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無駄な感情

(お題使用)

SIDE : 委員長


「……っ、委員長っ!」

「……ご、ごめん!」

 人気もほとんどない廊下に隣接する放課後の教室で。わたしは見てはいけないものを見てしまったらしい。

 目の前の状況に素早く頭が対応できない。


 だって……クラス一不良と呼ばれる生徒が。

 まさかまさか……同じクラスの、しかも寝ている男子にキスしようとしている瞬間を目撃することになるなんて。


 とにかく回れ右せねばと踵を返そうとするが、それより早く引き留めの声がかかった。

「ちょっと待て!」

「……っ」

「おいこら待ちやがれっ」

 聞こえないふりを試みたが無駄のようだ。

「……んんー……」

「あ」

「……!」

 不良くんの大声で眠っていた男子が身じろぎした。もしかしたら目が覚めるかもしれない。

 慌てた不良くんはわたしの腕を掴んで教室を飛び出す。痛い、ばか力すぎる!

 痛いって! と抗議する声を無視してずんずん引きずられた先は不良の定番、屋上だった。

 辿り着くと掴まれていた腕がやっと解放される。じんじん鈍い痛みを感じるのは気のせいではない。

 まったく、いくら慌てていたとしても女子の腕を力加減も考えずに掴むなんてなんてデリカシーのない男だろう。

 何度もさすっていればようやく痛みも引いた。

 さて、と視線を前に寄越す。

 ここへ着いてから不良くんはこちらへ背を向けたまま振り返らない。放課後の、二人きりの屋上。運動場からは運動部のかけ声が微かに届くのみで、シチュエーションだけを鑑みればなんと青春ぽいものか。

 ……内実はまったくと言っていいほどかすりもしていないが。

 しかし本当になんの用でわたしをここまで連れてきたのか。なんとなく察しはつくが如何せん確証はない。

 と徒然と考え込んでいるときだ。

「……さっきの……」

「え?」

 突然話しかけられたせいか素っ頓狂な声が漏れた。すると不良くんはわたしに振り返って大声で叫ぶ。

「だからさっきのっ!」

「は、はいっ!」

 大きな声を出した不良くんに驚いて同じく大きな声で答えてしまった。そんなわたしの顔を睨むようにまじまじ見つめる彼。

 ちょ、なんか目つき怖いし、なに……ってあれ不良くん、頬が薄っすらと赤く染まっている。珍しい、そんな表情はクラスメイトとして初めて目にしたものだ。

「……さっきの……どこまで見た?」

「……へ……?」

 さっきの、ってあれだよ、ね。

 どこまでって……。

「あー確か、あなたが机に突っ伏して寝ている男子にキスしようと顔を近づけたところまでだけど……」

 そこまでわたしが言い終えると彼は盛大な溜息を吐き出し、顔を手で押さえたままその場に座り込んでしまう。

「ばっちし見てんじゃねえか……」

 ええー。だって仕方ないじゃない。教室の扉を開けたらいきなりその場面だったんだから。飛び込んできた映像の衝撃に声を出さなかった自分を褒めて欲しいくらいだ。

 でも目の前でかなりのダメージを受けてる不良くんにわたしはもっとも気になる質問をぶつけてしまった。

「あなたって男の子が好きなの?」

 あたしの問いに勢いよく顔を上げた彼。

「違うっ! オレは断じてホモじゃねえっ!!」

「え? でもさっきのあれはどう見たって」

「だからそもそもなんであんなことしたのかオレにだって分かんねえんだよ!」

 ぐしゃぐしゃと金髪に染めた髪を手で掻き乱す。そしてまた『うー』と唸っていた。

 ……うーん……今の不良くんの話をまとめると、何故自分があんな行動に出たのか分からないのに、よりにもよってそれを他人のわたしに見られてしまった、と。そういうことだ。

「……大丈夫、だよー? わたし、誰にも言ったりしないし」

「そういう問題じゃねえし……」

 む。じゃあどういう問題なんだ。

「つーか、なんでオレはあんなことしようとしたんだ……っ」

 髪に差し込んでいた手を今度は顔に移動させる。そして両手で顔を覆った。

 どうやら彼は、わたしに見られたことよりも男である自分が何故同性の、しかも友人でもあるクラスメイトにキスしようとしたのか、その行動が理解できないらしい。

 でもさ、不良くん。その答えは案外簡単なんじゃない?

「そりゃあ、あなたが彼を好きだからよ」

 うんうん。そうに決まってる。だって、好きだから身体が勝手に動いたんだし、男だろうとキスしたいって思ったのよ。

 なかなか的を射た意見よね?

