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櫻井 加奈子と似た女。

 野崎は、櫻井加奈子の姉の黒崎洋子の指示で、金沢駅内のポスト、洋子と郵太郎の前で待ち合わせをしていた。


 これかな。なんだ、金太郎か?へえ、これ、ポストなんだ。


「あのう、野崎さんですか?黒崎です。」


 ポストを眺めていた野崎に黒崎洋子が声をかけてきた。


 黒崎は、ふっくらした童顔な笑顔が、相手を安心させるような雰囲気を持っていた。


「あ、どうも、初めまして。野崎雅登と言います。」


 野崎は名刺を渡した。


「ありがとうございます。私は、名刺とかはないんで、すみません。黒崎洋子と言います。」


「珍しい、ポストですね。」


「そうですね。陶器製の加賀人形なんですが、ここ、よく待ち合わせに使うんです。郵太郎って言うんですけど、もう還暦超えてるんですよ。」


「古くからあるんですね。金沢らしいです。」


「ここは、どこも混むので、行きつけの喫茶店でいいですか?といっても、チェーン店なんで、東京にもあると思いますが。」


「いいですよ。どこでも。」


 洋子の軽自動車で、10分ほど、金沢港に向かうように車を走らせた。


「この広い通り来たことあります。ずいぶん前だと思うんですが、こんなに変わったんですか?以前来た時は、何もなかったような気がしますが。」


「そうですね、県庁が市街地から、駅西に移ってから増えましたね。車屋さんとか、マンション、家具屋さんとかですかね。新幹線も通って、船も海外の観光客が増えて、ずいぶん変わりましたね。」


 二人は目的の喫茶店に入った。


 ステンドグラス調の照明と、レトロな箪笥などの調度品、梁など全体的に焦げ茶色のが大正ロマンという感じか。


 野崎は、橋本から言われた事を思い出した。確かに美味しい珈琲飲むなら、環境は大事だな…。


「ここなら、ゆっくりと話できるので。」


「良い感じですね。良いと思います。東京にあったかなあ、こんなセンスの良いとこ。」


 二人は、向かい合って座り、珈琲を注文した。


「すみません、突然に、変なお願いをしまして。看護師さんなんですね。お忙しいとは思ったんですが。」


 野崎は、疲れた様子の洋子に気を遣った。


「いいえ、いいんですよ。夜勤とかもありますし、時間と時間の隙間で、いろんな用を足してます。こういう生活が何十年もですから、気になさらないでください。でも、驚きました。彩乃は元気にしてますか?10年も会ってないんですよ。」


「元気ですよ。とっても。」


「そう、良かった。彩乃を引き取ってから、うちの家族とは上手くいかなくて。子供たちはそれなりに仲良くはしていたのですが、夫が、その、手を出してしまって。」


「暴力ですか?」


 洋子は、間を置き、周囲を気にしながら声を潜めた。


「…性的な方です。


 だから、中学生になるころに、児童養護施設に預けたんです。私が会いに行っても会おうともしてくれないし。それでも、気にかけてはいたんですが、ある時、彩乃が高校生の頃だったと思うんですが、施設から逃げ出したって聞いて。よくよく聞いたら、うちの夫が面会に行ったそうなんです。それで、これまでも色々募ってたので、夫とは離婚しました。美川の姓に戻ればよかったんですが、何かと面倒で。」


「そうでしたか。黒崎さんも苦労したのですね。彩乃は、元気ですが、なかなか素直でないというか、でも、よくしてくれている大人もいますし、彼女なりに頑張って生きていますよ。」


「良かった。安心しました。あ、それで、加奈子に似た人を探しているとか。」


 野崎は写真を見せた。


「ほんと、加奈子みたい。でも、15年前に亡くなっているのに。」


「彩乃も違うと言ってたんですが、明らかに何か戸惑っている表情だったんです。」


「そうね…これは噂でしかないのですが、加奈子は双子で生まれたんですが、片方は死産だったんです。そして同じ産院で、同じ日に生まれた女の子がいたんです。その子が、加奈子とそっくりで。赤ん坊の時は分からなかったけど。保育園くらいになると、見分けがつかないくらい。いつも仲良く一緒に遊んでたわ。お互いの親は、それが嫌だったみたいで。それで、産院で死産した子と双子のもう片方の子と入れ替えたんじゃないかという噂が出て、その産院は、うちの父がやってたんです。父は産婦人科医で、母は看護師でした。ふつう、子供をとられたら、必死に訴えるでしょ。何にもアクションを起こしてないのよ。両親も何も言ってはくれなかったわ。だから、ずっとこのモヤモヤしたものが心の奥にあるんです。」


「そんな事があったんですか。彩乃は、この話は知ってました?」


「知ってたと思うわ。田舎だったから、このネタで、いじめにあってたみたいだから。」


「そうか、そのそっくりな人は今はどうなってるか知ってますか?」


「渡辺智子さんって言うんだけど、あの火事以降見かけないのよ。」


「何か、二人に違いはあったのですか?」


「う~ん、そうね。加奈子には、どっちだったかな、手の甲にほくろがあったわ。智子さんには、、何か特徴があったかは、分からないわね。」


「写真は顔だけだからな。」


「野崎さん、でもあの火事で、加奈子が亡くなってる事はDNAで身元確認できてるのよ。」


「いや、一卵性の場合、DNAは基本同じだから。」


「そうか。そうなんだ…。亡くなっているのは、智子さんってことも考えられるのね。でも、あの時間なら、加奈子がいたはずだけど。でも、野崎さん、その人が入院してる病院教えてくれる?実際に私、会ってみる。妹なら分かるかも。」


「そうしてくれると、ありがたい。」


「でも、野崎さんって、身元を調べてるだけ?警察の仕事だと思うけど。」


 野崎は5年前に娘が犠牲になった爆発事故と、その女性が被害に遭った爆発事故を関連づけていることを話した。


「その入院している女性の事が分かれば、娘が何故、あの事故に巻き込まれたのかが判明するのではと思って、ここへ来たんです。」


「そういう事だったのね。娘さん可哀そうに。もしその女性が、加奈子だったとしても、なんで、そんなところにいたのでしょうか。」


「それは、まだ、分からない。その女性が加奈子さんなのか、智子さんという人なのか。それが分かれば、またいろいろと見えてくると思うんだ。」


「なるほどね。私にできる事があったら、是非、協力させて下さい。彩乃にも会ってみたいけど、会ってもらえるかどうか。」


「彩乃に、黒崎さんの事、話してもいいかな。素直な奴じゃないので、着火点低いし、何が火種かもわからない時もある。この話は間違いなく炎上するかもしれないけど。」


「小学生の頃は、無口でね。口を開いたと思ったら、棘のある事しか出てこない。今の彩乃が見えるようだわね。私の事を言うのは、野崎さんにお任せするわ。」


 野崎は、帰りの新幹線の中で、浅い眠りから目覚めた。


 また、あの火事を見ている夢を見た。彩乃の家だったのか。火事を見ている自分の隣に誰かいるような気がした。思い出せそうで、何かが蓋をしてしまう。


 そして、黒崎洋子の優しい口調とは真逆な、櫻井彩乃のあまりにも過酷な過去を知った。


 野崎は、初めて彩乃に会った時の、あの死んだ目を思い出していた。


 少しは優しくなれるだろうか…。

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