顔の無い男
ひと駅で降りると、閑静な住宅街を歩き始める。
悪霊の出た家に帰るのは気が重かった。今夜こそ息の根を止められるかもしれな
い。なんとか対策を考えなければ。
留奈は小さな公園に入ると古びたベンチに腰を下ろし、つぶやいた。
「一体どうしたらいいんだろ」
隣のベンチにハンチングを被り、ジャンパーを着た男が座っていたが、自分の悩
みで心が支配され、目に入らなかった。
深い溜め息をついて空を見上げると、いつものように優介の青白い顔が浮かんで
きた。こうして常に彼を想っているのだ。そして、自分の力で彼は生きている……。
私が死んだら、彼も死ぬのだ。お風呂の中かトイレの中か、あるいは漫才をやっ
ている最中かもしれない。予告もなく突然心臓が止まってしまうのだ。
(それは可哀想過ぎる)
留奈は美しい顔をしかめる。
可哀想って、私はもっと可哀想じゃない。いつもこうやって他人に同情して、大
変な目にあうようなところがあるのよ。人の面倒を見てゴタゴタに巻き込まれるよ
うなところが。
「そうか!」
留奈は膝をたたいてつぶやいた。
「前世で親分だったんだ」
隣の男が噴き出した。留奈はギョッとして男を見た。腕組みをして、寝ているよ
うに見えるが、聞き耳を立てていたのだ。
(やーね)
留奈は不気味なものを感じた。しかし、いくら耳を澄まそうが、こっちが声を出
さなければ何も分からない。
(いっそのこと一晩中起きていようかな。煌々と明かりをつけて)
心の中でつぶやいた。
「夜は電気を消して寝たほうがいいな」
隣の男が独りごとのように言った。
「はあっ!?」
留奈はびっくりして腰を浮かせた。
男のほうを見ると、相変わらず首を垂れて寝ているように見える。
(空耳だったのかしら)
「いや、空耳じゃないよ」
留奈はベンチから飛び上がった。
男がゆっくりこちらに顔を向ける。
それは目鼻の無い、真っ黒な影だった。




