金持ちなので、
自分は常に満ち足りた状態にあった。
生まれたときには既に鬼ごっこやかくれんぼには広すぎる程の邸宅と綺麗な花が咲き乱れる庭園が用意されていた。
口に入れるモノは、高級美食家界隈でも有名とされる腕の立つ料理人が準備した食事であった。
服も、どこか海外から輸入したらしい高級布を使ったものを着せられていた。
そのような境遇であったからこそ、度々友人に集られることがあった。
彼らは自分に何か話しかけるかと思えば、皆、一様にして、笑いを堪えるかのような不自然な顔をして、こう言った。
「今さ、金がないんだけど、ちょっとくれないか。ほら、お前の家お金持ちじゃん、1、2万円ほど大差ないだろう」
その通りであり、この紙切れを与えただけで交友関係を保ってくれるのならば安い、と考え、財布から差し出すのだ。
しかし、それをする度に、少しずつ、金を必要としない友人がほしいと思い始めるようになった。
自分の保有する財産が減ることに嫌気がさしたからではなく、自分をただの財布として扱わないような者と金に関すること以外の会話を楽しんでみたいと夜な夜な思いふけるのだった。
その最中、とある一人のクラスの住人が話しかけてきた。
内容は、自分の望んだものとは真逆である、金を欲するものであった。どこから噂が広まったのか、不思議であったが、当たり前のことなのかもしれない。
彼もまた、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、右手を差し出してきた。
それに応えるようにして、自分はポケットの中にしまっておいた財布から福沢諭吉の肖像画が刻みこまれた長方形の紙を2枚ほど彼に渡した。
すると、それを見るなり、笑いが堪えきれなくなったのか、突如吹きだし、笑い始めた。しばらく笑い転げると
「サンキューな」
そういいながら、腹を抑えながら去っていった。
その理解不能の行動に嫌悪感を抱き、それと共に、ついに溜め込んでいたものが噴出してきた。
次の瞬間には、自分の席を立ち上がり、そして大声で叫んでいた。
「なんなんだ!!お前らは!!俺のことを一体なんだと思っている!?俺は、俺はお前らにとって財布なのか!?都合のいい時にやってきて、都合のいい時に去る、用のない時には一切話しかけない!!たしかに俺は金持ちだ!金を使ってお前らと友人でいられたのだと思った!しかしそれは違った!お前らは俺のことをATMとしか思っていなかった!哀れだな!俺は!もう、手前らにくれてやる金などありはしない!もう俺に近づくな!!集るな!!関わるな!いいな!!」
肩で息をし、乾いた唇をなめた。大声をだした所為か、喉をいためたのがわかった。
それを聞いたであろう周囲は、一瞬静かになった。しかし2、3秒後、クラス内にいた彼らは、爆笑を始めた。太ももを手でうつ者、手をたたく者、腹を抱える者。口を大きく広げ、大声で笑っていた。
本当に理解ができず、怖くなった。一体何をしているのか。
笑い転げているうちの一人が、近寄ってきて言った。
「お前、なに言ってんだよ、まだ夢みてんのか?いいか、お前の家の会社はもう1ヶ月前に倒産したんだぞ」
「何を言っているんだ!?俺の父の会社は大企業だぞ!?潰れるわけがないだろうが!!そんなことを言うのならさっきくれてやった紙幣を返すんだな」
「ああ、あれ?返してやるよ、どうせただのゴミだしな」
そう言った彼は、ポケットの中からくしゃくしゃになった紙を取り出した。すると自分の目の前に掲げ、こう言い放った。
「これは、お金じゃねえの、この紙は、お前が描いたただの紙だ。お前は、未だに貧乏になったことを信じれないんだ。だからお前は自分で紙幣を描いたわけ、お前は、病んでんの」
目の前にある、先ほど渡した紙幣を見てみると、それは確かにただのコピー用紙にボールペンで描いてあるだけの偽物であった。状況を脳みそが、うまく処理することができず、焦点もうまく合わない。
ぶれる視界と、背筋を通る汗が、鼓動をしだいに早くしていった。
「うそだぁ!!!うそだぁぁぁ!!お前らは!!お前らは!!集団で俺をだまそうとしているんだ!!!白状しろ!!!」
殴りかからんと拳を振り上げ突進した。軽くあしらわれると、足を引っ掛けられ、こけさせられた。
悔しくて、涙がでた。
全て、思い出したのだ。
彼らは、金がほしいからいつも自分の所へやってきたのではなく、ただ頭のおかしい自分をおもしろがったり、冷やかしに来ていたのだ。
教室の床に、いくつもの水溜りができていた。