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後日譚①

後日譚 共鳴庭園の日々

共鳴の祭から三週間後、王都には少しずつ新しい習慣が増えた。

 西の中庭は正式に“共鳴庭園”と名付けられ、誰でも休める場所として開放された。橋のたもとには夕刻だけ小さな屋台が並び、神殿前では月に一度、歌い手たちが街へ返す歌を響かせる。南水路の脇には季節ごとに違う花が植えられ、子どもたちはそれを勝手に“こだまの道”と呼んでいた。

 ひまりの毎日は忙しい。

 朝は庭師たちと植栽を見て、昼は研究棟でセレナと導路図を睨み、夕方は王都のどこかで小さな修正をする。木片を削っては鳥や魚や葉の形を起こし、それを橋や温室へ置いていく。精霊たちは前よりずっと自然に人のそばへ戻ってきたが、ひまり以外にはまだほとんど見えない。

『でも気づいてる』

 ココが得意げに言う。

 たしかに、見えなくても感じる人は増えた。西の中庭へ座ると落ち着くとか、橋の上で喧嘩しにくくなったとか、そういう小さな声が王都じゅうから届く。

 レオンは相変わらず忙しいが、時間を見つけては共鳴庭園へ現れるようになった。

 最初こそ護衛を気にして距離があったものの、今では使用人たちも半ば公認である。むしろ精霊たちの方が落ち着かない。

『また来た』

『毎日来る』

『好きだねえ』

「静かに」

 ひまりが小声で叱っていると、レオンが当然のように隣へ座る。

「また精霊か」

「はい。殿下のこと、毎日来るって」

「事実だ」

 まったく否定しないあたりが強い。

 ひまりは笑いながら、彼へ新しく削った木片を差し出した。今度は小さな葉の形だ。

「温室用です」

「私に渡してどうする」

「殿下が届けてください。王妃さまの温室に」

 レオンは少しだけ驚いたあと、静かに頷いた。

「分かった」

 共鳴は派手な奇跡ではない。けれど、こんなふうに人が少しだけ相手のことを思う動きの中に息づくのだと、ひまりはようやく知り始めていた。

後日譚 朝の鈴、夜の約束

夏の入り口の朝、ひまりは王城の高台から王都を見下ろしていた。

 風が心地よく、橋の布が遠くできらめいている。南水路には子どもたちの声、神殿前には歌の練習、温室のガラスには朝の光。ここへ来たばかりの頃に感じた“息の浅さ”は、まだ完全に消えたわけではない。けれど街は確かに、自分で呼吸することを思い出しつつあった。

「また難しい顔をしている」

 背後からレオンの声。

 ひまりは振り返り、首を傾げる。

「難しいですか?」

「考え事の顔だ」

「ちょっとだけ。家のこと、思い出してました」

 正直に言うと、レオンは数歩近づいて並んだ。

「帰りたいと思うことはあるか」

「あります」

 ひまりは空を見上げた。

「でも、それとここにいたい気持ちは、同じくらい本当なんです」

「……ああ」

「不思議ですね。前はどっちか一つしか選べないのが悲しかったのに、今は両方大事に思える」

 故郷は消えない。この世界も、もう他人事ではない。

 ひまりがそんなことを考えていると、手の甲へそっと温度が触れた。レオンの指先だった。

「なら、急いで決めなくていい」

 ひまりは目を丸くする。

「道は閉じていない。必要なら探す。おまえがいつか向こうへ戻りたいと言うなら、私はその道も守る」

 やさしすぎる言葉に、胸が詰まる。

「……殿下は、ずるいです」

「そうか」

「そんなこと言われたら、もっとここにいたくなる」

 言ってしまってから顔が熱くなった。だがレオンは珍しくはっきり笑った。

「望むところだ」

 その顔を見た瞬間、ひまりはもうだめだった。笑ってしまう。

 遠くで朝の鐘が鳴る。ひまりは神社の鈴の音を少しだけ思い出し、それから目の前の王都の音へ耳を澄ませた。

 どちらの音も、自分の中にちゃんと残っている。

 それでいいのだと思えた。

 レオンが、今度はためらわずにひまりの手を取る。

「ひまり」

「はい」

「この先も、隣で聞いてくれるか」

 世界の声だけでなく、人の声も、街の小さな音も。

 そういう意味だと分かったから、ひまりは迷わず頷いた。

「はい。喜んで」

 木々の上で、精霊たちがいっせいに鈴みたいな笑い声をこぼした。

後日譚 王妃の温室にて

共鳴庭園が落ち着いた頃、ひまりはレオンと一緒に王妃の温室を訪れた。

 以前より花が増え、長椅子には薄いクッションが置かれている。老侍女たちが少しずつ手を入れたのだろう。窓から差し込む光は柔らかく、ここだけ時間の流れが別のようだった。

「母上が好きだった理由が分かる」

 レオンが呟く。

「ここ、考えごとが尖らないですね」

「ああ」

 ひまりは新しく咲いた白い花を覗き込み、木片の葉飾りがちゃんと馴染んでいるのを確かめた。

 その横でレオンがふいに言う。

「ひまり。もしいつか向こうへ行くとしても、私はおまえがここでやったことを全部残す」

 ひまりは顔を上げる。

「庭も、橋も、祭りも」

「殿下」

「だから、おまえがどちらを選んでも、この国はおまえのいた形を忘れない」

 あまりにまっすぐな言葉で、ひまりはしばらく何も言えなかった。

 代わりに、温室のどこかで小さく鈴みたいな音がした。たぶん精霊たちが、また勝手に祝福しているのだ。

後日譚 こだまの橋で

橋のたもとに夕市が戻ってから、ひまりはときどきこっそりそこへ出かけた。

 果物屋の青年は相変わらず気さくで、市場の女たちはひまりを見ると勝手に果物やパンを持たせてくる。最近では「巫女さまだけで歩かせると王子殿下が怖いから」と、半ば公然の噂まで立っていた。

 その噂が本当かどうか確かめるように、その日も少し遅れてレオンが現れた。

「やっぱり来た」

 ひまりが笑うと、彼は不本意そうに眉を寄せる。

「護衛だ」

「橋の端から見てるだけの護衛ですか」

「それ以上近づくと市場が騒ぐ」

 分かっているのだ。最近の二人が、王都でどう見られているか。

 ひまりは欄干へ寄り、流れる水を見下ろした。

「ここ、好きです」

「知っている」

「殿下も?」

「……嫌いではない」

 素直じゃない返答に笑ってしまう。

 夕焼けの橋の上で、二人はしばらく並んで立った。言葉は少なくても、水の音と市場のざわめきがちょうどいい。こういう時間を、ひまりは以前よりずっと大事だと思うようになっていた。


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