡するといい。今日、あなたが牢を出ることは知らせてある。あなたの魔法の種類と、魔物討伐については、あなたの口から伝えたいかい? 私の方から伝えようか?」
「自分で……伝えたいです」
「わかった。だが、その際には私も同席しよう。誤解を生むといけないからね」
「はい。よろしくお願いします」
この先どうなるかわからないけど。
王女様の侍女を目指していた者として、この新たな使命を受け入れよう。自分がすることが、全て、王女様を守ることにつながるのなら。なんでもやってみせようじゃないか。
「頼んだよ。灰色の魔法使い」
ペネロペの言葉に、ミルカはしっかりと頷いた。