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ゾンビの恋人  作者: 鳥原 麻生
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佳治の誘惑

 放課後。

 体育館の裏で必死に練習する二人を、沙織は気づかれないように見守っていた。

そして、「こんなもんで大丈夫だろう。行こうぜ」という佳治の言葉を聞くと、急

いで学校の外へ出た。


 沙織が二人の後をつけると、ファストフード店に入っていく。

 路上ライブの前に腹ごしらえをするらしい。沙織は自分も食べたかったが、気づ

かれたらヤバいと思い、我慢した。自分の腹が鳴るのを聞きながら、沙織は二人が

出てくるのを待った。


 日はすっかり落ちて、街にはネオンがまたたいている。

 三十分ほどして、ようやく二人が出てきた。仲良く寄り添いながら駅に向かう。

 沙織は浮気調査の探偵のように、物陰に隠れながら後をつけた。

 何も知らない二人は駅前にある公園のベンチに腰を下ろすと、ネタの確認を始め

た。


 一通り練習すると、雑談を始めた。

「マジ学校の奴いねーだろうな」

「いねえって。こんな遅い時間」

「会社帰りのOL多いな」

「きれいなお姉さんがいっぱいいるぞ。お前、ちゃんとしゃべれるだろうな」

「分からない」


「おい、しっかりしてくれよ」

「初日みたいに頭が真っ白になるかもしれない」

「やっぱ沙織に来てもらえばよかったな」

「じょーだん! あいつ、そのうちストーカーになるかもだ。俺、正直怖い」


「そういうのは『追っかけ』ってんだ。人気芸人には付きものだから、今から慣れ

ておいたほうがいい」

「何言ってんだ! 俺は芸人になんかならねー」


「なんで」

「気の小ささを直すためだけにやってるつってるだろ」

「もったいねーじゃん。これほど息が合って笑いも取れるんだぜ。東京に出て、勝

負しねえか」

「ここは東京だろっ」

「そうだったな。だからマジ恵まれているんだぜ、俺達。このまま漫才の腕を磨い

て芸能事務所に入って」


「おい! 勝手に俺の人生を決めるな」

「それじゃ、卒業後の計画が既にあるのか」

「何も無い」

「無いならいいじゃないか。三十までに芽が出なかったら、あきらめればいいんだ」


「三十でやり直しがきくか」

「ああ、人間は何歳になっても素敵な恋ができるし、会社を立ち上げることだって

できるんだ」

「なんかそんなこと言ってるCMがあったな」


「いいか。六十なんてハナ垂れなんだ。そう言ってる政治家がいた」

「それは自民党の中だけの話だ!」

「お前は政界ネタにもついてこれる。マジ頼もしい」

「いや、それほどでもないがな」


 佳治は優介にしなだれかかり、

「だから分かって。私のパートナーはあなたしかいないの」

「キモいわ!」

 佳治が一生懸命口説いているのを、沙織はベンチ裏の植え込みに隠れて聞いてい

た。


「なあ、進路が決まってないなら、考えてくれ。これまで女子達を何度も爆笑させ

たじゃないか。そのとき気持ちよくなかったか?」

「まあ……確かに笑いを取るとゾクッと来ることはある」

「なあ、そうだろう。こんな楽しい仕事は無いって思わないか? 人生を賭けるだ

けの価値があると思わないか?」

「……分かった。それじゃ、考えてみるよ」

「そうか! よろしく頼むぜ!」


(優君、プロのお笑いになるんだ)

 沙織は公園を出ていく二人を見送りながら、感動に包まれていた。まるで自分が

産んだ子供が志を持って羽ばたいていくように感じていたのだ。

(ますます気を入れて応援しなきゃ。これから彼をプロの芸人に育て上げなければ

ならないんだから)

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