失踪
閉店時間が迫っているのにテーブル席の老婦人とスーツの男が腰を上げようとしない。
かれこれ1時間以上深刻そうに話し込んでいるが、狭い喫茶店なので客のやり取りがイヤでも耳に入ってしまう。
どうやら老婦人の息子が行方不明で連絡がつかないらしい。
スーツの男は息子の友人のようだ。
「やっぱり警察に相談してみようかしら・・・。」
「いや、でも電話には出ませんでしたが、メールの返事は来ましたよ。ほら。」
老婦人にスマホの画面を見せる男。
「でも、直接声を聞いたわけじゃないんでしょ?」
「それは・・・まぁ・・・。」
ハンカチで涙を拭う老婦人。
客には申し訳ないが店内に「蛍の光」を流し、二人に退店を促す。
慌てて立ち上がるスーツの男。
会計を済ませて二人は店を出て行った。
客の食器を下げようとテーブルに向かうと、そこにはスマホが置いてあった。
スーツの男の忘れ物である。
スマホの画面には失踪した友人からの返信が表示されていた。
* * *
きのうは仕事が忙しくて返事できなかった。
ん~、母ちゃん心配してたか・・・
たかが数か月の音信不通で大げさ過ぎ。
まぁ、相手しないこっちも悪いけどな。
かなりしつこく電話してくるからキツい。
ゆっくり一人暮らしも楽しめねーよ。
いつもそっちに面倒かけちゃってゴメンね。
* * *
入口のドアベルが鳴る。
スーツの男が忘れ物に気づき戻って来たのだ。
テーブル上のスマホを見て安堵の溜息をつく男。
会釈をしてそれを胸ポケットにしまい足早に去ろうとする。
「あの・・・」
思わず声をかけてしまった。
「え?」
男の不機嫌そうな顔に臆して何も言えなくなってしまう。
「あ、いいえ・・・」
スーツの男が店を出て行った。
私は勇気をだして尋ねるべきだったのだろうか。
(あなたは返信の行頭縦読みに気づいていましたか?)と。
~ Fin ~