 いやあこれで解決じゃん。

 よかったよかったと頷くわたしをよそに、目の前の彼はさあっと体温が下がったかのような顔。これがいわゆる顔面蒼白、ってやつと知るのはもうちょっとあとなんだけど。

「……な……っ、んなわけ……ねえだろーっ!」

 きっと学校中に響き渡るんじゃないかってくらい馬鹿でかい声で叫んだ。思わず耳を塞いだわたしに罪はない。

「……っう、るさいなぁもう!」

「お、お、おまえがふざけたこと言うからだろっ!?」

「ふざけたこと? 事実を言ったまでだよ」

「事実じゃねえー!」

「大丈夫だって。男が男を好きなことは全然おかしいことじゃないから。知ってる? むしろ昔は同性愛が主流だったのよ? それを近代になって、異性愛が正しいって考えに無理やり変えたの」

「そんなことをオレは聞きたいんじゃねえ!」

「じゃあなにが訊きたいのよ」

 そしてそのままぎゃあぎゃあ二人で言い合うこと十分弱。ついに意見が重なることはないまま、その日わたしは忘れ物を取りに教室へ戻ったことも忘れて不良くんと恋愛について語ってしまった。

「だーかーらー。自分が信じられないのは仕方ないけど、自覚しちゃえば楽だと思うよ?」

「……委員長……おまえ、なんでそんなに楽しそうなんだ……」

「え? わたし楽しそう?」

「すっげーな!」

 知らず知らずのうちに顔は笑っていたらしい。

 だってさ、よく考えてみてよ。クラス一不良と呼ばれていた彼が実は同性愛者じゃないかと悩んでいるなんて、こんな事実を知っているのはきっとわたしだけ。

 今までちょっと近寄りづらかった相手だけど、実は話してみると案外面白い人間なんだなあって発見したら、もっと仲よくなりたいって思うことない?

「委員長さ……。もしも、もしもだけどよ」

「なに」

「その……オレが男を好きだって言ったら……おまえ引く?」

「全然」

「……なんで」

 恐る恐る問われたそれに、わたしは自信満々に答えた。

「だってわたしの愛読書、BL小説だもん」

 昼休み、熱心に読んでいるのは最近発売されたシリーズの最新刊。クラスの皆は『委員長ってば真面目だねぇ』って言ってるけど、お気に入りのカバーに包まれた中身が実はBL小説だと知っているのは昔から仲のよい友人だけだ。

 ちなみに友人はわたしの趣味をほとんど気にしてないから助かるが。

 とはいっても嵌まっているのは二次元だけで、三次元に興味はない。実際、クラスメイトで妄想したことはないし、現実と虚像の区別はしっかりついていると自負している。

 それなのに不良くんの話を聞いても嫌悪感を抱かなかったのは二次元で耐性がついていたからか。それとも初めて目撃した三次元の光景に好奇心が勝(まさ)っているからか。

 どちらにしろそのときの不良くんの顔は今でもなんと表現したらいいか分からないほど、実に愉快なものだった。


 そしてその後、彼はことごとく自分はノーマルだと言い張っていたのだが、転機は突然訪れる。

 あれから二週間ほど経った頃だ。キスしようとした相手にめでたく彼女ができたようで、しかもその報告を本人から嬉々として知らされた彼は、いつぞやの放課後と同じように二人きりの屋上にて静かに涙を流した。

「だから言ったでしょ? あなたは彼が好きなんだって」

「……うっせーよ……」

 悪態をつきながらも肩を震わせて声を我慢する彼を見て、やっぱり本物の恋だったとわたしは悟った。

「くそっ。なんで涙なんか出んだよ……っ」

「あなたの想いが無駄じゃないからよ」

 そう。自覚していなかったとしても、それを信じようとしなかったとしても、誰かを想う気持ちは決して無駄なんかじゃない。それはすごく素敵なことなんだから。

「だからあなたは気が済むまで泣けばいいの」

 ばしっと肩を叩いてやると、『痛え……』と言いながら彼は涙の溜まった瞳で笑った。

 ああ、初めて見た笑顔だ。どこか歪で、無理をしているのが手に取るように分かるのに、決して醜くはない、むしろ誇らしいくらいだ。


 戸惑いと共に動揺が生じた自身の行動を否定したい気持ちはあるのに、どうしても惹かれていく感情を無視することができず悩み苦しみ。

 認めることもままならぬ常識に捉われ。

 けれど突きつけられた残酷な結果に打ちのめされやっと自覚した恋情を、内に抑え込むのではなく受け入れた人間の表情というのはこんなにも色鮮やかに他人の心を惹きつけてやまないのか。


 綺麗だ。

 本当に、眩しいくらいに。


「……あなたってわたしのタイプかも」

「……はあ!?」

「小説の中で、ってことよ」

「小説!?」

 なんだそれ!? と不良くんが喚いているが無視である。




 さて。このあとの話が気になるだろうか。

 わたしたちがどうなったかというと、それは皆さんのご想像にお任せしようと思う。とりあえず顔見知り程度の、ただのクラスメイトではなくなったとだけは伝えておこう。なんといっても恋ばなする仲だしね!




=終わり=




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