第二十三章 最後の結び目
広場から地下祭壇へ戻る道を、ひまりとレオンは駆けた。
王都の各所で共鳴が始まったおかげか、先ほどまでの暴走は少しずつ形を変えている。破壊的な圧ではなく、行き場を探して渦巻く大河のようだ。ここで結び目を正せば、返る。
地下広間へ入ると、セレナが防御陣の中央で額に汗を浮かべていた。
「あと一押しですわ! でも中心部がまだ閉じてる!」
祭壇中央の台座は、今や眩しいほどの光を放っていた。近づけば消し飛びそうなのに、不思議と恐怖だけではない。記録のあいだで見た景色が、その奥に重なる。
「私が行く」
ひまりが一歩出ると、レオンの手が腕を掴んだ。
「一人では行かせない」
「殿下」
「そばを離れるなと言った」
「こんな時までそれを」
「今だからだ」
あまりに真顔で言うから、ひまりは泣き笑いみたいな顔になった。
「危ないんですよ」
「知っている」
「私、もしかしたら帰る道を見つけるかもしれない」
口にした瞬間、レオンの瞳が揺れた。
言うつもりはなかった。けれど、黙ったまま行くのは違う気がした。
「記録のあいだで聞いたんです。共鳴がひらけば、元の世界へ戻る道も選べるって」
広間の音が少し遠くなる。
レオンはひまりを見つめたまま、低く問うた。
「戻りたいか」
「……分からない」
本音だった。
「家族には会いたい。神社も、元の暮らしも大事です。でも、この世界にも大事なものができた」
最後の一言は、ほとんど息と一緒に零れた。
レオンの指先が少し強くひまりの腕を握る。
「なら、選べ」
「え」
「誰かのためではなく、おまえ自身で」
青い瞳が、驚くほどやさしく、それでいて必死に揺れていた。
「私は……本当は、いてほしい」
息が止まる。
「王都のためでも、祭壇のためでもない。私が、おまえにここにいてほしい」
広間の光も騒音も消えてしまったみたいに、その言葉だけが残った。
ひまりは何かを言おうとして、言葉が追いつかない。胸の奥がいっぱいで、苦しくて、でも幸せで。
代わりに精霊たちが大騒ぎした。
『言った!』
『やっと!』
『おそい!』
セレナが防御陣の中から「今すぐくっつけたい気持ちは分かりますけれど時間がありませんわ!」と叫ぶ。確かにその通りだった。
ひまりは涙がこぼれそうなのをごまかすように笑い、鈴を握り直した。
「終わったら、返事します」
「必ずだ」
「はい」
二人は同時に祭壇へ向かって踏み出した。
台座の目前で光が壁のように立ちはだかる。ひまりはその中へ鈴の音を差し入れるように腕を伸ばした。レオンはその背に手を当てる。
「ひらいて」
声に応えるように、光の内側で無数の声が重なった。
『返す』
『受ける』
『人と土地のあいだ』
台座が割れるように開き、その中心に透明な水晶核が現れる。ひまりはそこへ手を触れた。
冷たい。けれど生きている。
広場の歌、橋の風、温室の灯り、子どもたちの笑い、村人の手、王城の小さな庭――街じゅうの気配が一気に流れ込み、核の中で柔らかく混ざっていく。
同時に、ひまりの脳裏へもう一つの道が開いた。
朝の神社。石段。母の声。
帰れる。
本当に、帰れる。
けれどその向こうで、レオンの手の温度が確かにあった。
ひまりは目を閉じ、胸の中で答えを選ぶ。
「今は、ここ」
その瞬間、核の光が眩しいほど優しく弾けた。




