手の平越しの挨拶
次回更新5/22予定です。
ヴィエラが連れて来たのは、何と公爵家が飼育している『狼の群れ』の住処だった。
「す、すごい……! おっきい……!」
「そうでしょう。北部はね、馬も犬も大きいの。まあ、この子たちは本物の『オオカミ』なんだけど」
「ヴォウ!」
檻の中にいた、比較的好奇心が強そうな若い雄が元気よく吠える。他にもヴィエラを知る狼たちがわらわらと集まり、尻尾を振り始める。そして木造建ての小屋から出てきたのは、帽子をかぶった、杖を持つ一人の老人だった。
「お嬢様、よくぞいらっしゃいました」
「前触れもなく突然来てごめんなさいね。この子に、みんなを見せたかったの。“よくしつけられた本物”がどういうものかをね」
そう言って不敵に笑ったヴィエラに対し、狼たちをまとめ上げる番頭もニコリと笑う。
「お嬢様にそうおっしゃっていただけるとは、光栄ですな」
「お前たちの働きは騎士と違って華やかではないけれど、北部を支える大事なものだもの。そのぐらい、わたくしでもわかるわ」
「ありがとうございます」
ロアンは頭を下げた番頭の指の数が足りないことに気付く。だが聞いていいのか分からずオロオロしていると、気付いた番頭が小さく笑った。
「ああ、お気になさらず。大昔に失ったものですから。ささ、中に入るのは危険ですから、檻の外から紹介しましょう」
番頭はそう言って杖をつき、不自由な片足を引きずりながら歩き出す。それに対しロアンが再度オロオロすると、ヴィエラがこっそりと「元兵士なの。戦争で片足が不自由になったのよ」と囁いた。
「でもね、彼は優秀よ。グラディアスの『オオカミ』は特別な生き物だから、それを任せられるのは栄誉あることなの」
「すごいおじいさん、ってことですね」
「そうよ。それに、オオカミたちは北部の森や山を巡回して害獣と戦ったり、山賊が住みつかないようにする役目があるの。重要な役割を持っているのよ」
「オオカミさんたち、すごいですね!」
「ええ。あの子たちはとても賢いわ。だから任せられる人間が少ないのよ。その点彼は問題ないわ。公爵家とオオカミを繋ぐ、重要な立場なの」
「ほあ~……。すごい人なんですねえ……」
子供たちがコソコソと話す声も、本当は聞こえているのだろう。それでも口を挟むことなく、元兵士の狼番頭は檻の前まで来ると、近寄ってきた狼たちに「いい子だな」と声をかける。そして一番小柄な狼に視線を向け、名前を呼んだ。
「メル。来なさい」
「ウオン」
メル、と呼ばれたのは若い雌の狼だ。彼女は檻の前に来ると、マジマジとヴィエラとロアンを見やる。
「アルノア様のご息女であるヴィエラ様と、ご友人のロアン様だ。噛むんじゃないぞ」
名前を呼ばれたロアンが思わず「ぼくのことを知ってるんですか?」と見上げると、老兵は「犬と同じで耳がいいもので」と言って笑う。
「メルは気性が穏やかですからな。まずは匂いを嗅がせてやってください」
「ええ」
ヴィエラは慣れたように手を差し出し、匂いを嗅がせる。メルもフンフンと匂いを嗅ぐとすぐに『公爵家の人間』と分かったのか、ペロリとその手を舐めた。
「いい子ね。とても賢いわ」
「そうでしょう。さあ、ロアン坊ちゃんもどうぞ」
「は、はい……! メルさん、お願いします!」
ロアンはドキドキしながらも手を差し出す。メルは最初こそ「何だコイツは」と言わんばかりの目を向けたが、律義に匂いを嗅ぐ。だがその時間はヴィエラに比べ長く、念入りだった。
それだけ狼の警戒心は強いと言う証左なのだが、ロアンは目の前で動く体毛の質量や毛の流れ、耳や尻尾の動きなどに目を向けては感動する。
「あ。ヴィエラ様! オオカミにもまつげがあります!」
「お前、一体どこを見ているのよ」
ヴィエラは最初こそ『怖がるかしら』と思ったが、実際のロアンは想像以上に神経が図太かったようで、まったく怖がらない。むしろ間近に見る狼に感動しており、目を輝かせて観察していた。
メルも『敵意がない』と分かったのか、仕方なさそうに鼻を鳴らし、その手を舐める。
「わ! ヴィエラ様! 今メルさんがペロって、ぼくの手をなめました!」
「知ってるわ。ここで見てたもの」
「ははは。よかったですね。お坊ちゃんもお認めになられたということですよ」
「ほんとですか?! やったー! ありがとうございます、メルさん!」
ロアンの喜びが全身から溢れているのを感じ取ったのだろう。メルは「何だコイツ」という目を再度向けたが、子育て経験のある雌の狼たちは『まだ子供』と理解したらしく、徐々に集まって来る。そうしてフンフンと匂いを嗅いできたため、ロアンはキャッキャと更に喜び、狼番頭は「この子は狼に好かれそうだ」と嬉しそうに笑んだ。
もちろんヴィエラは予想外の展開に呆れていたが、王子との会話で募っていたストレスはかなり薄まっていた。




