暗殺者
「キャーッ」
留奈が悲鳴を上げながら公園の外に飛び出したところへ、クルマが走ってきた。
そして、留奈のすぐ前で急停止した。自動停止装置付きだったのだ。
「文明の利器に負けた」
ベンチに座っていた男は、悔しそうにつぶやきながら煙のように消えた。
(やっぱり私は命を狙われている)
留奈は道路の真ん中に震えながら立ちすくんだ。
クルマの窓から若いイケメンが顔を出し、留奈に声を掛けた。
「大丈夫?」
留奈はドキッとして、
「はい」
満面に笑みを浮かべると頭を下げ、道路を渡った。そして手を振る運転席のイケ
メンにもう一度微笑むと、走り去るクルマを見送った。
「カッコいい……」
こういう精神的浮気をしている最中も、優介の面影は脳裏から消えていない。
考えてみれば、もう優介と結婚したも同然だから、自分の青春は終わったのだ。
「信じらんない。十六で」
公園にいた男のことも忘れ、悩みながら歩いていると、またもや前方からイケメ
ンがやってきた。年は二十歳ぐらいだろうか。学生かもしれない。
すれ違いざま、イケメン学生は留奈に声を掛けた。
「可愛いね」
思わず顔を赤くする留奈。学生は後ろから、さらに声を掛ける。
「僕のこと覚えてる?」
「は?」
留奈が振り向くと、そこには先程の黒い顔の男が立っていた。
「キャーッ」
悲鳴を上げながら走る留奈に、横から自転車が突っ込んできた。もちろん停止装
置は付いていない。留奈はぶつかって道路に倒れ、自転車も横倒しになった。
「いったーい」
留奈は体をかばって道路に突いた右手を押さえた。
「急に飛び出したあんたが悪いのよ!」
自転車に乗っていたおばさんが、これも痛そうに足をさすっている。
「すいませんでした。変な人がいたので」
「変な人? どこに」
留奈が周囲を見回すと、黒い顔の男は消えていた。
「あれっ、いない……」
「ったく」
ブツブツ言いながら走り去るおばさんに、留奈はもう一度頭を下げた。自転車が
見えなくなると、留奈は自分の家に向かって走り出した。ぐずぐずしていると、ま
た出てくるに違いない。
前から、またもやイケメンが歩いてきた。イケメン大漁の日だ。
以前なら喜んでいたが、もはや留奈にとってイケメンは恐怖でしかなかった。
彼女を見てイケメンが微笑んだ。留奈は顔を引きつらせ、猛スピードですれ違っ
た。
イケメンは首をかしげる。
留奈は疲れ切って立ち止まり、荒い息をした。家はもうすぐだ。
足を引きずるように歩いていると、前方の道路に何か黒い物がうごめいていた。
その横を買い物に行くらしい主婦が通り過ぎた。彼女には見えないらしい。
(何だろう。誰かがカツラを落としたのかな)
まさか。第一、あの黒い毛のカタマリのような物は動いているのだ。まさか最新
式の動くカツラ? 聞いたこと無いよ。それにカツラが動く必要性なんて――。
留奈はなんだかんだ考えながら、足音を忍ばせてカツラの横を通り過ぎた。
「もしもし」
後ろから誰かに呼び止められた。留奈が恐る恐る振り向くと、例の黒い顔の男が
立っていた。彼がハンチングを脱ぐと、カッパのような頭頂が現れた。
「僕のカツラ、見ませんでしたか?」
「キャーッ」
悲鳴は上げたが、留奈は駆け出さなかった。
「逃げないのか」
「もう、その手には乗らないわよ! 今度は停止装置の付いてないクルマにぶつか
るんでしょ!」
留奈は男に向けて鞄を投げつけた。男は一瞬にして消え、鞄はドサリと道路に落
ちた。ホッと息を吐き、腰をかがめて鞄に手を伸ばした次の瞬間、目の前にクルマ
が走ってきた。
「キャッ」
留奈はすんでのところでよけたが、鞄はひかれた。
「キャーッ、私の鞄!」
拾い上げると、タイヤの跡が付いていた。




