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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-王都編-
7/19

グラディアス公爵家③


 ロアンを迎え入れたヴィエラは、彼を自身の部屋ではなく、近くのサンルームへと案内した。


「ロアン、こちらへいらっしゃい。お前が興味を持ちそうなものを用意しているわ」

「はい、ヴィエラ様。あ! ほうせきだ!」


 挨拶の時はしっかりとしていたのに、やはり好きなものの前では素が出てしまう。そんなロアンの後ろには例の侍女がついていたが、ヴィエラは視界に入れることすらせずにロアンにだけ意識を向けた。


「さあ、ロアン。好きなだけ見るといいわ。フフ。どの宝石がお前の目を奪うのか、楽しみだわ」

「わあ~……! ぜんぶキレイです! ヴィエラ様!」


 挨拶の時にグラディアス、が言えずに噛んでいたため、ヴィエラは「特別に名前で呼んでもいいわ」と許可を出していた。これには専属侍女達もギョッとしたが、ヴィエラは一切気に掛けることなくロアンだけを見ている。


「ぼく、お母さまにきいてベンキョーしました! ほうせきにもたくさん名前があって、どれもヴィエラ様ににあいそうだな、と思ってたら、すぐにおぼえられました!」

「あら、いい子ね。では、これが何か分かるかしら?」

「えっと……青くてキラキラしてるから、サファイアです!」

「正解よ。ではこれは?」

「赤くてキレイだから、ルビーです!」

「あら、本当にちゃんとお勉強してきたのね。えらいじゃない」

「はい! ルビーはヴィエラ様の目といっしょの色だから、イチバンにおぼえました!」


 本当にそう思っているのだろう。子犬のように真っ直ぐ感情を向けて来る姿にヴィエラは「ありがとう」とだけ返す。


 一見柔らかく対応しているが、その実ヴィエラはロアンの一挙手一投足をキチンと見ている。

 この三日間、ヴィエラは何もしていたわけではない。ストーンリッジ伯爵家の内情を父親に調べて貰っていたのだ。


 結果的に分かったことは、ロアンが家庭内で迫害にも近い扱いを受けていることだった。


 それに伴い、ヴィエラと同じ五歳であるにも関わらず舌足らずなのは、『家族と過ごす時間が一人だけ少ないからだ』と予測された。


 ロアンは虫が好きなこともあり、家族から疎まれている部分がある。またロアンの観点やスタンスは独特で、一般的な貴族とはかけ離れている。そのため『異端児』として扱われており、会話する機会が他の子どもに比べても少なかった。


 だが好きなことが対象になれば饒舌になるものだ。


 現にロアンは普段の倍以上の言葉を発しており、侍女もどこか呆気に取られている。

 その内容も五歳とは思えないほどしっかりと考えられたものであり、ヴィエラにとっては満足のいく結果であった。


「お前、なかなか賢いじゃない」

「そう、ですか?」

「ええ。そんなお前には特別にコレを見せてあげましょう」

「わ! 本だ!」


 ヴィエラが手を叩くと、すかさず部屋の端に待機していた使用人がサッと動き出す。そしてロアンの前に差し出したのは、一冊の『図鑑』だった。

 そこには昆虫について細かく観察された手記と模写が残されており、ロアンは食い入るように見つめる。


「すごい……! ぼくのしらない虫、いっぱいいる……!」

「これを残したのはわたくしのおじいさまのそのまたおじいさまなの。お前と同じで、虫が好きだったのよ」

「そうなんですね! ヴィエラ様のおじいさまのおじいさまはすごいです!」


 ロアンが興奮するのも頷けるほど、手製の『図鑑』はよく出来ている。とはいえだいぶ劣化しているため、ページを捲るのは司書を務めている使用人だ。


「この図鑑の価値を理解できると知ったら、おじいさまのおじいさまもお喜びになったでしょうね」

「……まわりの人は、よろこんでくれなかったのですか?」


 興奮していたロアンも、ヴィエラの呟きに気付いて顔を上げる。その瞳は若葉のように瑞々しく澄んでおり、ヴィエラはそっと視線を逸らすように瞼を落とした。


「そうね……。ずっと『変わり者』と呼ばれていたそうよ。お会いしたことはなかったけれど、こんなにもくわしく虫について残している人ですもの。周囲はきっと理解してくれなかったでしょうね」

