進歩
沙織は涙ぐみ、小走りでホームの中に消えていった。佳治は眉を寄せ、
「ついに追っ払っちまったな」
「これで落ち着いてできる」
「しゃあない。それじゃ、本格的にやるぞ」
「おう」
二人が気持ちよくしゃべっていると、足を止めてくれる人が二、三、出始めた。
その中にチョー可愛いOLらしき女性がいた。
優介の足が震え始め、意識が朦朧――本人にはとても書けない漢字
の状態になってきた。
OLは付け睫毛に縁取られた大きな目で優介を凝視している。優介から宇宙語が
あふれ出した。
「おい、どうした。優介君」
佳治がおどけたようすで相方の後頭部をはたいた。
「●×△◆◎□」
優介は目を据え、宇宙語しかしゃべらない。
佳治は客に向かって愛想笑いを浮かべ、ペコペコと頭を下げた。
「すいませんねー、美人の前だとこういう状態になるんですよ」
OLが声を立てて笑った。自分を美人だと思っているらしい。
「さあさあ、落ち着いて落ち着いて。しっかりネタをしゃべってね、優介君」
「●×△◆◎□●×△◆◎□」
ムカついた佳治は、優介の耳元でささやいた。
「彼女いない歴八十年」
優介は魔法を解かれたかのように正気づいて、ネタをしゃべり始めた。
「えっと……イボ痔になったんだって?」
「ちげーわ、オヤジ!」
会社員のオヤジ達が笑った。
(やった)
佳治は心の中でガッツポーズをした。箸が転がってもおかしい年頃のギャルに笑
ってもらうより、何倍もうれしい。
その後はよどみなくしゃべり続け、終わる頃にはギャラリーも七、八名に増えて
いた。
「ありがとうございましたー」
拍手まで来た。
「お気を付けてー」
帰っていく客達を見送ると、優介は感動の面持ちでつぶやいた。
「美人の前でまともにしゃべれた」
「まともになる前は、まともじゃなかったぞ!」
「ああ。お前のひとことで正気づいた。ありがとう」
「次は自力で正気づけよ」
「大丈夫だ。今度はハリウッドの美人女優が目の前に立とうが、しょっぱなからき
っちりネタをしゃべる」
「そうか。お前は成長が早い。期待してっからな」




