反省
彼女の嫉妬と憎しみを増幅させるべく太兵衛がささやく。
〈ああいう恩知らずは死に値する。被害者のお前が留奈を殺し、あいつの息の根を
止めるのは当然の権利であり、奴らにとっては正当な報いだ〉
(そうよね)
沙織はカッターナイフをスカートのポケットに隠しており、留奈が体育館から出
たら、背後から首筋に切りつけるつもりだった。
〈いいか、正確に狙えよ。突いちゃ駄目だ。水平に深く切るんだ。ちょっと前に座
ってる奴で練習してみろ〉
(できるわけないじゃないの!)
〈そうか。じゃ、ぶっつけ本番だが、しっかりやれ〉
(もし失敗したら、私はどうなるの)
〈失敗したら? 番屋にしょっぴかれてそれまでだ〉
(警察のことね)
〈全くの骨折り損になる。だから、絶対にしくじるなよ〉
沙織は心の中で悪霊と対話していたが、漫才が面白いので、次第に観客と一緒に
笑い始めた。
〈おい、笑ってる場合じゃねえぞ〉
「ははははは」
悪霊のささやきも無視して、沙織は大笑いした。
優介は既にプロの域に達している。ここまで来るには、ゾンビになったからだけ
ではなく、本人も血のにじむような努力をしたに違いない。それだけ漫才が好きな
のだろう。
それなのに、自分は彼から漫才を取り上げようとした。
愛より自分のエゴを優先させたのだ。それだから留奈に取られても当然だったの
かもしれない。
彼女が美人だから、優介がタコみたいな自分から離れたのではなく、自分のまい
た種だったのだ。
いつしか沙織は笑いながら涙を流していた。
(優君、ごめん……)
〈おい、何を反省しているんだ! 留奈が体育館から出たら襲えよ!〉
悪霊の焦った声が響いたが、沙織は気に掛けなかった。
「ありがとうございました――っ」
沙織は泣きながら他の生徒達と共に拍手を送った。




