カツラ攻撃
留奈は鞄を抱え、泣きながら家に帰った。
「どうしたの」
夕飯のしたくをしていた母親が、驚いて聞いた。
「鞄がひかれた!」
留奈はしゃくり上げながら鞄を見せた。母親は青ざめ、
「あなたは何ともないの? ケガしなかった?」
「うん。大丈夫。なんとかクルマをよけた」
「そう。よかった。何か考えごとして歩いてたんじゃないの? あなた、最近ぼん
やりしているもの」
母親に本当のことを話しても信じてもらえそうもなかった。霊現象など一つも経
験が無く、幽霊など信じないタイプなのだ。
「うん、気を付ける」
それだけ言うと、留奈は自室に引き揚げた。
ベッドに座り、ホッと溜め息をつくと、部屋を見回した。
今夜もあの黒い顔の男が出るのだろうか。
留奈は恐ろしくなり、スマホを握ると優介を呼び出した。
「優君! 今、すごい怖いことが起きた」
〈怖いこと? 何があったの〉
留奈は声を震わせながら、たったいま体験した恐ろしい出来事を話した。
「私、そのうち殺される……もちろん事故を装って。今日も黒い顔の男が出るかも
しれない」
〈留奈、しっかりするんだ! 今、君の家に行く。そして今夜は一緒に寝よう!〉
「けっこーです!」
留奈は電話を切ると、スマホを放り投げた。
「どH」
つぶやくとベッドに横たわり、天井を見上げた。
黒い霊は仰向けに寝ている自分の胸に手をかざし、鼓動を止めようとした。それ
なら、うつ伏せに寝ていればいい。
そーだ、そーだ、それがいい。
留奈は全てが解決したかのようにニンマリした。そして、今までの緊張感と疲労
で眠りに落ちてしまった。
気付くと、真っ暗な草原に立っていた。
「ここはどこ?」
夢の中にしては、妙にリアルだ。草いきれさえ感じる。
空には星も月も無い。
夢と自覚しているせいか、優介のことは頭から離れていない。
「いい加減、その男のことは忘れるんだ」
後ろから声を掛けられ、留奈はギョッとして振り向いた。
ハンチングを被った男が下を向いて立っている。
留奈は悲鳴を飲み込んだ。
(またか)
恐怖よりも、男のしつこさに怒りが込み上げてきた。
男はゆっくりと顔を上げる。
例の目も鼻も無い真っ黒な顔だ。
「それが?」
留奈があざ笑うと、男に動揺が走った。
「怖いだろう……」
留奈は女優のように澄ました顔で言った。
「別に」
「なにっ、馬鹿にするなよ! いま俺の怖さを見せてやるからな」
男は帽子を脱ぐと、被っていたカツラを留奈に向けて投げつけた。
カツラは留奈の顔面にへばりついた。
「キャッ」
カツラは生き物であるかのようにうごめき、留奈の鼻と口をふさいだ。
留奈は身悶えしながらカツラをはがそうとするが、吸いつくように密着していて、
どんなに引っ張ってもはがれない。
「ははは、死ねっ。あの男と一緒に」
「死ぬ……もんですか」
留奈はもがきながらも、優介を想い続ける。
しかし呼吸が苦しくなり、次第に意識が遠のいていった。
「留奈! 御飯よ」
自分を呼ぶ声で彼女は目を覚ました。母親が眉を寄せて自分を見下ろしている。
「昼寝してたの? もう七時よ」
「えっ……やばい。そんなに寝ちゃったのか」
今のは全て夢だったのだと思い、留奈はホッとして額の汗を拭いた。
その夜、留奈は両親に一緒に寝させて欲しいと頼んだ。
父親は快くうなずき、
「いいよ。別にもう子作りしているわけでもないから」
「何言ってんの! その通りだけど」
自分には家族がいる。
留奈は救われたような気持ちになり、一緒に笑いながら涙ぐんだ。




