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失踪

作者: 兼穂しい
掲載日:2026/05/02

閉店時間が迫っているのにテーブル席の老婦人とスーツの男が腰を上げようとしない。


かれこれ1時間以上深刻そうに話し込んでいるが、狭い喫茶店なので客のやり取りがイヤでも耳に入ってしまう。


どうやら老婦人の息子が行方不明で連絡がつかないらしい。


スーツの男は息子の友人のようだ。


「やっぱり警察に相談してみようかしら・・・。」


「いや、でも電話には出ませんでしたが、メールの返事は来ましたよ。ほら。」


老婦人にスマホの画面を見せる男。


「でも、直接声を聞いたわけじゃないんでしょ?」


「それは・・・まぁ・・・。」


ハンカチで涙を拭う老婦人。


客には申し訳ないが店内に「蛍の光」を流し、二人に退店を促す。


慌てて立ち上がるスーツの男。


会計を済ませて二人は店を出て行った。


客の食器を下げようとテーブルに向かうと、そこにはスマホが置いてあった。


スーツの男の忘れ物である。


スマホの画面には失踪した友人からの返信が表示されていた。



* * *



きのうは仕事が忙しくて返事できなかった。

ん~、母ちゃん心配してたか・・・

たかが数か月の音信不通で大げさ過ぎ。

まぁ、相手しないこっちも悪いけどな。

かなりしつこく電話してくるからキツい。

ゆっくり一人暮らしも楽しめねーよ。

いつもそっちに面倒かけちゃってゴメンね。



* * *



入口のドアベルが鳴る。


スーツの男が忘れ物に気づき戻って来たのだ。


テーブル上のスマホを見て安堵の溜息をつく男。


会釈をしてそれを胸ポケットにしまい足早に去ろうとする。


「あの・・・」


思わず声をかけてしまった。


「え?」


男の不機嫌そうな顔に臆して何も言えなくなってしまう。


「あ、いいえ・・・」


スーツの男が店を出て行った。


私は勇気をだして尋ねるべきだったのだろうか。


(あなたは返信の行頭縦読みに気づいていましたか?)と。


~ Fin ~

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