「でも、ヴィエラ様はぼくに虫の名前おしえてくれました。ヴィエラ様は、キレイです。カワリモノなんかじゃないです」


 どこか不服そうに半ズボンの上で手を握り、眉間に皺を入れる姿にヴィエラはそっと表情を緩める。


「いいのよ。わたくしは悪く言われたことないから。それで? お前はどの虫が好きだと思ったのかしら」

「はい! ぼくがすきなのは──……」


 ヴィエラにとって『好ましい人間』は”常に一所懸命な人”だ。


 学ぶ。作る。練習する。


 音楽でも詩でも、木工品や虫についてであろうと、懸命に足掻き、学び、努力して自らの人生を輝かせる人間が大好きだ。


 逆に権力を笠に着て動く者や、身の丈に合わないものを纏って自慢するものは蛇蝎の如く嫌う。

 そんなヴィエラにとってロアンは『好ましい』側の人間だった。


 ここに来るまでの間、決して仲がいいとは言えない母親に宝石の名を聞いて学んできた。そして下心なく『ヴィエラには全部似合う』と言いきった。


 下心のない称賛もまた、ヴィエラにとっては好ましいものだ。


 矜持が山のように高くともヴィエラとて人間だ。褒められればやはり嬉しい。


 勿論、下心の滲んだ褒め言葉は物理的に燃やそうとするほど嫌いだが、心からの称賛であれば手放しで受け入れる。


 それが『ヴィエラ・ル・ルナリエ・グラディアス』という、感性を零か百かに極振りした少女である。


「ねえ、ロアン。話し続けてのどがかわいたでしょう? お茶をのまない? お菓子もあるのよ」

「はわっ……! おいしそうです!」

「我が家のシェフが焼いたクッキーよ。とったりしないから、しっかり味わって食べなさい」

「はい! いただきます!」


 ヴィエラが片手を上げただけでテーブルの上にティーセットと焼き菓子が用意される。あまりの早業にロアンは目を丸くしたが、敢えて指摘するようなことでもない。むしろ自宅ではお目にかかれない焼き菓子に釘付けになっている。

 この日までに叩き込まれたマナーを忘れそうになりながらも、ロアンは手や膝にクズが落ちないよう、クッキーをナプキンで包んで持ち上げる。そうして恐る恐ると言った様子でかじりついた。


「んん~……!」

「あっはは! お前、なんていう顔をしているの」


 若葉のようなアップルグリーンの瞳が大きく見開かれ、輝きを増す。小さな体では抑えきれないほど美味しかったのだろう。ブルブルと体を震わせ始めたロアンに耐えきれず、ヴィエラは笑う。


「だ、だって、ヴィエラ様……! このクッキー、すっごくおいしいです……! サクサクで、じゅわっておいしいのが口の中にいっぱいひろがって、ほっぺたがとけちゃいそうです!」

「フフフ。そう。じゃあおみやげに持って帰るといいわ。わたくしがゆるします」


 ヴィエラはそう言って専属侍女にチラリと目配せする。途端に侍女はスッと音もなく退室した。きっと帰る頃には綺麗にラッピングされたお菓子が渡されることだろう。

 ヴィエラは主人の意を汲んで動く侍女や使用人も気に入っている。だからこそそういう者にはキチンと報酬も与えていた。


「ねえ、ロアン。今日は楽しかったかしら」

「はい! 楽しかったです!」

「そう。では来たくなったらいつでも来なさい。お前にならいつでも門をあけるよう、わたくしが許可をだします」

「ほあっ」

「えっ」


 ロアンにしては低い声が聞こえたため、ヴィエラは即座に顔を上げ、声が聞こえて来た方向に向かって怒声を放った。


「お兄様! 出ていらっしゃい! ぬすみぎきするとは紳士の風上にもおけませんわ! わたくしが再教育してさしあげます!」

「うわあ! ごめんってヴィエラ! お兄様は心配してだなあ……!」

「心配するなら堂々と入ってきなさい! ぬすっとのような真似をするなど、公爵家のはじさらしですわ!」

「イタタタ! ごめん! ごめんって! 許してくれ、ヴィエラ!」


 そろりと顔を覗かせて来た次男に向け、ヴィエラは掴んだクッションを持って駆け寄る。そうしてボスボスとクッションを叩きつける姿にロアンは呆気にとられたが、すぐに声を上げて笑いだした。


「ヴィエラ様、かっこいいです!」

「あら、よくわかっているじゃない、ロアン。そのままわたくしの雄姿を見ておきなさい」

「はい! ヴィエラ様!」

「いや! 助けろよ、君!」


 イリアスの悲鳴を聞きつけたセラフィアとエルディオンは、最愛の妹にボコボコニされるイリアスを見て心底呆れた顔を向ける。

 だがこれこそが軍事を司る公爵家らしい制裁方法である、と、専属侍女はこっそりその日の日誌に書き記した。



二話目が長かったので分割しました。

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