食い意地の張った悪霊
沙織は不幸のどん底にいたが、優介はリア充真っただ中だった。
演劇部の校内公演があり、幕開け前のステージで漫才をやらせてもらえる事にな
ったのだ。
舞台に立ち、今までに無い多くの客の前でしゃべらなければならない。しかし、
優介には以前のような、緊張のあまり早口で意味不明な言葉をまくし立てるような
事は決してあるまいという自信があった。
ゾンビになったため、鼓動が速くなるという症状には二度とならないからだ。
優介と佳治は、連日体育館裏で練習を重ね、留奈は二人に手作りの菓子を差し入
れて励ました。
楽しそうな三人を盗み見ながら、沙織はひそかに悔し涙を流していた。
「ああいうのが青春て言うんだよね……私が失ってしまった明るくて楽しい青春」
〈まあ、家に帰って飯をいっぱい食えば、悔しさも忘れるぞ〉
最近、悪霊の関心はもっぱら食べることに向けられ、留奈の暗殺はどうでもよく
なっていた。
「あんたなんか、ただの食い意地の張った憑依霊じゃない! もうこんなのいらな
い! ラーナ先生のところに行って、除霊してもらうから」
〈待て! 仕事を忘れているわけではない。必ず留奈は亡き者にする。もうちょっ
と食べることを楽しんでから〉
「もうちょっとって、どれぐらいよ」
〈そうだな。あと二年ぐらい〉
「馬鹿! 高校卒業しちゃうじゃない」
〈分かった分かった、公演の日に決行しよう。奴らが楽しみにしている日にだ〉
沙織は黙ってうなずいたが、何をするのか不安でもあった。いや、やることは分
かっている。自分の手で沙織を葬るのだ。自分の意識ではとてもできないが、悪霊
に支配された状態ならできるだろう。そして沙織と一緒に優介も死に、自分は彼ら
を忘れることができるのだ。
沙織には今の苦しみから逃れることだけが心を占め、それから先の自分がどうな
るかなど考えられなくなっていた。




